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【回想】魔眼と公爵令嬢 ④
『侯爵夫人!』
カイルは駆け寄って膝をつく。侯爵夫人の小柄な身体から、再び魔力がオリーゼに向かって放出されようとしていた。
呪文の詠唱のない無秩序な攻撃魔法。怒りの感情のままに、無意識に膨れ上がる魔力の暴走だ。
(何故そんなことが……、一体何が起きている?)
だが、その意味や理由を考えている時間はなかった。
『いけません、これ以上は! 侯爵夫人、どうかお気を確かに!』
ロルフたちにも急いで指示を出し、侯爵夫人以外の全員を出来るだけ現場から遠ざけさせる。
中には我先にと逃げ出す者もいたが、ほとんどの者が少し離れた場所に踏みとどまったようだ。しかし、この場合は前者の方が懸命かもしれない。
侯爵夫人の攻撃魔法が例えさっきと同程度の威力であったとしても、結界石が二度目の無法を許すはずがなかった。
今度こそ、威嚇ではない本気の制裁を加えて来るはずだ。
『あ、ああっ! な、なに、ど、うし、てっ……?』
全身を痙攣させながら、侯爵夫人が縋りつくような目でカイルを見る。ようやく正気が戻りかけているようだとわかるが、今更止める術はなかった。
もうすぐ、魔法士隊が到着します! というロルフの声が聞こえたが、カイルは彼にも手振りでこの場からの離脱を促した。
(間に合わない、か!)
──仕方がない。
カイルは眼鏡を外し、上着のポケットに入れる。今まで灰紫に見えていた瞳の色が変わり、紫水晶の色に煌めく魔眼が露になるが、分けてあった長い前髪を崩して隠したので離れた者たちからはよく見えていないだろう。
そう、目の前にいるフェネル侯爵夫人以外には……。
『あ、あなた……、それ、その眼の色って……』
『……ご無礼仕ります』
『ひぃっ!』
カイルは悲鳴を上げる侯爵夫人の肩を抱き寄せ、驚きと怯えによって大きく見開かれた目を魔眼で捉える。
そして、彼女の魔力を吸い上げる心象を強く思い描く。
カイルの魔眼は貪欲だ。眼鏡を外して解放しただけで、多量の魔力を欲する。カイルが許容したことで、魔眼は嬉々として、攻撃魔法として放出されるはずだった侯爵夫人の魔力を瞬く間に吸い上げていく。
魔力を全て奪いきる前に立ち上がったカイルは、素早くその傍から離れた。
候爵夫人はその場で呆然と座り込んだままだった。
『副師団長殿!』
呼ばれて目を上げると、回廊の入口にいたはずのアルフリード司教と護衛騎士たちがすぐ近くまでやって来ていた。
『ちょうど良いところに。アルフリード司教、今すぐこの薬を侯爵夫人に飲ませて差し上げて頂けませんか? それから、魔法士隊が到着するまでそばについていてくださると助かります』
常に持ち歩いている魔力回復薬を部下の一人に向かって放りながら早口に頼んだ。これを飲ませれば、候爵夫人の心身を維持する最低限の魔力を保たせることができるはずだ。
『それはもちろん構いませんが、あなたは?』
手を差し伸べるようにして歩み寄ろうとする司教に、「こちらに来ないで」と叱責を飛ばす。
『今は彼女の魔力を取り込んだ私が、結界石の制裁の対象になっています。危ないですから』
『え?』
カイルの説明に、司教はぽかんと口を開く。
『魔眼? あ、ああ、もしかしてその目の色は……?』
目の色が変わっていることに今気づいたのか、司教の口から動揺の声を上がる。
その物慣れない反応に、そうか、そういえばこの人はテシリアの人だったと思い出す。
