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第6話 解け絡まる因果
信じたかった人
しおりを挟む「エリックさんが……黒き明日の、魔族……?」
混乱したまま、シトラスは呆然と呟く。今目の前で起きたことが、信じられない。
─エリックさんが、あの日助けてくれた人が、……黒き明日の魔族で、私たちの敵?
「エリックというのは、貴方に近付く為に人間を装い名乗った偽名です。本来の私は魔界で生まれ育った魔族。そして─貴方達が戦う黒き明日の幹部の一人です」
魔界の魔族。黒き明日の幹部。どの言葉も、シトラスに彼が自分の味方ではないことを突きつける。
「そんな……、どうして、」
「どうしても何も─今まで疑問に思わなかったのですか?何故黒き明日は魔獣をけしかけるばかりで、使役しているはずの魔界の者が直接出てこないのか、と」
トルバランはどこか冷ややかな目でシトラスを見つめる。まるで獲物を狙う捕食者のような目付きだった。
「それは………」
「動向を見るために決まっているじゃないですか。貴方達が普段どこを拠点に活動し、どのような魔法を扱い、戦法を用いるか。それらを観察した上で、適切なタイミングでこちらから仕掛ける。それが私の役目であり、存在意義です」
「……、私たちを、倒すため?」
震える声で尋ねるシトラス。彼はそんな彼女の様子を見て、僅かに目を細める。
「──そうです。そして、貴方は私の思い通り……いいえ、それ以上の動きを見せてくれました」
素直でいい子ですね、と囁くように言いながら、トルバランはゆっくりと彼女に近づく。
「……じゃあ、ラコルトに魔獣を送ってたのは、」
「私です。厳密に言えば、魔獣を用意したのは黒き明日の他の部署ですが」
トルバランがまた一歩、彼女に近付いた。
「魔獣を使って、みんなのエナジーを奪ってたのは、」
「私です。この地域の管轄は私なので、送り込まれた魔獣のコントロール、その動向の観察、課せられたエナジー量の回収、全て行っていました」
さらにもう一歩。二人の距離が縮まった。
──どうしよう。どうすればいいんだろう。
ぐるぐると思考を巡らせながら、彼女は必死に頭を回転させる。
だけどいくら考えても、その問いに答えは出なかった。
(それじゃあ、あの時助けてくれたのも……あの時かけてくれた言葉も……)
「嘘、だったの……?」
トルバランの歩みが止まる。顔を上げると、シトラスは俯き、両手を強く握り締めていた。
「私に優しくしてくれたことも、励ましてくれたことも……助けてくれたのも……全部、嘘だったの?」
顔を上げたシトラスの瞳から、一粒の雫が零れ落ちる。誰もいない二人きりの街に、耳鳴りが聞こえそうな沈黙が木霊した。
シトラスの涙を見たトルバランはほんの一瞬、琥珀色の目を瞬かせた。だが瞳がそれ以上の感情を語ることはなく、すぐにまた腹の底の見えない表情に戻る。
「私の任務は邪神様の命に従うこと。そこに私の意思は必要はありません。あなたも魔法少女としてこの世界を守る使命があるのなら、私との間に私情を挟むべきではないのでは?」
それとも、天界人はそんなことも教えてくださらないんですか?
