魔眼の騎士は運命(腐れ縁)を断ち切りたい

碧木二三

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【回想】魔眼と公爵令嬢 ③


『副師団長? どうかしましたか』
『……今、誰かが攻撃魔法を使おうとした』

 ハッとカイルの視線の先を追ったロルフは、部下の一人に『魔法士隊を呼べ』と命じるなり、自分は残りの護衛師団員らともに回廊に向かって駆け出していく。
 一体何事なのかと目を丸くしている司教に、『失礼』と短く断りを入れてから、カイルもそのあとに続いた。

 魔眼を使うまでもなく──。
 誰かが、何らかの攻撃的な魔法を発動させたのだとはすぐにわかった。
 ぎりっと締め付けるように痛む左のこめかみを押さえながら、カイルは公爵令嬢たちが立ち尽くす回廊を凝視する。
 幸い、誰も傷ついた者はないようだ。魔法の発動とほぼ同時に、この空間全体により強い魔力圧搾の作用が働いた。
 王宮の守護を司る【結界石】が仕事をしたのだろう。魔眼封じの眼鏡をかけたままでも、その程度の探知ならば容易だった。
 カイルの額から、冷たい汗が流れ落ちる。

(一体誰だ。何であれ、この王宮内で制限値以上の魔法を発動させれば、【結界石】の強制排除の呪いで最悪の場合、四肢が吹き飛ぶ……)

 そのとき、ギャッという短い悲鳴が上がった。

『侯爵夫人? どうなされたっ!?』
『お、奥様!? 大丈夫でございますか?』
 
 回廊の床にがくりとくずおれたのは、フェネル侯爵夫人だった。

『ロルフ、守れ!』

 カイルが叫ぶと、ロルフは俊敏な動きでオリーゼを庇う位置に盾のように立った。
 そして、残りの団員たちは侯爵夫人の一団を取り囲む。夫人の従者や取り巻きたちが、青ざめた顔でまた悲鳴を上げ、後ずさりをする。その中の何人かが、公爵令嬢に強い非難の目を向けた。
 彼らはおそらく、オリーゼが使った何らかの魔法によって、侯爵夫人の方が攻撃を受けて倒れたと。確かに、精霊種の血を濃く引くというオリーゼは潜在的な魔力値が相当高いという話だが……。

『全員、動かないで頂きたい』

 カイルは腰に提げた細剣レイピアの柄に手を置きながら、声を張り上げた。
 さっきの悲鳴は、結界石に魔法を打ち消され、それで生じた強い魔力干渉の衝撃をその身に食らった者が上げたものだ。即ち、不埒にもこの場で攻撃魔法を使おうとした者。つまり、それは……。

『フェネル侯爵夫人、貴方が……』

 カイルがそう言いかけたとき。
 カツン、と。背後で靴音が鳴った。

『いけません、オリーゼ様。お下がりください!』
『…………』

 皆が息を詰め、動きを止めている中。
 ロルフの制止を綺麗に無視したオリーゼが、一人堂々とした足取りで前に進み出てきた。彼女はカイルの傍らで立ち止まると、鮮やかな碧緑の瞳をたわめ、冷ややかな一瞥をくれる。

『全く。とんだ失態ですわね、ユーディ副師団長』

 嘲りに満ちた声音でそう言われ、カイルは恐縮して頭を下げた。

『──は。誠に面目次第もございませ…』
『本当に、愚かだこと』

 謝罪は、氷のように冷たい声に遮られ。
 孔雀の羽根をふんだんに使った扇をばさりと鳴らしたオリーゼは、今度は回廊の床にうずくまっているフェネル公爵夫人を指し、一際高慢な口調でのたまった。

『あたくしは王太子殿下の婚約者ですのよ? かたや貴女は、十人もいた婚約者候補の一人に過ぎないというのに。この期に及んでまだあたくしに張り合うおつもり? そろそろご自分の立場を弁えてはいかが?』
『……っ、貴女なんか、貴女なんかに!』

 ギリッと強く歯を食いしばる音が、した。
 髪も乱れ、床に膝をついたままのフェネル侯爵夫人の血の気の引いた唇から、憎悪に満ちた罵りの言葉が上がる。

『帝国派の貴女なんか、この国の王妃に相応しいはずがないわ! 聖女様の召喚の儀も絶対に失敗するだなんて散々言い触らしたりして! ……ああ、そう、そうよ……貴女、怖いんだわ。聖女様がご降臨なされば、殿下はきっとんだもの!』

 侯爵夫人の言動に、場がさらに凍りつく中。
 扇で口許を隠したその陰で、オリーゼは紅い唇を吊り上げてクッ、と嗤った。

『な、何が可笑しいのよっ?』
『ええ、ええ、可笑しいですとも……。ねえ貴女はお気づきかしら? 聖女召喚の儀の成否などよりよほど確かなことが一つありましてよ』
『な、なんですのそれは!?』
『……そう。わからないのなら教えてさしあげますわ』

 ここで、侯爵夫人がこの挑発に乗っていなければ、この先の事態はまた違ったものになっていた。
 自ら針の先に食い付いた獲物を嘲笑うように、オリーゼは毒を孕んだ優美な微笑みを浮かべ、孔雀羽根の扇をゆうらりと動かす。

『貴女、まさかご自分こそが王太子殿下に相応しいとでも思っていらっしゃる? フフッ、お生憎様。……殿下は最初っから、貴女に対して露ほども関心をお持ちじゃなかったわ』

 ──それは、本当は貴女自身がよぉくおわかりなのではなくって?

 そう言って小首を傾げてみせたオリーゼの表情、仕草、そしてその声には、選ばれた者のみが持つ残酷なまでに侵し難い優越があった。

『うっ……、ぐううっ』

 床に蹲ったままの侯爵夫人は、蒼白な顔を大きく歪ませると、引き攣ったような呻き声を上げた。


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