あちらの国では魔眼はもとより、まず魔法を使えるほどの魔力を持つ人間も滅多に生まれてこないと聞く。無論、親が精霊種や魔物と番ってしまった場合は例外だろうが。
『副師団長!』
反対側から一度離れていたロルフも駆け寄ってくる。カイルは声を張り上げた。
『お前もだロルフ。それ以上俺に近寄るな!』
『ですが!』
『今から結界石の制裁を無効化する。お前は魔法士隊が来たらその指示に従え。おそらくヒースゲイル殿が来てくださる。結界石の異変に気づかれているだろうからな』
ヒースゲイルは、護衛師団にもう一人いる初老の副師団長で、魔法士隊長でもある。さらにはこの国で一番といわれるほどの高名な治癒魔法師でもあった。
『待ってください。無効化するなら、ヒースゲイル殿が来られてからの方が……』
『もう間に合わない。これ以上、抑えられないんだ』
『え?』
カイルの魔眼は好戦的だった。敵を見つけたら、カイルの意志とは関係なく攻撃を繰り出そうとする。
今の場合は、一時的に並外れた大量の魔力を得たために、いつもより深い探知能力が発揮されようとしていた。
その異能で、あろうことか高次の結界内に据えられた【結界石】の位置を探り出そうとしている。この国にとって最重要機密の一つである、王宮の結界石の正確な位置情報を知る者など、国王陛下を含めほんの数人しかいない。それを割り出そうとするなど、敵性行為以外の何物でもなかった。
全くもってカイルの本意ではないが、魔眼がやろうとしていることはまさに王宮に対する叛逆そのものだ。だがこうなってしまった以上は、結界石の魔力圧搾作用で魔眼の魔力を相殺してもらうしかない。
(もっと俺がこの魔眼を使いこなせたなら、魔力の自己相殺が出来るはずなんだけどな)
まあ所詮、その程度の器でしかないということだろう。
いつもの諦観とともに、カイルは魔眼の発動を許諾した。……しなくてもどうせ暴走同然に勝手に発動するのだから、せめてタイミングぐらいは自分で計りたい。
(命まではまあ……、取られないとは思うけど。片腕で済めば御の字かな)
そんな見通しは、いささか楽観的にすぎるだろうか。
だがこの世の全ては女神の思し召しだと思った、その刹那──。
『──ぐ、ぁっ!』
全身が灼けつくような熱に覆われ、カイルの意識は白い光で一気に塗り潰されていった。
カイルは駆け寄って膝をつく。侯爵夫人の小柄な身体から、再び魔力がオリーゼに向かって放出されようとしていた。
呪文の詠唱のない無秩序な攻撃魔法。怒りの感情のままに、無意識に膨れ上がる魔力の暴走だ。
(何故そんなことが……、一体何が起きている?)
だが、その意味や理由を考えている時間はなかった。
『いけません、これ以上は! 侯爵夫人、どうかお気を確かに!』
ロルフたちにも急いで指示を出し、侯爵夫人以外の全員を出来るだけ現場から遠ざけさせる。
中には我先にと逃げ出す者もいたが、ほとんどの者が少し離れた場所に踏みとどまったようだ。しかし、この場合は前者の方が懸命かもしれない。
侯爵夫人の攻撃魔法が例えさっきと同程度の威力であったとしても、結界石が二度目の無法を許すはずがなかった。
今度こそ、威嚇ではない本気の制裁を加えて来るはずだ。
『あ、ああっ! な、なに、ど、うし、てっ……?』
全身を痙攣させながら、侯爵夫人が縋りつくような目でカイルを見る。ようやく正気が戻りかけているようだとわかるが、今更止める術はなかった。
もうすぐ、魔法士隊が到着します! というロルフの声が聞こえたが、カイルは彼にも手振りでこの場からの離脱を促した。
(間に合わない、か!)
