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魔女と聖女の末裔 ①
クローディル伯爵家の嫡子、ジスティことジストルード・ウィリク・コーゼルが初めてカイル・アライアス(当時のカイルはアライアスという姓だった)に会ったのは、七歳のときだった。
アライアス家は代々治癒魔法師を生業とする家で、伯爵家の歴代当主の主治医も務めてきた。
その例に漏れずカイルの父も伯爵家に仕える治癒魔法師だった。カイルは時折その父と一緒に領主館を訪れ、一年の約三分の一をクローディルで過ごす伯爵家の子供たちの遊び相手をしていた。
しかし当時のジスティは、カイルと接触する機会がほとんどなかった。
カイルが初めてクローディルの領主館にやってきた時のことも、ただ漠然と覚えてはいるといった程度だ。
王都の屋敷で暮らす期間は、自分と同じようなそれなりの地位を持つ貴族の子息たちと半ば競い合うような関係(しかもその最大の好敵手が王太子殿下である)だったジスティにとって、カイルは別に競争相手でもなんでもない、ただの『田舎の知り合いの家の子供』に過ぎなかった。
また、どちらかといえば内向的な性質であるらしいカイルの方も、常に活発に動き回るジスティにはあまり近寄らず、まだ幼い弟妹たちの遊び相手を進んで務めている節があった。
──そんな、まるで水と油のようであった二人の関係が急速に深まったのは、その二年後の夏のこと。
ジスティの母親であるクローディル伯爵夫人──アレーナ・オルガ・コーゼルは、毎年夏になると、多忙な夫をひとり王都に残し、子供たちを引き連れて伯爵家の領地に帰郷する。
ジスティたちにとっては避暑を兼ねた一年で最も長い帰郷だったが、アレーナはそこで領主である夫に代わり、領主夫人としての手腕を遺憾なく発揮した。
その活躍の最たるものが、いつの頃か『領主館の夏祭り』と呼ばれるようになった夫人が主催する領主館での催しだ。
始めはただ、地元の名士や館の使用人の家族、村の教会の孤児院にいる子供たちなどを招いて広い庭を解放し、そこで慈善活動を兼ねたガーデンパーティを開いていただけだったのが、何故だかその規模は年々拡大していき、やがて領主館が建つ土地の周りにある村や町がその日を楽しみにして待ち侘びるほどの盛大なお祭りとなってしまった。今ではすっかり、クローディル伯爵領における夏の一大風物詩となっていて、その日だけは夫である伯爵も、王都からあたふたと領地に舞い戻ってくる。
そして、その年の夏はジスティにとって少し特別な時間だった。
来年から通う予定の王立学術院への入学試験を前に、剣術や馬術は無論のこと、学力向上のために家庭教師を何人かつけてもらったりとその準備に余念がなかった。
各騎士団の幹部、あるいは軍務局に所属する上級位の騎士になるには、まず十歳から十三歳になるまでの間に、狭き門である王立学術院の騎士・魔法士養成学科に入学しなければならないからだ。
コーゼル家は、これまで多くの偉大な騎士を輩出してきた名門であり、ジスティの父親である現クローディル伯爵はこのとき、王都ロームを守護する王立第一騎士団の団長を務めている。
つまり、この家に男子として生まれてきた時点でジスティの進路はすでに確定されていた。
一方で、下級位以下の騎士の職については、貧富の差を問わず十二歳から十八歳までの間に各地の王立騎士団の騎士養成所で入所を許されれば、その後の鍛錬次第ではあるが、素行によほどの問題がなければ誰でも騎士になることができた。
入所時の審査はかなり厳しいことで知られるが、養成所に入った時点から衣食住が完全に保証されること。そして騎士となった暁には、固定の給金以外にも手柄に見合った報奨金が随時貰えることなどから、命懸けであるはずの騎士の職は、庶民の間でも常に一定の人気職業だった。
──無論、この手厚さには理由がある。
ここ二百年の間、王国を守護してきた竜の結界の弱体化や、それに付け入るかのように、ことある事に国境線を脅かしてくる隣国テシリアの不穏な動きもあって、国を護る騎士団の増設と強化は常に最優先の政策だった。
パノン王立騎士団の騎士とは、こうして王国中から腕に覚えのある猛者が集い、さらに騎士としての精神を厳しく教え込まれて鍛えられ、屈強な戦士として研ぎ上げられた者たちなのだった。
領主館の夏祭りでも、この年から本物の騎士たちによる剣術や槍術の模範試合が開催される運びとなり、それを目当てに将来騎士を目指す少年たちが皆こぞってやってきた。
ジスティは、祭りの会場となっている領主館の庭の一画、すぐそばを小川が流れる涼しい場所に大きなクロスを敷き、その上にも日除けのクロスを貼った即席の大きな天幕を作ってそこに彼らを集め、談笑していた。
よく冷えた果実水とサンドイッチでもてなされた少年たちは、まだ見ぬ王都のことやコーゼル家に伝わる騎士の伝承について話して欲しいと口々にジスティにせがんだ。
少し離れた場所にあるステージからは、楽団の奏でる明るい音楽や、大道芸人たちのショーで盛り上がる歓声などが聴こえてくる。
この日のためにと、伯爵夫人が気合いを入れて王都からたっぷりと持ち帰ってきた菓子類を人数分に分けて配っていたジスティは、ふと少し離れた木の下で見覚えのある少年が一人でポツンと立っているのに気づいた。
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