魔眼の騎士は運命(腐れ縁)を断ち切りたい

碧木二三

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【回想】魔眼と公爵令嬢 ②



 王宮の居館に至る回廊の入口に到着すると、そこにはこの先にいる誰かを人目から庇うように立つ二人の護衛師団員と、白の法衣の上に紫紺のサーコートを着た男がいた。
 聖竜神殿……いや、おそらくレンドラ教会の聖職者だ。
 パノン王国の国教は近隣のレビア、テシリアと同じく創世の女神レンドラを祀るレンドラ教会である。女神に仕える聖職者は、パノンの聖竜神殿と同様に白の法衣の上に重ねるサーコートの色によって教会内での地位がわかるようになっている。
 紫紺のサーコートを着用するのは司教の職位に就く者だ。司教とは各教区ごとの教会を束ねる高位の聖職者であり、聖都・レンドリスに座す教皇から直々に任命される。
 パノン国内には、教会に定められた第一から第四までの教区があり、合わせて四人の司教が在任しているはずだったが、カイルは目の前にいる司教の顔には見覚えがなかった。
 年齢は三十代半ばぐらいだろうか。髪は金褐色。短髪で、前髪は全て後ろに撫であげている。瞳は理知的な性格を思わせる灰青。全体的に落ち着きのある穏やかな風貌だった。
 詰所に向かった大使たちとは入れ違う形で、定時の巡回中にこの騒ぎに遭遇したという第二衛兵隊は、カイルがやって来るのを見ると皆ほっとした顔つきで敬礼し、左右に分かれて回廊への道を開ける。だがカイルはそこで一旦立ち止まった。
 司教がカイルに向かって恭しく一礼する。

『護衛師団の幹部の方とお見受けします。初めまして。この度、第四教区長に就任いたしました、マティウス・ディ・アルフリードと申します』

 滑らかな大陸公用語で自己紹介をしたアルフリード司教の言葉の中に、カイルの耳はほんのわずかではあるが帝国風の発音を聞き取った。

『これはご丁寧に痛み入ります。王宮護衛師団・副師団長兼魔法騎士隊長のカイル・ユーディと申します。どうぞお見知り置き下さい』
『同じく、第一衛兵隊長のベルナーと申します』

 カイルの一歩後ろで、ロルフもついてきた団員らとともに敬礼する。
 司教は人好きのする笑顔で、彼らにも軽く礼を返した。

『それで、貴殿はどうしてこちらに?』

 カイルが訊ねると、司教は『ああ……』と回廊の方を振り返り、嘆息した。
 その視線の先では、衛兵隊に取り囲まれる中、それぞれの従者や取り巻きたちを従えた二人のご婦人が無言で対峙している。
 一人はおそらく……。真珠色のドレスを着た、小柄で可憐な顔立ちの元伯爵令嬢──フェネル侯爵家に嫁いだ為、今は侯爵夫人──だ。
 そしてもう一人は……。どれほど距離があろうと、これはもう一目瞭然であった。
 王太子の婚約者、オリーゼ・クリスティナ・スタウゼン。
 深い葡萄色のドレス、手には孔雀羽根の扇子を持ち、傲然と首をもたげるようにして、燃えるような意志を孕んだ碧緑の瞳で相手を見据えている。
 その耳や手指、そして高く結い上げた蜂蜜色の髪をこれでもかと大ぶりの宝石を嵌め込んだ装飾品で飾り立てているせいか。はたまた、肩から黒い精緻なレース織のマントを羽織っているせいか。
 見る者の趣味嗜好によってはド派手、悪趣味と断じられるほどゴテゴテした身なりなのだが、カイルの目には不思議と調和が取れているように映った。厚い化粧を施した硬質な美貌の上には、すでに王妃然とした貫禄すら漂わせている。
 一瞬、そちらに目を奪われかけていたカイルの意識を引き戻すように、司教が穏やかな低音で語り始めた。

『実は、スタウゼン家のお口添えで、私の就任のご挨拶を直接王太子殿下にさせて頂けることになりまして。その仲介をしてくださったドヴィル大使とご令嬢のオリーゼ様が、ご親切にも私を王宮までお連れくださったのです』
『ほう。宰相閣下にではなく、王太子殿下に……ですか?』

 司教の就任挨拶ならば宰相が受けるのが慣例のはずだが、と怪訝に思いながら問うと、彼も心得ているといった顔で頷いた。

『ええ。私もそう伺っておりましたが。なんでも宰相閣下は今、こちらのお国にとって非常に重要な儀式の準備で大変お忙しくされているとかで……』

 やっぱり、とカイルは得心する。これまでの流れで薄々わかっていたことだったが、敢えて問いかけてみた。

『失礼ですが、貴殿はテシリアのご出身ですか?』
『左様でございます。それが何か……』
 
 司教は一瞬戸惑ったような表情をうかべる。

『なるほど。それは……我が国にいらした時機が少々悪かったかもしれませんね』

 労る口ぶりでそう言うと、その意味はわかったのか司教は口に手を当てて軽く笑った。

『はは、こちらに来てからはよくそう言われます。今、パノン王国ではおよそ百年に一度行われる【聖女召喚の儀】と、その後の新月の夜に現れる【魔竜の討伐】に纏わる事柄が何よりも最優先で、その他のことは全て二の次にされると……』

 当然といえば当然だったが、こちらの国情についてアルフリード司教も大体のことは把握しているようだった。

『なるほど。そしてあろうことか、貴殿らは殿下との謁見の時間に遅れていらっしゃった、と』

 今聞いたばかりの侍従の説明によれば、エドアルド王太子との謁見許可が下りなかったフェネル侯爵夫人は、それでもどうしても今日中に進言申し上げたい儀があると言い張って、謁見室の近くでエドアルドが出てくるのをずっと待っていたらしい。
 そこでたまたまオリーゼたちが今日の謁見の時刻に遅刻していることを知り、この回廊で待ち伏せて咎め立てたのだとか。
 フェネル侯爵夫人の行動自体は当然行き過ぎたものではあったが、しかしこの数年、病身の国王に代わって政務を執り行い、多忙な日々を送っている王太子に謁見を願い出ておきながら、約束の時間に遅れてやってきたオリーゼ達にも全く非がないとは言い難い。
 そこでカイルは、わざと咎める響きを含んだ言い方をしてみたのだが、さっきの男爵や大使に比べると度量が大きいのか、司教はさして気にした風もなく淡々と答えた。

『そのことについては大変申し訳なく思っております。実は、ここに向かう途上で馬車を引く馬が急に暴れ出したのです。乗っていた我々は無事でしたが、それで御者が怪我をしてしまい……』
『え? 馬が? 事故ですか?』

 詰所にやってきたテシリア大使は、そんなことは一切口にしなかった。

『さあ、それは私にはなんとも……』

 ──そのとき。回廊の方から一瞬、異様な気配が膨れ上がり、消えた。

『ロルフ』

 回廊を見据えながら、カイルは硬い声で部下を呼んだ。


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