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魔眼と兄弟 ③
「ジスティ、お前こそ騎士装束を着たままってことは、王立との夜間行軍演習から戻ってきたばかりなんだろう。疲れてるんじゃないのか?」
この場合の王立とは、パノン王国を守護する正規の軍隊、即ち王立騎士団のことを指す。
この国には第一から十一までの騎士団があり、王都ロームとその周辺の街の防衛をしているのは、王立の第一と第二騎士団だった。
王宮護衛師団は、王都に常駐する両騎士団ともしばしば演習を行なっている。この一両日の間、ジスティは第一騎士団の夜間行軍演習に参加すべく護衛師団の精鋭を率いて王都を離れていた。
それが今朝帰り着くなり、多分取るものも取りあえずこの部屋にやって来たのだ。いかにジスティが屈強な騎士であるにしても、疲れていないわけがなかった。
カイルのことなど構わず、先に自分の身体を休めてくれてよかったのにと告げれば、テーブルの向かい側に座ったジスティは口許だけで小さく苦笑した。
「なんの。これしきのことでへばってたら親父殿に鼻で笑われる」
「でも、今日の登城は遅番だから、お前が起きてくるまでぐらいは待てたぞ」
「……知ってる。だけど、できるだけお前を待たせたくなかった」
──やっぱり食べる前に先にやっとくか、とジスティが大きな右手を差し出してくる。ごつりと筋張ったそれは、剣を握り慣れた強靭な武人の手だ。
「……いいのか?」
「ああ。お前、本当に顔色が悪いからな」
──相当魔力が不足しているんだろう? と、なかば決めつけるように指摘をされる。でもそれが、紛うことなき事実であったりするので、強がりの言葉の一つも言い返すことが出来ない。
「事情は後で聞かせてもらう。ほら、早く手を出せ」
急かすように促され、カイルはほんの一瞬だけ躊躇してから、「いつもすまない……」とぼそぼそ言って左手を差し出した。
「謝る必要などないさ」
テーブルに肘をつき、互いに指を絡ませて掌と掌を合わせるように握り合う。
……こんな恋人同志のような握り方をしなくても、掌を合わせるだけでいいのでは、とも思うのだがそう言ってみたところで、何故かジスティは承知しない。
やがてそこには心地よい熱が宿り……、ゆっくりとその熱はカイルの中に吸収されていく。
ああ、と思わずカイルは声を漏らした。
(出来の悪い『魔眼』をこの身に養うためとはいえ……)
もしこの場に第三者が居合わせたなら、いい歳をした男二人が顔を突き合せて手を握り合うこの光景は実に滑稽……というか、かなり異様に映るのだろうな、と。
我が事であるはずなのに、まるで他人事のように醒めきった意識がカイルの脳内で呟く。
それに、こんな魔力供与のやり方は常識からかなりかけ離れていた。
こんな風に、手と手を合わせるぐらいでホイホイと受け渡しができるほど、魔力というものは単純に出来てはいないはずなのに。
(なのにジスティは、昔からこんな風に俺に簡単に魔力を渡してくれる)
それが一体、どういった理によるものなのか。何度も何度も考えたが結局未だによくわからなかった。
わかっているのは、とにかく自分たちの魔力回路同士の相性がやたらといいらしい、ということぐらいだ。
ジスティにしても理論的なことはよくわからないらしく、「まあ、有り余っているからな」と実に羨ましいことをほざいて笑うだけだった。
だからといって、ずっとこのままの状態では色々と面倒だろうに。何よりジスティに申し訳ないという思いから、カイルの方では常になんとかしたいと思っているのだが、この男はいつも笑いながら、それがさも当然というようにそばにやって来ては、こうして手を握ってくれるのだ。
──十年前のあの日から、ずっと。
しばしの間、彼らは言葉を交わすこともなく。視線も合わさず、ただじっと互いの手を握り合っていた。
「カイル。昨夜お前がうちに泊まったのは、エドに言われたからだと母上から聞いたが」
朝食を食べ終えると、ジスティはいよいよ本題を切り出してきた。
「……で? 一体何が原因でそこまで魔力を減らす羽目になったんだ?」
