狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

文字の大きさ
103 / 146
15章

4 寝るの意味について

 夕方にメッセージを受け取ったとき、今日は寝ずにリアムを待とうとシロウは決めていた。
 それこそ何時に帰ってくるかわからない。途中で寝てしまったら……、睡魔になかなか抗えない自分の意志の弱さを恨む。苦手なブラックコーヒーを飲んでみたり、夕飯を少なくしてみたりとささやかな対抗策を取ってみた。だが、それもどこまで効果があるものか、甚だ疑問だった。
 風呂にも入って寝巻姿になったあとで、これは寝る気になってしまうのでは?と手近にあったTシャツを着なおす。
 自分の寝室に入ってしまえば、手持ち無沙汰に本を読み、そのまま寝てしまいそうで、失礼かとは思ったが、リアムの寝室で待つことにしたのだ。これなら万が一寝てしまっても、リアムが帰って来たら、起きられるかもしれない……と。
 部屋に入るくらいで怒られたりはしないと思う。先週はほぼ毎日リアムの寝室で寝起きをしていた。そんな言い訳を自分にして、廊下の突き当りにある、マスターベッドルームの扉をそっと開く。
 部屋の中は暗いが、カーテンの開いた広い窓から、ロサンゼルスの摩天楼のあかりが入り込み、家具に薄く影を作る。主人のいない部屋に勝手に入る後ろめたさ半分、扉を開けた瞬間に漂ってきた主の残り香に安らぎを感じる気持ち半分だった。

 最初は緊張して、部屋の中を無駄にうろうろとソファに座ったり、ベッドに腰掛けたり、本棚の本を触ったりしていた。
 部屋の時計が十二時をさした頃、今度は「今日は帰ってこないのではないか」という疑問が頭に浮かび、ベッドの端に腰をかけてなんとなしに携帯を眺める。待ち受け画面はなにも表示されていない。やがて暗くなった画面にはしょぼくれた自分の顔が映っていた。

 手から滑り落ちた携帯が出した、ごとりという音にハッと意識を戻した。

(はぁ……寝そうになった……)
 床に落ちた携帯を拾い上げて、画面を見ると待ち受け画面が十二時二十分を表示していた。
(なんて思うだろう……なんて言われるだろう……)
 まだ帰らぬ相手のことを考えながら、コーヒーか紅茶でも飲もうかと思った時、かちゃっという音が聞こえた気がした。
 耳を集中させると、廊下を歩く足音が聞こえてくる。心臓がだんだんと騒ぎ始めた。

(帰ってきた……どうしよう)
 ここまできて、シロウは臆病風に吹かれる。
 だが、この部屋から自分の部屋に戻るにしても、その間でリアムと鉢合わせることは明白で、もうどうしようもない。
 ベッドから立ち上がろうとするより前に部屋の扉があいて、リアムが入ってくる。
 あからさまに値段の張りそうな上等なスーツ姿で、首元を緩めたリアムは左手にジャケットを持って、驚いた顔をして、こちらを見ている。
 疲れた顔をしているが、くたびれたようには全く見えない。仕事着に身を包むリアムを初めて見た。ぴったりと身体を包み込む白いワイシャツが厚い胸板と広い肩幅を強調している。ネクタイを緩めた首回りすらセクシーさを際立てるアクセントにしかならない。

(色気……の暴力)
 部屋の中に微かに残っていたリアムの魅力的でスパイシーな香りは扉を開けた瞬間から一段と強く叩きつけるように部屋を満たす。
 シロウは自分の体温が上がるのを感じた。

 会話もそこそこに リアムはシャワーを浴びにバスルームへと行ってしまった。


『今日は一緒に寝よう』その言葉をシロウは何度も頭の中で反芻して、その意味を考えた。
 「sleep with」を直訳するなら、「一緒に寝る」だ。だが、シロウとリアムの関係性で言うなら、本当にただ「寝るだけ」と言い切れるのか、それとも……。
 起きて待っていることは「寝る」に含まれた性的なニュアンスを肯定することになるのだろうか。いっそのこと、寝たふりをしてやり過ごそうという考えが頭をよぎる。

(やりすごしたいのか……?)

 起きて帰りを待っていた理由は「ただ顔を見たい」とそれだけだったはずだった。
 だが……。会えたうれしさはシロウが思っている以上に胸を躍らせている。
 起きて、このあとの成り行きに任せるべきか。薄暗いベッドルームでシロウは一人頭を悩ませていると、心做しか、部屋続きのシャワールームから聞こえてくる水音すら生々しく感じられた。

(寝室まで来ておいて、なにかまととぶってんだ)

 頭の片隅の冷静な自分が、弱気な自分を詰ってくる。シロウだって少しは期待していたのではないか。起きて待っていれば、リアムに触れてもらえると。

(そんなこと……)

 これっぽっちも考えていなかったか、と言われれば嘘になる。連日触れ合っていた日々から、まったく触れ合わないどころか、顔すら合わせなくなった。寂しいと感じる気持ちは誰にも責められるものではない。
 ベッドの端に腰かけたまま、リアムがバスルームから出てくるのをそわそわと落ち着きなく待った。
感想 2

あなたにおすすめの小説

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

兄と、僕と、もうひとり

猫に恋するワサビ菜
BL
とある日、兄が友達を連れてきた。 当たり前のように触れ、笑い、囲い込む兄。 それを当然として受け入れる弟。 そして、その“普通”を静かに見つめる第三者。 そんな中事件がおこり、関係性がゆらぐ。

今度こそ、どんな診療が俺を 待っているのか

相馬昴
BL
強靭な肉体を持つ男・相馬昴は、診療台の上で運命に翻弄されていく。 相手は、年下の執着攻め——そして、彼一人では終わらない。 ガチムチ受け×年下×複数攻めという禁断の関係が、徐々に相馬の本能を暴いていく。 雄の香りと快楽に塗れながら、男たちの欲望の的となる彼の身体。 その結末は、甘美な支配か、それとも—— 背徳的な医師×患者、欲と心理が交錯する濃密BL長編! https://ci-en.dlsite.com/creator/30033/article/1422322

全寮制の学園に行ったら運命の番に溺愛された話♡

白井由紀
BL
【BL作品】 絶対に溺愛&番たいα×絶対に平穏な日々を過ごしたいΩ 田舎育ちのオメガ、白雪ゆず。東京に憧れを持っており、全寮制私立〇〇学園に入学するために、やっとの思いで上京。しかし、私立〇〇学園にはカースト制度があり、ゆずは一般家庭で育ったため最下位。ただでさえ、いじめられるのに、カースト1位の人が運命の番だなんて…。ゆずは会いたくないのに、運命の番に出会ってしまう…。やはり運命は変えられないのか! 学園生活で繰り広げられる身分差溺愛ストーリー♡ ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承ください🙇‍♂️ ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです