前世で悪帝と呼ばれた令嬢は、婚約者の王子に一目惚れをする。

夜のトラフグ

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chapter24 お嫌いだと考えておりました。

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あれは確か、結婚して少しの夏の頃だった。

「リーシャ。きみはさ、いつも怯えたような目で僕を見るよね」

正妃の務めを果たすため、やむを得なくあの方と踊ったパーティで唐突にそう言われた。事実あのお方に話しかけられる度、臆病なはいつも身体を震わせていた。

「………っ、申し訳ありません」

極悪非道。冷酷無比。返り血に塗れて即位したこの若い国王が、私はとにかく恐ろしくて仕方なかった。
だからよく聞き返されてしまう小さな声で、私は早口に謝った。とにかくこの時間が終わってほしいと、それだけを思っていた。

そんな私に、あの方はクスリとお笑いになる。

「………ふふふ。いいよ、許してあげる。そうやって怯えられるのも、冥利に尽きるものだしね」

くるり、と曲に合わせてターンをした。
あの方のリードは意外にも丁寧でゆったりとしていて、合わせることに不自由はなかった。

「………でも、少し寂しいかな」
「………え?」

パチリ、と目を瞬く。
この方がそんなことを仰るなんて、という驚きから動きが少しぎこちなくなってしまった。その気持ちは陛下にも伝わってしまったようで苦笑されてしまった。

「君はね、こんな野蛮で不義理な夫を嫌ってるかも知れないけれど。君の夫は自分の妻のことを、結構好きでいるんですよ」

冗談めかしてそう仰る。そんな陛下を私は今度こそ信じられなくて、まじまじと見つめてしまった。

「………そんなに意外?」
「えっ………いえ!」

少しご不満そうなその声に、私は弾かれたように否定する。

「けれど、その………陛下はわたくしのことが、お嫌いと考えておりました」
「なぜ?」
「それは…………」

問われて、私は結婚してからの夜を思い出した。

私たちに愛などはないから、お渡りがなくても別に悲しくはない。けれどそれでも一人寝の寂しさは、なかなか耐え難いものだった。

「…………後宮にはわたくしよりも若くて美しい花が、たくさんおりますもの」

僅かに考え、そう申し上げた。なんだか責めるような口調になってしまったので、あとの沈黙が気まずくて恥ずかしく、目を合わせることができなかった。

「………そうか」

陛下は、とくになにも仰らなかった。
私は恐る恐る顔を上げる。陛下はボンヤリと何かを考えていらっしゃるようだった。

ふいに、不安がよぎった。
陛下は強くて、賢明で、とても美しい人。この世を治めるに相応しいお方だと、少なくとも私は思っていた。

それなのにこの、時々纏う影はなんなのだろうか。陛下は富も権力も何もかも持っていて幸福な筈なのに、どうして空虚な顔をするのだろう。
そんな顔を見ていると、私は………。

「アルフレッド様」

名前をお呼びすると、陛下は顔をお上げになった。珍しくお名前で呼んだことを不思議に思ってらっしゃるようだった。

「わ、わたくしは………確かにアルフレッド様を恐れております。けれど一緒に、ご尊敬申し上げているのですわ」

震える足を叱咤して陛下のお顔に近づき、必死にそれを伝えた。これだけは伝えねばならないと思ったのだ。突然の言葉に、陛下は驚かれるかと思った。けれど陛下は予想に反し、ニヤッとお笑いになってこう言った。

「アハハ、僕は人殺しが得意の王ですよ。尊敬なんかしちゃあだめでしょう」
「………! そんなことを言ってはだめです。それに尊敬しているのも本当で………!」
「知ってる」
「え」
「知ってるよ、君は僕にも嘘をつかない。だから僕は、君のことが好きなんだ」

そう違って朗らかにお笑いなさった。このときの笑顔を、私は今でも覚えている。


それから数年後、陛下は呆気なく殺されてしまった。腹心に裏切られて死んだというあの方の亡骸は、満足そうに笑っていた。私はそれがなぜかわからなかったけれど、私自身の胸はぽっかり穴が空いたようだった。そして混乱の最中で、私もやがて後を追うように死んでしまったのだった。
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