魔眼の騎士は運命(腐れ縁)を断ち切りたい

碧木二三

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王太子の友情 ①




 ありえない……、とジスティは片手で顔を覆いながら呻いた。

「ありえないって何が?」

 昨日の顛末を話し終えたカイルは、優雅な仕草でティーカップを持ち上げる。

「……何が? じゃない。よりにもよって王宮の結界石に喧嘩を売る奴があるか」

 無茶をするにもほどがあると顰め面で言われ、カイルは肩を竦めた。

「喧嘩を売ったのは、俺の『眼』だしさ」
「そこを他人事みたいに処理するな」
「でもおかげさまで、このとおり両手足は揃ってるし、魔眼が侯爵夫人の魔力をたっぷり食っていたおかげで助かった」
「何がおかげだ。元凶じゃないか」

 吐き捨てるように返されたカイルは「おや」とわずかに目を瞠る。
 長い付き合いになるが、この男がこんなに荒っぽい物言いをするのは珍しい。どんなに身体が疲れていたとしても、言動にはわりと余裕があるタイプなのだが。
 やはりこのところの強行軍で相当疲れているのか。そのうえ自分のことはそっちのけで、カイルのまでしたのだから当然か。

(この場合の元凶とは、魔眼のことか、それとも侯爵夫人かな……)

 何の気なくそう考えてから、あれ、そうなのか? とカイルは首を傾げた。

「どうした」

 テーブルで向かい合っているジスティが、怪訝そうにカイルを見る。

「うん……いや。そういえば、フェネル侯爵夫人の魔力値ってあんなに高かったかなって。今の今まで気がつかなかったんだけど」
「確か、呪文の詠唱なしで強力な攻撃魔法を発動させたと言ったな。その辺り、魔法の使い手としてはどうだ。夫人はそこまでの使い手ではないんだろう?」
「……の、はずだ。二度目の時は本人も気づいて呆然としてた。一度目の時はアルフリード司教と話していて見ていなかったが、あれも無自覚な発動だった可能性が高い」

 ジスティと話しているうち、今になってようやくあの時の違和感を検証する余裕が持てたのだと気づく。
 昨夜、この屋敷に着くなりいつも泊めてもらうこの客用の寝室に通され、口当たりのいい食事が出されたあとはすぐに浴室を使い、ベッドに入った。
 コーゼル家の人々は使用人たちも含め、カイルが泊まりに来ることにはすっかり慣れていて、此方との距離の取り方も絶妙だ。
 皆揃って親密ではあるが、かといって末っ子以外はこちらへの干渉が過ぎるということもない。正直なところ、居心地が良いどころの話ではなかった。

(今じゃ田舎の実家よりも落ち着く……)

 だからこそ、これ以上甘えてはいけないとも強く思うのだったが。
 
「まずいな……」
「何が?」

 間髪を容れず、ジスティが翠緑の双眸を鋭く炯らせて反応する。

「ああ、いや別に」

 自分の思考が、本題から大きく逸れてしまっていることに気づいたカイルは、何でもないと眼鏡を軽く押し上げながら言った。


     * * *


 伯爵邸を辞したカイルは、午後から通常通りに出仕した。
 王宮に着くなり王太子の執務室に呼ばれ、昨日の一件のことでエドアルドから直々の謝罪を受ける。騒ぎの報告を受けたときにはすでに次の謁見が始まっていて、仲裁に出て行こうにもすぐに動くことができなかったらしい。
 これがジスティだったら「いやはや、モテるお方はつらいですな」などと、わざと冗談口をたたいたりして紛らわせるのだろうが、根が真面目に出来ているカイルには無理だった。しかも「お前がいると聞いて、つい安心して任せてしまった」などと言われてしまっては尚更恐縮する思いだ。
 エドアルド自身も、婚約者である公爵令嬢と反帝国派の人々との対立には日頃から頭を悩ませている。しかしいくら諌めてみたところで、オリーゼの態度や言動が改まることはなかった。
 オリーゼの父親である前外務卿──アルバ公爵が親帝国派の筆頭であったことは周知の事実だったが、彼自身は数年前から病がちで、昨年王宮内で倒れて以来、表舞台には一度も姿を見せていない。
 しかし、父親の政治思想の影響を強く受けたオリーゼは、社交界では常に隣国の大使を連れ歩き、まるで主流派である反帝国主義者たちを煽るかのように帝国風に染まった言動を声高に繰り返している。例えば──、

『召喚の儀など時代錯誤ナンセンスもいいところですわ!』
『竜の結界が弱まっている今、どうせ!』
『いつまでも古代種の魔法や結界をアテにして、偉大なる隣国であるテシリア帝国との関係を蔑ろにし続けるようでは、この国はお先真っ暗でしてよ!』

 ──等々。
 このような発言のせいで、次期王妃となるはずの公爵令嬢からは人が離れていく一方だ。
 何せパノンの国民にとって竜と聖女の存在は、国そのものの存亡がかかった重大事なのだ。それを根底から否定されれば、反帝国派ではなくても強い反感を招くことは必定だった。
 現に、この一件で宮廷内での反帝国派と親帝国派の対立はさらに浮き彫りになった形だ。宰相府からも、オリーゼの身辺にはより一層気を配るようにと改めて護衛師団に通達があった。
 カイルは、王太子に次いで宰相からも呼び出しを受けたが、そちらも形式的な聴取だけで済んだ。
 懸念だったのは、スタウゼン家とフェネル家のいずれか、あるいはその両方から体のいい落とし所として、貴族階級出身ではないカイルへの処分を求めてくることだったが、王太子と宰相が睨みを効かせているのか、両家とも護衛師団に対して不服を申し立てることはなかった。
 一方で、加害側と見做されたフェネル侯爵夫人は、その事後に軽い錯乱状態に陥った。念の為にと王宮の敷地内にある王立施術院に収容されたのだが、それは王宮内での魔力暴走を重く見た宰相府による事実上の軟禁であった。
 しかし、夫のフェネル侯爵をはじめ、反帝国派の面々はそれにも異議を唱えなかった。今は時期が時期なだけに、親帝国派の主張をこれ以上煽り立てることになる事態を回避したのだろう。
 結局表向きには、『王太子の婚約者と元婚約者候補がちょっとした行き違いから諍いを起こしただけ』という話で落着し、その場で体を張って結界石の制裁を抑え込んたカイルは、方々から「あまり無茶なことはするな」と嗜められるだけで終わったのだった。


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