トルバランは皮肉混じりにそう付け足す。あまりにも馬鹿にしたような物言いに、シトラスは涙が乾ききらない瞳できっ、と彼を睨みつけた。
自分は彼の優しさが虚構であったことにこんなにも心を揺さぶられているというのに、当のエリック─いや、トルバランにとっては、取るに足らないことなのだろうか。
そう思うとますます悲しくなって、悔しくて仕方なかった。
「さて、私も暇ではありませんので。不毛な会話も終わりにしましょうか」
言葉と同時に、トルバランの手にあった杖が奇しい赤色の光を放つ。どうやら、この赤い光がトルバランの持つ魔力の色らしい。
「私は魔法少女である貴方を排除する必要があります。とはいえ嗜虐趣味などありませんから、なるべく貴方が苦しまないよう穏便に─」
トルバランの言葉は、最後まで紡がれなかった。いや、掻き消された。魔槌オレンジ・スプラッシュを握り締め、魔力を込めたシトラスがトルバランに突撃してきたからだ。しかし、攻撃の前兆を読み取っていたトルバランは、オレンジ・スプラッシュの打面を片手で軽々と受け止める。
「……っ、排除なんて、私も、他のみんなもさせない!私があなたを止める!!」
トルバランを押し切ろうとするように、シトラスはオレンジ・スプラッシュに魔力を込め続ける。トルバランはそれでも怯む様子はなく、ただ目を細めて嘆息した。
「……穏便に済ませようと思っていたのですが、」
静かなその声の直後、ぴりっと空気が震えた気がした。
「どうやらそれでは済まないようですね」
次の瞬間、シトラスの身体はオレンジ・スプラッシュごとふわり、と宙に浮く。
「え、」
一撃を防いだその手で、トルバランは魔槌ごとシトラスを掴み上げたのだ。直接触れているわけではなく、手から魔力を送り込んで持ち上げているらしい。見えない力に捕縛されたシトラスの身体は、次の瞬間─
「きゃああああああああっ!!」
トルバランの手から放たれた衝撃波によって、弾き飛ばされた。まるで紙のように軽く吹き飛んだシトラスの身体は、ビルの外壁に勢いよく叩きつけられて止まる。
「けほっ、ごほ、ッ……、」
背中を強打し咳き込みながら、シトラスはずるりと地面に崩れ落ちた。肺の中の空気を全て吐き出してしまいそうになるほどの、強い衝撃。魔法少女に変身していなかったら、間違いなく耐えられなかっただろう。
「おや、もう降参ですか?これでも手加減をした方ですよ」
瓦礫の中からゆっくりと起き上がるシトラスの前に、再びトルバランが現れる。その顔は相変わらず無表情のままであったが、その瞳だけは冷たく光っていた。
「まだ、だよ……っ」
ふらふらとよろめきながらも立ち上がり、シトラスは再びオレンジ・スプラッシュを握り直す。しかし、反撃しようとシトラスが一歩前に踏み出した途端、突然トルバランの姿が視界から消える。
「えっ、どこ……っ!?」
その疑問への答えのように、振り返る間も無く背中に衝撃が走る。またしてもシトラスの身体は宙を舞って、地面に落下した。
「ぁぐ、ッ……!!」
痛みに耐えつつ身体を起こすと、目の前には既に追撃のため、杖から黒い魔力のエネルギーを放とうとしているトルバランが立っていた。
今背中に受けたのはあれだったのだ、とシトラスは頭の隅で理解する。サッカーボールほどの大きさまで膨れ上がった球体が自分の元へと飛んでくるのが見えたシトラスは、咄嗟に真横へと身体を転がした。
遅れて地面全体に衝撃が走り、砂埃が上がる。咄嗟に横に飛び退き直撃は免れたが、シトラスが直前まで倒れていた場所には大きな穴が出来上がっていた。
(強い……)
今まで戦ってきた魔獣など比べ物にならないほどの強さだった。まだたった二発しか攻撃を受けていないのに、魔装ドレスの裾やグローブは破れてボロボロになっている。ドレスに身体を守られているというのに、全身を襲う痛みのせいで立ち上がるのもやっとだ。
そんなシトラスの様子を知ってか知らずか、トルバランは淡々と告げる。
「私に勝てないことはわかったでしょう?今降伏するのであれば、もう貴方を攻撃しないと約束します」
「そんなの、できるわけないでしょ……っ!」
荒い呼吸を繰り返しながら、シトラスは何とか立ち上がった。
諦めたくない。負けられない。その気持ちだけで立っていた。たとえ勝ち目がないとしても、こんな人をキルシェやロゼの元へ向かわせるわけには行かない。
「懲りない人ですね……─本当に、あの人にそっくりだ」
小さく呟いた後、トルバランは手に持っていた杖の先をゆっくりと手でなぞるように動かす。その動きに合わせて赤い光が伸び、ひとつの大剣へと形を変えていった。
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