魔眼の騎士は運命(腐れ縁)を断ち切りたい

碧木二三

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王太子の友情 ②




 やがて月が変わり、七月になると王宮内はにわかに騒然とし始めた。
 パノン王国において、およそ百年に一度行われる【聖女召喚の儀】がいよいよ間近に迫ってきたからだ。
 聖竜神殿が主導する形で行われてきた【聖女召喚の儀】は今回で十回目となる……はずだったのだが。

「正確には、九回目として数えるべきか。何せ、前回の儀式は失敗に終わったのだから」

 爪の先まで美しく整った人差し指で卓上をコツコツと叩きながら、エドアルドはその麗色には見合わぬ憂鬱な口ぶりでそう言った。

 ──王女であったなら、まさに傾国。

 隣国テシリアの帝室にまでそう伝えられるほどの美貌、明るい金髪と怜悧な光を宿す薄青の瞳は、母親であるセフィア王妃からそっくりそのまま受け継いでいる。しかしその理知的な性格は、賢君として名高い父親譲りであった。
 現在国王は転地療養中のため、王都ロームからは離れた北のランスの地にいる。王妃も共にランスの離宮に赴いているため、ここ数年エドアルド王太子は、国王の代理としての公務もこなす多忙な日々を送っていた。

「確か、宰相閣下は前回の聖女召喚の儀のときの神官長だったんですよね?」

 エドアルドの前にティーカップを置きながらカイルが訊ねる。

「ありがとう。……ああ、その通りだ。ジオルグは数少ない当事者の一人だが、何せ百年以上昔の話だからな。中枢にいる我々も含め、前回時の記憶を持つ者はほとんどいない」

 エドアルドは優雅な手つきでカップを持ち上げ、しばしその香りを愉しんでから口をつけた。

「美味しい……。やっぱりカイルが淹れてくれたものは味が違うな」
「そうですか? そもそも俺のお茶の淹れ方は、こちらの侍従の方々から教わったんですが」
「それは学生の頃の話だろう。あれからもう数えきれないぐらい淹れてもらっている。とっくにお前の味だ」

 な? とエドアルドは、隣りに座って同じものを飲んでいる紅髪の護衛師団長に同意を求める。

「……そうだな。確かにこの味は俺も好みだ。ひょっとしてアルバ產か?」

 と、ジスティは意味ありげに唇を歪めてみせる。アルバとは、エドアルドの婚約者であるオリーゼ・クリスティナ・スタウゼンの生家である公爵家の領地だ。

「茶葉じゃなく、カイルの腕を褒めているんだが」

 あてこすりに気づいたエドアルドが憮然としたように言った。

「やめろ、ジスティ。……それにこれはアルバの茶葉じゃない」
 
 カイルが窘めるように言うと、ジスティは「そうか」と目を伏せた。だが、その顔を見るとまだ笑っている。
 まったく、とカイルは目を据わらせた。
 ここは王太子の執務室。その続き部屋にある円卓を囲んだかつて王立学術院の学友だった三人は、それぞれの仕事の合間に集まって束の間の雑談に興じているところだった。
 今、カイルがティーワゴンの上で丁寧に淹れたお茶は、王都でも人気のある高級茶葉に爽やかな酸味のある希少な果物のフレーバーを足したものだ。紅茶好きで知られる王太子のもとには、王国中から毎日のように最上級の茶葉が献上されている。

「ところで……何の話だった?」
「何って……、お前たった今してた話を忘れたのか」

 ジスティが首を傾げて問うのに、カイルは呆れた口調で言った。

「カイル。ジスティはな、お前が紅茶を淹れる様子をずっと観察していたんだ。だからさっきまで心ここに在らずだったんだよ」
「え?」

 どういう意味だと今度はカイルが首を傾げる番だ。さっきのジスティの発言へのお返しだと言わんばかり、エドアルドは澄ました表情でさらに言った。

「気づいてなかったのか? 今にもお前に穴が空きそうなほど真剣に見つめていたぞ」
「え……」
 
 そんなにじっと見られていたのか。
 ──しかし何故?
 カイルの顔に浮かんだ疑問を正確に読み取ったのだろう。卓の上に行儀悪く肘をついたジスティは、眼鏡の奥にある瞳を覗き込むようにカイルの顔を見つめてきた。

「……仕方ないだろう? 俺は昔から、カイルが何かに集中しているところを見るのが好きなんだ。一途で一生懸命で、ずっと見ていて飽きない」
「な、何だそれ。人を勝手に見世物扱いするんじゃない」

 これだからお貴族様は……なんていうお決まりの台詞を口にしたくはなかったが、飽きないなどと、そんな上からの言い方をされていい気持ちがしないのも確かだ。
 だが、これだけ長い付き合いの中で初めてそんなことを言われたカイルは、顔に不機嫌な色を滲ませつつも、内心では少し戸惑っていた。

(一途で一生懸命って……、そんな風に思って見られていることがあったのか)
 
 魔眼という異能の特質上、自分に向けられる視線にはとりわけ敏感だ。当然、ジスティにしばしば見つめられていることにも気づいてはいたのだが……。

(子供の頃からの慣れというか……、気づいても別に気にしたことがなかった)

「ジスティ……、あの」
「ん?」

 何か問いかけようと思ったが、言葉が続かない。
 ゴホン、と少しわざとらしい咳払いが響いた。
 カイルは、はっとしてジスティから目を離す。

「聖女召喚の儀……、いやジオルグの話だったな」
「あ、はい」

 エドアルドに強引に話を戻され、慌ててカイルは頷く。

 十回目の聖女召喚の儀を取り仕切る最高責任者……【竜の祭壇を祀る祭司】は、前回の儀式の際には神殿の神官長だった現宰相のジオルグ・ジルヴァイン・ロートバルだ。
 ジオルグは、古代種の中の一つである【竜人種】と呼ばれる種族の長である。年齢は今年で百三十歳になるらしいが、その見た目は人間でいうところの三十代半ばといったところか。
 竜人種は総じて魔力値が高く、寿命は大体二百歳から四百歳ぐらいとまちまちだが、中でもジオルグの魔力値はずば抜けており、その寿命も並の竜人種の倍はあるという話だった。
 ちなみにそのほとんどが銀の髪を持ち、男女ともに長身で美貌の主が多い。
 ロートバル家と王家は建国時にまで遡る古い時代から姻戚関係にあり、エドアルド自身にとってもジオルグは遠縁にあたる。それで時折、エドアルドは親しみを込めて彼を「叔父上」と呼ぶのだが、それに対する宰相の反応はいつも芳しくなかった。
 厳格なことでも知られるジオルグは、おのれが宰相職に就いている間は、王家との間に健全な臣従関係を保っていたいらしい。
 

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