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11章
6パーティの主役は?
しおりを挟むにこやかな笑顔のノエルの腕にエスコートされる櫻子は普段の何倍も着飾り、シロウがいままで見た姉の中で一番綺麗だった。
腕を組んだ華やかなカップルは、会場のあちらこちらから「おめでとう」やら、「よかったな!」という喜びの言葉をかけられ、ゆっくりと会場の中央に歩いて来る。
シロウは二人にかけられる祝いの言葉を聞いて、初めてこの会がノエルと姉の婚約の発表のためのものだったことを理解した。
いつもと違う姉の美しい姿に目を奪われる。だが、それも一瞬のことで、シロウは立ち去るにはタイミングが一足遅かったことがわかり、再び頭を悩ませた。どうしたら櫻子に見つかる前にこの会場を後にするか。
ただ、偶然とはいえ、姉のこのような晴れやかで美しい姿を見れてシロウは心から嬉しかった。だが、それはこっそり物陰から眺めるだけで良い種類のもので、自分が今この場にいることはむしろ、この喜ばしいお祝いの空気から姉を現実に引き戻すことになる。
シロウはリアムからまた一歩後ろに下がり、物陰に隠れるように移動しようとした。
それに気づいたリアムがシロウの手を掴む。
「シロウ……?」
「……になんて……たら……」
会場の騒がしさのうえ、消え入りそうなシロウの声では、リアムにはなんと言ったのか上手く聞き取れない。その間もシロウは落ち着かない様子で目を入り口の方へ向けていた。
「何?シロウ、よく聞こえない」
シロウは静かに首を振る。
青白い顔をして、縋るような目でただリアムを見つめていた。
リアムには訳がわからなかった。
シロウは何に対してここまで困惑して、ある意味怯えるようにしているのだろう。図らずも姉の群れへの披露に立ち会えているのだし、大好きな姉の晴れ姿を誰よりも見たいのではないか──。落ち着かないシロウの様子をリアムは不思議に思う。
尚も入り口と人だかりを交互に窺うシロウに、リアムは尋ねた。
「シロウ、サクラコのところに行かなくていいのか?」
一瞬ビクッとした後に、そろりと見上げてきたシロウの顔は少し泣きそうな不安そうな表情だった。
「ノエル、挨拶を」
群れの統率者である、リアムの父がそう声をかけるとさざめきが鎮まる。いつの間にか、人だかりと一緒にノエルと櫻子は会場の中央──リアムとシロウの正面まで来ていた。
「みなさん、今日は私のメイトのお披露目にお越しくださり、ありがとうございます!」
ノエルの堂々とした声が静まり返った広間に響く。
「紹介します。こちらが私の生涯のパートナーであり、運命の番……サクラコ・オーガミです」
割れんばかりの拍手の中、ノエルの横に立っていた櫻子が一歩前に進む。聴衆は櫻子の挨拶を聞こうと再び会場は静寂に包まれた。
普段の姉は化粧っけがない。仕事に行く時も必要最低限のメイクをして、シンプルな服を着ている。それでも美人な櫻子が、今や美しく化粧を施されて、華やかな衣装に身を包み、愛しい婚約者に付き添われ、家族や親類に紹介されてはにかんでいる姿は、幸せにあふれ、内側から輝くように眩しかった。シロウが今まで見てきた櫻子の笑顔の中で、一番綺麗だった。
ずっとシロウのことを優先して、自分を後回しにしてきた姉がやっと自分の、自分だけの幸せを手にした。そんな嬉しさと同時に少しだけさみしさがこみ上げる。胸に湧いた複雑な気持ちに、シロウは無意識に拳を握りしめた。
「大神櫻子です。みなさんにこのようにご紹介いただき、大変うれしく思います。どうぞ宜しくお願いいたします」
サクラコはいつもより少し高めの声で挨拶の言葉を述べて一礼をすると、再び会場が拍手と喜びの声であふれる。
会場を見渡そうとお辞儀から顔をあげたサクラコの先にはちょうど、シロウとリアムが立っていた。
シロウが「あっ」と思ったときには、サクラコの視線がシロウを捉える。その視線に気づいたノエルもこちらを向いて「あっ」という顔をする。
みるみるうちに限界まで見開かれるサクラコの瞳と大きく開かれた口。
驚きのあまり声が出ないのか、開けた口をぱくぱくとしながら、隣のノエルを見上げては素早くこちらを向き、またノエルをみた。
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