──仕方がない。
カイルは眼鏡を外し、上着のポケットに入れる。今まで灰紫に見えていた瞳の色が変わり、紫水晶の色に煌めく魔眼が露になるが、分けてあった長い前髪を崩して隠したので離れた者たちからはよく見えていないだろう。
そう、目の前にいるフェネル侯爵夫人以外には……。
『あ、あなた……、それ、その眼の色って……』
『……ご無礼仕ります』
『ひぃっ!』
カイルは悲鳴を上げる侯爵夫人の肩を抱き寄せ、驚きと怯えによって大きく見開かれた目を魔眼で捉える。
そして、彼女の魔力を吸い上げる心象を強く思い描く。
カイルの魔眼は貪欲だ。眼鏡を外して解放しただけで、多量の魔力を欲する。カイルが許容したことで、魔眼は嬉々として、攻撃魔法として放出されるはずだった侯爵夫人の魔力を瞬く間に吸い上げていく。
魔力を全て奪いきる前に立ち上がったカイルは、素早くその傍から離れた。
候爵夫人はその場で呆然と座り込んだままだった。
『副師団長殿!』
呼ばれて目を上げると、回廊の入口にいたはずのアルフリード司教と護衛騎士たちがすぐ近くまでやって来ていた。
『ちょうど良いところに。アルフリード司教、今すぐこの薬を侯爵夫人に飲ませて差し上げて頂けませんか? それから、魔法士隊が到着するまでそばについていてくださると助かります』
常に持ち歩いている魔力回復薬を部下の一人に向かって放りながら早口に頼んだ。これを飲ませれば、候爵夫人の心身を維持する最低限の魔力を保たせることができるはずだ。
『それはもちろん構いませんが、あなたは?』
手を差し伸べるようにして歩み寄ろうとする司教に、「こちらに来ないで」と叱責を飛ばす。
『今は彼女の魔力を取り込んだ私が、結界石の制裁の対象になっています。危ないですから』
『え?』
カイルの説明に、司教はぽかんと口を開く。
『魔眼? あ、ああ、もしかしてその目の色は……?』
目の色が変わっていることに今気づいたのか、司教の口から動揺の声を上がる。
その物慣れない反応に、そうか、そういえばこの人はテシリアの人だったと思い出す。
あちらの国では魔眼はもとより、まず魔法を使えるほどの魔力を持つ人間も滅多に生まれてこないと聞く。無論、親が精霊種や魔物と番ってしまった場合は例外だろうが。
『副師団長!』
反対側から一度離れていたロルフも駆け寄ってくる。カイルは声を張り上げた。
『お前もだロルフ。それ以上俺に近寄るな!』
『ですが!』
『今から結界石の制裁を無効化する。お前は魔法士隊が来たらその指示に従え。おそらくヒースゲイル殿が来てくださる。結界石の異変に気づかれているだろうからな』
ヒースゲイルは、護衛師団にもう一人いる初老の副師団長で、魔法士隊長でもある。さらにはこの国で一番といわれるほどの高名な治癒魔法師でもあった。
『待ってください。無効化するなら、ヒースゲイル殿が来られてからの方が……』
『もう間に合わない。これ以上、抑えられないんだ』
『え?』
カイルの魔眼は好戦的だった。敵を見つけたら、カイルの意志とは関係なく攻撃を繰り出そうとする。
今の場合は、一時的に並外れた大量の魔力を得たために、いつもより深い探知能力が発揮されようとしていた。
その異能で、あろうことか高次の結界内に据えられた【結界石】の位置を探り出そうとしている。この国にとって最重要機密の一つである、王宮の結界石の正確な位置情報を知る者など、国王陛下を含めほんの数人しかいない。それを割り出そうとするなど、敵性行為以外の何物でもなかった。
全くもってカイルの本意ではないが、魔眼がやろうとしていることはまさに王宮に対する叛逆そのものだ。だがこうなってしまった以上は、結界石の魔力圧搾作用で魔眼の魔力を相殺してもらうしかない。
(もっと俺がこの魔眼を使いこなせたなら、魔力の自己相殺が出来るはずなんだけどな)
まあ所詮、その程度の器でしかないということだろう。
いつもの諦観とともに、カイルは魔眼の発動を許諾した。……しなくてもどうせ暴走同然に勝手に発動するのだから、せめてタイミングぐらいは自分で計りたい。
(命まではまあ……、取られないとは思うけど。片腕で済めば御の字かな)
そんな見通しは、いささか楽観的にすぎるだろうか。
だがこの世の全ては女神の思し召しだと思った、その刹那──。
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全身が灼けつくような熱に覆われ、カイルの意識は白い光で一気に塗り潰されていった。
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