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15章
2 いちゃいちゃしたい
しおりを挟む(もう、限界だ……)
たとえ会話を交わせなくとも、シロウの顔を見れるだけでも価値があると、リアムは半ば無理矢理ホテルの部屋に戻ってきていた。それもいよいよ限界だった。
朝一の飛行機で飛び、最終の便で帰る。部屋に帰った後も、書類やらメールやらのチェックをして、睡眠時間は三、四時間。だが、睡眠時間が少ないことなど、どうでもいい。本当に、顔しか見れない。それだって、起きているときではなく、寝ているシロウを起こさないようにそっと黙って入って、しばし寝顔を眺めては、額にキスしてこっそり出て行く。そんな日々に肉体はさておき、精神的には限界がきていた。
(いちゃいちゃしたい……)
「思う存分いちゃいちゃしたい!!」
運転する車内で一人、欲望全開に心の声を叫ぶ。小さなため息をついて、カーナビを見れば時刻は十二時少し手前だった。夜で道が空いているとはいえ、空港からホテルまでは三十分はかかる。最終便にギリギリ乗り込んでも、パロアルトのあるサンノゼからロサンゼルスはおよそ一時間半。ホテルに着くのは十二時を過ぎるだろう。
(今日も寝顔で我慢か……)
信号待ちのあいだ、あたりを見渡すとビルに灯るあかりは多くはない。窓から入ってくる空気は夏とはいえ涼しい。通りのどこからかクラクションを鳴らす音がする。
目の前を見ると、信号は青に変わっていた。
今時、打ち合わせなどオンラインで出来るものだが、シロウを優先するあまり、このひと月あまりはいかんせん仕事を溜め過ぎた。その上、週末から日本に行くために休みをもぎ取ろうと相談した結果、さすがに秘書から悲鳴に近いクレームが出た。部下たちに任せているとはいえ、投資先の面談や、視察は実際に自分が赴かなくては、進まないものもままあるのだ。
「ならば、短期集中」とばかりに、猛烈にスケジュールを組んだ結果、朝一番のフライトで向い、夜最後の便で帰ることとなってしまった。これもシロウのため、甘んじて受け入れるほかあるまい。
だが、そうやって作った時間でわざわざ会った投資先はどこも振るわなかった。それもまた、リアムの疲労に拍車をかけていた。
(猫も杓子もサステナブルって。世の中のサステナブルの前にお前の会社のサステナビリティ<持続可能性>を少しは考えろよ)
思い出してまた腹が立ってくる。
どこもかしこも耳触りの良い言葉を並べただけの、フィジビリティのあまりに低い事業計画に、呆れるばかりだった。夢を語るのは大いに結構だが、そこに裏付ける蓋然性がなければただの夢物語だ。そこはいくらエンジェル投資家だとしても、収益の見込めない事業に資金は出せない。
そんな不毛な三日間を思い返して苛ついていたが、それも明日で一旦終わる。週末には日本へ出発するのだ。
もとより、都合がつくなら早めの日程で……とは思っていた。もし、シロウのルーツがわかるのならば、後回しにする理由はない。
ノエルを介して、祖母であるナオミにアポイントの連絡をしたところ、「暇をしているからいつでもいい」とのことだった。「決まった日にちを連絡してくれ」と早々に返事がきたと今日ノエルから連絡をもらっていた。
そもそも、どこに住んでいるのかとノエルに尋ねれば、サクラコとシロウの家からそう遠くない、東京の郊外とのことだった。ならば、善は急げと日程を決めてしまっていた。
勝手に決めてしまったことは申し訳ないが、「最優先事項」と、夕方にシロウへそのことを伝えるメッセージは送った。うっかり胸奥を吐露する一言を付け加えてしまったが……。
(今回の旅はなんの問題もありませんように……)
週末の怒涛の出来事でシロウをだまし討ちのようにして連れて行ったことをリアムは後ろめたく思っていた。ただ、リアム自身にも予想外のことばかりが起きたのも正直なところ。言い訳をするわけではないが、「まさか」の連続にさすがにどうにも出来なかったと思う。
今後のコミュニケーションはきちんと取って、サプライズをするのはほどほどにしようとリアムは心に誓った。
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