シルクワーム

13、国防省・ワシントン支部（５）

テロ発生後　国防省・ワシントン支部　ワシントンDC

　ライス大統領首席補佐官は氷つく。
　サー・ジェームズ・ラムズフェルド英国大使に続いて入ってきたのは、日本の山脇精（せい）大使だった。
「理久」と「眞」という名の二人は、山脇の顔を見ると、同様に抱きついた。
　山脇は切れ者と評判で、外務省事務次官のあと、国連大使、英国大使を歴任し、合衆国に赴任してきた。日本人は表情を読むのが難しく、何を考えているのか分からないところがあるが、それの最たるものが、山脇だ。しかし、今、その山脇が破顔して二人を抱きしめている。

　最初に落ち着いたのは、ラムズフェルドだった。ラムズフェルドは山脇と目配せし、二人の大使が両側から守るように子供たちをはさんで着席した。
　ライスは両大使とは何度か顔を合わせていたので、自己紹介なしに述べた。
「こちらのお二方の身分について伺ってもよろしいですか？」
　最初にラムズフェルドが口を開いた。
「理久様と眞様はご兄弟で、ヴィクトリア・キートン英国首相の孫でいらっしゃいます」
　その場にいた、米国関係者は、文字通り固まった。それにはお構いなしに、ラムズフェルドは続ける。
「ご存知とは思いますが、キートン首相のご伴侶は、作家であり、昨年、ノーベル文学賞を受賞されたサー・リチャード・キートンです。そして、キートン首相ご夫妻にはご子息一人しかおられません。リオン・キートン海軍大将です。つまり、理久様と眞様は、キートン首相と、サー・キートンの孫であり、リオン・キートン海軍大将のご子息です」。

　ヴィクトリア・キートン英国首相――。英国史上、最も長い在位を誇る首相であり、「アイアン・レディ」の異名を持つ、女性首相だ。頭が切れ、演説の上手さは群を抜いているが、そればかりでなく、右肩さがりだった英国経済を立て直すなど、実務手腕にも優れた功績を上げており、圧倒的な支持率を得ている辣腕政治家だ。

　そして、サー・リチャード・キートン。「現代のシェークスピア」と呼ばれるノーベル賞作家であり、ヨーロッパ一のベストセラー作家でもある。日本を舞台にした、英国人男性と日本人女性の夫婦愛を描いた、「いつか私がいなくなった時も」という作品は、イングランドのみならず全世界で爆発的に売れ、日本への観光客が倍増したことでも有名だ。

　理久と眞の父親であるイギリス海軍大将、サー・リオン・キートン。イギリス人でなくとも、軍人なら知らないものはいない。イギリス海軍史上、最年少で大将になり「イギリス史上、最強・最高の軍人」と言われている。

　ライスは、権力に媚びたり、権力を恐れたりする性格ではない。首席でハーバードを卒業した時から、自らの努力、そして生まれ持った政治的手腕に磨きをかけ、この地位まできた。ライスの自信は、こういう背景を元に形成されていた。だから揺るがない。

　しかし、それであっても、心底、敵にはしたくはないと思う相手が二人いた。誰にも言ったことはなかったが。

　その一人がファーガソン大統領だ。恥を知らないという点で、ある意味、彼は最強だ。そうなりたいとは絶対に思わないが。
　そして、もう一人がヴィクトリア・キートン英国首相だった。完璧に理論武装している上に、実践力を兼ね備え、行動力と先見の明もある。これは無敵に近い。過去に３度会ったキートン首相を思い浮かべる。そして思った。

この二人の子供が無事で本当によかった。もし、そうでなかったら…。それは考えるだにも恐ろしいことだった。