そう問われた瞬間、カップに紅茶のおかわりを注いでいたカイルは思わず顔を顰めていた。
「原因?」
と、わざと相手の言葉を繰り返す。
「お前、自分でも魔力回復薬を作れるようになってからは、俺を頼る機会が減っただろう。……だから久しぶりだ、こんなに弱ったお前を見るのは」
「そうだな。たいしたことじゃないが、俺としたことが少し不覚をとった。それだけだ」
「答えになってないぞ、カイル」
気難しい上司の顔になってジスティは言った。今の場合、誤魔化されてくれる気は全くないようだ。カイルは肩を軽く竦めた。
「……悪かった。でも、師団長殿が演習で王都を離れていたからまだご存知ないだけで、本部に行けばお前の机にはロルフが書いた報告書が……いやごめん、冗談だから睨むな。今ちゃんと話すから」
「報告書があるということは、任務中だったんだな?」
「そうだ。昨日のことだ。例のオリーゼ嬢がな……」
カイルが話し始めると、腕を組んだジスティがすっと目を細めた。口を挟むことはしなかったが、「またか」と思ったのがしっかりと伝わってくる。
アルバ公爵の息女、オリーゼ・クリスティナ・スタウゼン。このところ、何かと王宮内を騒がせている公爵令嬢は、王太子エドアルド・ローレンス・パノリアの婚約者だ。
護衛師団長と副師団長として王宮で任務にあたっているジスティとカイルにも当然面識がある。
そしてどうやら、カイルは彼女から『敵認定』されているのだった。
カイルの方に思うところは一切ないが、向こうには何か気に入らない要因があるのだろう。
平民上がりの分際で、護衛師団の副師団長にまで成り上がったからか。それとも……。
(やっぱり、『魔眼持ち』だから気味が悪いのかな)
そんなわかりやすい理由で嫌われているのなら、こちらとしても是非そっとしておきたいところだった。
凶暴な獣の尾をわざわざ踏みに行く馬鹿はいない。
(まあ、ただの毛嫌いなら喜んで放っておくんだが……)
──理由の如何によっては、放っておくのが難しい。
そんな懸念を抱きつつ、カイルは幼なじみであり腐れ縁でもある上司に、昨日のオリーゼ嬢に纏わる一連の顛末を語って聞かせた。
この場合の王立とは、パノン王国を守護する正規の軍隊、即ち王立騎士団のことを指す。
この国には第一から十一までの騎士団があり、王都ロームとその周辺の街の防衛をしているのは、王立の第一と第二騎士団だった。
王宮護衛師団は、王都に常駐する両騎士団ともしばしば演習を行なっている。この一両日の間、ジスティは第一騎士団の夜間行軍演習に参加すべく護衛師団の精鋭を率いて王都を離れていた。
それが今朝帰り着くなり、多分取るものも取りあえずこの部屋にやって来たのだ。いかにジスティが屈強な騎士であるにしても、疲れていないわけがなかった。
カイルのことなど構わず、先に自分の身体を休めてくれてよかったのにと告げれば、テーブルの向かい側に座ったジスティは口許だけで小さく苦笑した。
「なんの。これしきのことでへばってたら親父殿に鼻で笑われる」
「でも、今日の登城は遅番だから、お前が起きてくるまでぐらいは待てたぞ」
「……知ってる。だけど、できるだけお前を待たせたくなかった」
──やっぱり食べる前に先にやっとくか、とジスティが大きな右手を差し出してくる。ごつりと筋張ったそれは、剣を握り慣れた強靭な武人の手だ。
「……いいのか?」
「ああ。お前、本当に顔色が悪いからな」
──相当魔力が不足しているんだろう? と、なかば決めつけるように指摘をされる。でもそれが、紛うことなき事実であったりするので、強がりの言葉の一つも言い返すことが出来ない。
「事情は後で聞かせてもらう。ほら、早く手を出せ」
急かすように促され、カイルはほんの一瞬だけ躊躇してから、「いつもすまない……」とぼそぼそ言って左手を差し出した。
「謝る必要などないさ」
テーブルに肘をつき、互いに指を絡ませて掌と掌を合わせるように握り合う。
……こんな恋人同志のような握り方をしなくても、掌を合わせるだけでいいのでは、とも思うのだがそう言ってみたところで、何故かジスティは承知しない。
