魔眼の騎士は運命(腐れ縁)を断ち切りたい

碧木二三

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【回想】魔眼と公爵令嬢 ⑤




 ──カイルが意識を取り戻したのは、その日の夕刻のことだった。

『おお、気がつかれたかな?』
『……ヒースゲイル、殿?』

 王宮の中枢部である居館の一画、宰相府内の一室。目覚めたときには、ロルフとヒースゲイルが付き添ってくれていた。魔眼封じ用の眼鏡も、元の通りにしっかりとかけ直されている。
 どこかに痛みや違和感はないかと問われ、カイルは首を横に振った。まだ少し頭がぼんやりとしていたが、吐き気などの症状もなかった。
 さらにヒースゲイルによる問診で、とりあえず身体のどこにも異常がないことが確認されると、報告してきますと言って、ロルフが部屋を出て行く。

『いつもお持ちになっている魔力回復薬は使い切っておられたようだから、代わりに私が処方したものを君に飲ませたのだが。……構わなかったかね?』

 毛髪だけでなく、髭や眉尻にも白いものが混じり始めたヒースゲイルに穏やかに問われ、カイルは頭を下げた。

『はい、ありがとうございます。ヒースゲイル殿のおかげで助かりました』
『いやいや、私は別に何も』

 と、ヒースゲイルは困ったように小さく吐息した。

『むしろ申し訳なかった。急いで駆けつけてはみたが、結局間に合わなかった』
『どうかお気になさらず。俺も黙ってやられはしません。最低限の防御結界は張っていた。それに、ヒースゲイル殿は俺が倒れたあとは衛兵隊の指揮も執って下さったのでしょう?』

 それで充分過ぎるぐらいだとカイルが告げると、ヒースゲイルは『うむ……』と唸った。

『いや、それにしても……、スタウゼンのご令嬢とフェネル侯爵夫人の件はさておき。今回のようなやりようはあまりにも無謀だと。とにかく運が良かっただけだと、くれぐれもそう釘を刺しておくようにと仰せつかっておりますが』
『それは、一体誰に……、ああ』

 ふいにその相手に思い当たり、カイルは力なく笑った。

『……エドアルド殿下、ですね』
『つい先程まで、ここにいらしたのだがな』

 と、ヒースゲイルはベッドの脇に据えてある肘掛椅子を視線で示した。

『侍従が呼びに来て、あとは頼むと仰って行ってしまわれた』
『……そうでしたか』

 忙しいはずなのに、何をやってるんだあの人は……と呆れる気持ちと、わざわざ自分などに付き添わせてしまって申し訳ないという気持ちが綯い交ぜになり、微妙な心地で俯いていると、そんなカイルの心中を知ってか知らずか、ヒースゲイルが柔らかい声音で訊ねてきた。

『確か、ジスティ殿とカイル殿は、殿下の王立学術院時代のご学友でしたな』
『……ええ。畏れ多いことですが、どうやらそのようです』

 曖昧にではあるが、一応肯定をしておく。
 身分に差異がありすぎて、本当に畏れ多いことこの上ない話だったが、この件に関しては無闇に謙遜したり卑下したりして否定的な言動をとると、どういったわけかあとの二人に知られた場合、こっぴどく叱られるのが常だった。

『元々、殿下と師団長は幼馴染みの間柄でしたから。殿下とは彼の紹介で親しくさせていただくようになりました』

 両親がコーゼル伯爵家お抱えの治癒魔法師と魔法薬師だった関係で、カイルも幼い頃からクローディル領にあるコーゼル家の本邸には何度も出入りしており、伯爵令息で同い年のジスティとはそこで出会った。
 二人が直接親しくなったきっかけは、お互いにそれぞれの少し込み入った事情からくるものだったが、そのおかげでジスティとは、現在にまでいたる腐れ縁の関係になってしまった。
 二人揃って王立学術院の騎士・魔法士養成学科に入学してからは、そこにごくごく自然な流れでエドアルドが加わったのだった。
 学術院卒業後、ジスティとカイルは、エドアルドに請われる形で王宮護衛師団に入団した。その日から護り仕えるべき主君となったエドアルドは、今尚変わらぬ親愛の情を彼らに向けてくれている。

『さあ、カイル殿。後のことは我々に任せて、よく休まれるといい』

 薬で最低限の分を補っているだけで、結界石にごっそりと持って行かれた魔力値の完全回復には程遠いと告げられ、カイルも素直に頷いた。
 こんな状態で王宮に留まっても役には立たず、却って周囲に迷惑をかけるだけだ。

『はい。では申し訳ありませんが、お先に帰らせて頂きます』
『副師団長、お送りします』

 ちょうど戻ってきたロルフにそう言われたが、カイルは一人で帰れると断った。
 だがロルフは険しい目つきで首を振る。

『いえ、そういうわけには。王太子殿下がわざわざ馬車をご用意くださっていますので』
『は?』
『ちなみに、副師団長のご自宅にではなく、コーゼル師団長のお屋敷に送り届けるようにと仰せつかっています。伯爵家には既にご連絡済みであるとか』
『は? いや何もそこまで……』

 王太子の計らいを知り、急に焦り出した上官に向かって、ロルフはさらに冷静な口調で言った。

『王太子殿下が仰るには、演習中であろうがコーゼル師団長はとっくに副師団長の不調に感づいているはずだから、余計な手間はかけさせない方が良い、と。……生憎と自分には、それがどういう意味なのかわかりかねますが』
『……いや、それはまあ、俺にもさっぱりだけど』

 ──これも、昔からだった。
 腐れ縁のあの男は、何故かカイルがどこで魔力切れを起こそうと、すぐに駆けつけてきては自分の魔力を惜しみなく分け与えてくれようとする。
 その本人が言うには、たとえどんなに離れた場所にいても、こちらが不調に陥ればなんとなくそれが直感的に伝わってくるのだそうだ。
 前世は双子だったのかもな、などとあっけらかんと言われたが、だとすれば逆にカイルにもその芸当が出来なければおかしい。
 長年の付き合いによる学習から、相手の状態をある程度は推し量ることは出来ても、それが感覚的に伝わってきたことなど一度もなかった。

『……はあ、わかった。今夜は師団長の家で世話になる』

 このまま自分の家に帰ったとしても、結局は明日の朝、演習から戻ってきたジスティがカイルの家まで押しかけてくるのは明白だ。余計な手間をかけさせるなというのは、そういう意味だろう。

(殿下のお節介……いや、これは素直に好意と受け取るべきかな)

 当のジスティが不在にも関わらず、カイルが彼の実家であるクローディル伯の屋敷に泊まることになったのは、そういった経緯からだった。


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