魔眼の騎士は運命(腐れ縁)を断ち切りたい

碧木二三

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【回想】魔眼と公爵令嬢 ①




 昨日の午後のこと。
 宰相府で開かれる臨時の合同会議に出席するため、王宮内にある護衛師団の詰所から出たところで、カイルはいきなり三人の男たちに取り囲まれた。

『おお、これはユーディ殿。いいところに!』

 一番はじめにほっとしたように声をかけてきたのは、顔馴染みの侍従だった。カイルが彼に言葉をかけ返す前に、別の一人が割り込んでくる。

『ああ本当にちょうどよかった! ご、護衛師団の方ですな? いや、どうか我々をお助け頂きたく!』

 隣国……俗に言う『帝国訛り』の言葉で早口に話しかけられ、それに答えようとすると、その間を与えず今度は三人の中で一番高圧的な声が降ってきた。

『これは副師団長殿。師団長殿は今どちらにおられる?』

 このでっぷり太った四十がらみの偉そうな男は、反帝国派のカマロ男爵──だったか。そして、帝国訛りの男はそのままずばり、隣国であるテシリア帝国の大使だった。
 三者三様、立場を異にする者たち──侍従はともかく、あとの二人は全く正反対の立場だ──が、同時に王宮護衛師団の詰所に駆け込もうとするとは、一体どういう事態なのか。
 まあ、この面子だと嫌な予感しかしないが、と内心で呟きながら、カイルはようやく口を開くことができた。

『申し訳ありませんが、閣下。コーゼル師団長は本日、王立騎士団との演習で王都を離れておりまして』
『なんと……。まあ、そういうことなら致し方あるまい。とりあえず貴様でいいから、今すぐに来てもらいたい』
『……承知しました。しかし、一体どういった事で?』

 カイルは、三人の中で唯一対等に話が出来る侍従に目線を合わせて訊ねた。

『実は、この先の回廊でスタウゼン公爵のご令嬢とフェネル侯爵夫人が……その』

 侍従が先の言葉を選ぶように一旦口を噤むと、大使がまた興奮した声で割り込んできた。

『喧嘩です。いや大喧嘩ですよ! それも伯爵夫人の方から我々に難癖をつけてきて……』

 するとカマロ男爵が、大使の言葉を遮るように癇癪玉を破裂させた。

『難癖とは無礼な! それに伯爵ではない、侯爵夫人だ! それに、何を仰るか。夫人は謁見の時間に遅れてやってきたあなた方に軽く注意なさっただけですぞ! それをあなた方が……』

 黙らっしゃい! と今度は大使が大喝した。カイルに対してはどこかへりくだるような態度を見せていたが、カマロ男爵に対してはここにきて一切の斟酌がなくなった。

『我々が遅れることは、既に宰相府に通達済である! 王太子殿下にもお詫び申し上げ、後日改めてお時間を作って下さることになった! それを何ですかな。殿下に謁見のお約束すら頂けない伯爵夫人が王宮の回廊をうろつき回り、よりにもよって殿下のご婚約者であるオリーゼ様を無礼にもあんな場所で呼び止めるとは。それがこちらの王国では許される作法なんですかな?』
『そ、それは……っ』
 
 テシリアの大使は、日頃から親帝国派の貴族たちに擦り寄って阿り、ちょっとした言動にも高い声で仰々しく感嘆してみせたりする。そのために反帝国派の面々からは、『帝国のカササギ男』と呼ばれて陰で蔑まれているのだ。
 その蔑んでいた相手からの痛烈な反撃に、さっきまでの威勢はどこへやら、カマロ男爵は一転してたじたじとなった。侯爵夫人だと訂正を求める気力まで完全に殺がれたようだ。
 カイルと侍従がやれやれと目配せしあったとき、騒ぎを聞きつけた王宮護衛師団・第一衛兵隊長のロルフ・ベルナーが、数名の部下たちとともに詰所から出てきた。

『副師団長!』
『ああ、ロルフ』

 傍らにやって来たロルフに、カイルに促された侍従が小声で現状を説明すると、

『またですか?』

 何事においても常に、まるで仮面のように動じることのないロルフの眉間がわずかに曇った。
 それを見たカイルは、珍しいものを見たと思わず口の端を上げる。その人の悪い表情に気づいたロルフが、眉根を寄せたままで訊いてきた。

『……何ですか?』
『いや、君でもそんな嫌そうな顔するんだなあと思って』

 にんまり笑いながらそう言うと、無言のまま呆れたような目線だけが返される。

『まあまあ。とりあえず、ロルフとあと何人かは俺と一緒に来てくれ』
『承知しました』
『その他の者はここで待機。あと、こちらの方々のことも頼む』
『は!』

 カイルたちは、侍従とともに騒ぎが起こっている回廊に足早に向かった。
 それに気づいた男爵と大使が、まだ大声で何か言い合いながら自分たちも一緒に戻ろうとしたが、その場に残った護衛師団員たちがサッと動いて彼らの行く手を阻んだ。
 な、なにをするっ!
 そこを退け、無礼者!
 大使とカマロ男爵がかわるがわるに何やら吠えていたが、彼らに従おうとする者は誰もいなかった。王宮護衛師団の騎士は、国王や宰相が命じでもしない限り、常に上官の命令を最優先にして動く。
 回廊に向かって進んで行きながら、ロルフが話しかけてきた。
 
『副師団長。スタウゼン公爵令嬢絡みの事案、今週はこれでもう三件目になりますが』

 そうだな、とカイルは首肯する。どういった理由からか、彼女はとにかく敵が多く、王宮を歩けば必ず何かしらの揉め事が起きる。

『今回は特に場所が悪い。よりにもよって、居館へと渡る回廊の真ん中で大喧嘩とはね。……どっちがふっかけたにせよ、当人たちが大馬鹿者だって話だけど』

 護衛師団は一体何をやっていたってあとでドヤされるかな……、とぼやいてみせると、真面目な性格の部下からは至極まともな見解が返ってきた。

『まず、今日のうちにも副師団長が宰相府に呼び出されて、当時の警邏担当者たちの始末書を求められる、というところですかね』

 やれやれ、とカイルは小さく吐息した。
 軍務局が管轄する王立騎士団とは違い、王宮や王族を直接護衛する任に当たる護衛師団を直轄するのは宰相府だ。
 護衛師団に所属している騎士たちは、完全な実力主義で採用される魔法騎士や魔法士以外、概ね貴族階級や地方の名士の家に生まれた者たちで占められている。もっと言えば、成人後には実家に身の置き所がなくなる跡継ぎ以外の男子であった。
 故に精強揃いと謳われる王立騎士団の騎士に比べると、護衛師団の衛兵は実戦能力においてやや見劣りすることも否めない。故に、口さがない者たちからは『王宮の軟弱なお飾り騎士』呼ばわりされることもある。
 だが、最近ではその風評も徐々に変わりつつあるようだ。それは現軍務卿・コーゼル伯爵の長子であるジスティが、わざわざ王立騎士団からの入団要請スカウトを蹴ってまで王宮護衛師団に入団してからだとも言われている。
 いずれにせよ、王都での立身出世を目指す若い護衛師団員たちにとって、宰相府から下される処分……それがたとえ始末書の一枚であっても、積み重なれば今後の査定に響く可能性がある。

(……とりあえず、最悪の場合でも始末書程度で済むようにはしないとな)

 と、カイルは心の中で彼らの上司としての算段をし始める……。


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