やがてそこには心地よい熱が宿り……、ゆっくりとその熱はカイルの中に吸収されていく。
ああ、と思わずカイルは声を漏らした。
(出来の悪い『魔眼』をこの身に養うためとはいえ……)
もしこの場に第三者が居合わせたなら、いい歳をした男二人が顔を突き合せて手を握り合うこの光景は実に滑稽……というか、かなり異様に映るのだろうな、と。
我が事であるはずなのに、まるで他人事のように醒めきった意識がカイルの脳内で呟く。
それに、こんな魔力供与のやり方は常識からかなりかけ離れていた。
こんな風に、手と手を合わせるぐらいでホイホイと受け渡しができるほど、魔力というものは単純に出来てはいないはずなのに。
(なのにジスティは、昔からこんな風に俺に簡単に魔力を渡してくれる)
それが一体、どういった理によるものなのか。何度も何度も考えたが結局未だによくわからなかった。
わかっているのは、とにかく自分たちの魔力回路同士の相性がやたらといいらしい、ということぐらいだ。
ジスティにしても理論的なことはよくわからないらしく、「まあ、有り余っているからな」と実に羨ましいことをほざいて笑うだけだった。
だからといって、ずっとこのままの状態では色々と面倒だろうに。何よりジスティに申し訳ないという思いから、カイルの方では常になんとかしたいと思っているのだが、この男はいつも笑いながら、それがさも当然というようにそばにやって来ては、こうして手を握ってくれるのだ。
──十年前のあの日から、ずっと。
しばしの間、彼らは言葉を交わすこともなく。視線も合わさず、ただじっと互いの手を握り合っていた。
「カイル。昨夜お前がうちに泊まったのは、エドに言われたからだと母上から聞いたが」
朝食を食べ終えると、ジスティはいよいよ本題を切り出してきた。
「……で? 一体何が原因でそこまで魔力を減らす羽目になったんだ?」
そう問われた瞬間、カップに紅茶のおかわりを注いでいたカイルは思わず顔を顰めていた。
「原因?」
と、わざと相手の言葉を繰り返す。
「お前、自分でも魔力回復薬を作れるようになってからは、俺を頼る機会が減っただろう。……だから久しぶりだ、こんなに弱ったお前を見るのは」
「そうだな。たいしたことじゃないが、俺としたことが少し不覚をとった。それだけだ」
「答えになってないぞ、カイル」
気難しい上司の顔になってジスティは言った。今の場合、誤魔化されてくれる気は全くないようだ。カイルは肩を軽く竦めた。
「……悪かった。でも、師団長殿が演習で王都を離れていたからまだご存知ないだけで、本部に行けばお前の机にはロルフが書いた報告書が……いやごめん、冗談だから睨むな。今ちゃんと話すから」
「報告書があるということは、任務中だったんだな?」
「そうだ。昨日のことだ。例のオリーゼ嬢がな……」
カイルが話し始めると、腕を組んだジスティがすっと目を細めた。口を挟むことはしなかったが、「またか」と思ったのがしっかりと伝わってくる。
アルバ公爵の息女、オリーゼ・クリスティナ・スタウゼン。このところ、何かと王宮内を騒がせている公爵令嬢は、王太子エドアルド・ローレンス・パノリアの婚約者だ。
護衛師団長と副師団長として王宮で任務にあたっているジスティとカイルにも当然面識がある。
そしてどうやら、カイルは彼女から『敵認定』されているのだった。
カイルの方に思うところは一切ないが、向こうには何か気に入らない要因があるのだろう。
平民上がりの分際で、護衛師団の副師団長にまで成り上がったからか。それとも……。
(やっぱり、『魔眼持ち』だから気味が悪いのかな)
そんなわかりやすい理由で嫌われているのなら、こちらとしても是非そっとしておきたいところだった。
凶暴な獣の尾をわざわざ踏みに行く馬鹿はいない。
(まあ、ただの毛嫌いなら喜んで放っておくんだが……)
──理由の如何によっては、放っておくのが難しい。
そんな懸念を抱きつつ、カイルは幼なじみであり腐れ縁でもある上司に、昨日のオリーゼ嬢に纏わる一連の顛末を語って聞かせた。
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