シルクワーム

春山ひろ

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31、ダリ―と理久(1)

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テロ発生6時間半後 ホワイトハウス ワシントンDC

「僕たちが自然史博物館に来なければ、こんな事件は起きなった。そうですよね」

 理久の、この言葉は、ダリーに思いの他、ダメージを与えた。そのダメージは、理久が傷ついたことに対して受けたものだ。それことが、ダリーに衝撃を与えたのだった。

 誰であっても、自分を傷つけることはできないと思っていた。

 誰かの行動や言動によって、それを傷と受け取るかどうかは、全て自分の問題だ。だからメンタルを鍛えていればダメージは受けない。
 実際、この方法は、うまくいっていた。この瞬間までは。
 アフガンで、子供ばかりのタンゴ(テロリスト)に襲われたとことがあった。年頃は12、13歳か。子供とはいえ、訓練され、銃を扱う立派な兵士だった。向けられた敵意とは戦わなければならない。生き続けたければ。
迷うことなく反撃し、死体の山ができた。小さい体の者ばかりだった。

 世界は悪意に満ちている-。そんなことを思ったものの、子供らの遺体を見ても、ダメージは受けなかった。

 近くでは、マティス国防長官とライス大統領首席補佐官が話し、ファーガソン大統領の、あちこちに指示を出す声が遠くに聞こえる。

 ダリーは沈黙し、周囲と自分とを切り離した。これは現場で軍人たるものが、絶対にしてはいけない行為だ。
 「休んでよし」
 こう言われないかぎり、兵士の神経は、常に研ぎ澄まされている。水中で眠るときも泳ぐサメのように。


 ダリーの父親は、母親を殴ってばかりいた男だった。母の方は、いつも父の悪口をダリ―に聞かせ、最後は酒に逃げていた。家は貧しく、部屋の中は汚れ、異臭が漂う劣悪な環境だった。
 ダリ―が6歳の頃、殴られてばかりいた母が、父を殺した。母はフライパンで父を何度も殴り、最後は包丁で刺したらしい。らしいというのは、全くダリ―に、その時の記憶がないからだ。
 異常な騒音に近所の誰かが警察に通報して、ダリ―は保護された。そして、ダリ―のような境遇の者ばかりがはいる施設に入った。
 そこでは、体がぐんぐん成長し、他の子どもよりも大きくなったので、いじめにあうことはなかった。
みてくれが女受けするのだと気づいたのは、その施設に入ってからだ。
 里子を引き受けると、国から援助金が出るシステムを利用して、里子斡旋業者というのが、どこの州にでもいる。通常よりも斡旋マージンを多くくすねる悪魔のような斡旋業者が、ダリ―に目をつけた。
 ダリ―は8歳で最初に里子に出された。そこの養父母とは、最初は仲が良かったが、ダリ―は、笑うことが出来ない子供だったので、だんだんと養父に冷遇されるようになった。
 母に殺された父は学がなく、それで世間から落ちこぼれ、バカにされていたのを、母のこぼした愚痴で聞かされてきたダリ―は、学歴が世間を渡る大きな武器になることを知っていた。
 だから勉強した。スポーツも体を鍛えるために取り組んだ。周囲からは、「ハンサムで頭のよい息子」という評価を得ていたダリ―を養うことは、養父の自尊心をくすぐったのだろう。冷たくしつつも、3年間は教育費を出して家においてくれた。

 ダリ―が11歳のとき、事件が起きた。
 夜中に体を抑え込まれる圧迫感を感じた。目を覚ますと、養母が全裸でダリ―にまたがり、萎えてるダリ―のペニスをしごいていたのだ。
 ダリ―の力をもってすれば、振り払えない状況ではなかったから、養母を突き飛ばした。
 大きな音に気付いた養父が部屋くると、一転、養母はダリ―にレイプされそうになったのだと、泣き喚いた。
 養父は、ダリ―を何度も殴った。11歳にしては大きなダリ―であったが、成人男性の標準よりも大柄な養父にしてみれば、子供だった。
 その後、彼は育った施設に戻された。
 
 女は被害者ぶるのが最高にうまく、男はプライドの塊――。
実の両親、そして養父母を見て得たダリ―の、これが男女の本質に対する結論だった。
 養父は、ダリ―の部屋に飛び込んできた時、ダリ―のペニスが萎えていたことに気付いていたはずだ。
おそらく自分の妻が、血のつながらない息子に欲情したというのを、認めたくなったのだろう。
 もしくは、ダリ―の容姿や頭の良さ、嫉妬していたのかもしれない。
いすれにせよ、最後まで、養父は妻の主張を疑わないフリをした。自尊心をかけて。
 養母は養母で、アカデミー主演女優賞並みの演技力を発揮していた。どうやってダリ―からレイプされそうになったのか、微に入り細にわたって、児童施設の担当者に語った。
 おそらくではあるが、最後の方は、彼女は自己暗示をかけて、本当に嘘を事実と思い込んでいたのではないかと、密かにダリ―は思っている。
 
 別に誰にも引き取られなくてもよかった。いや、むしろそれ望んでいたダリ―だったが、あくどい斡旋業者の暗躍で、すぐに別の養父母が現れた。
 そこでも、結局、同じことが起きた。

 その時分になると、ダリ―は女に対しては、全く勃起しなくなった。そして、それを困ったと思うこともなかった。
 では性的不能者なのかといえば、そんなことはなく、男同士のセックス動画を見ると、ダリーのペニスは、なるべき姿に成長したのだ。
 彼は自覚した。

自分はゲイなのだ。

 それが育った環境によるものかどうかは分からないが。
 手っ取り早く金が稼げるから、奨学金を得て大学を卒業後、すぐに軍隊に入隊した。軍ではゲイであることは、デメリットしかない。だから、周囲には話さなかった。
 海軍シールズには、まるでアイドルスター並みのグルーピーがいる。本部のあるバージニア州のリトルクリークには、シールズ隊員目当ての肉食女が大量発生しているのだ。
 鍛えられた超人的な肉体と、明晰な頭脳がなければ入れないシールズ隊員は、肉食女にとっては、最高のターゲットだ。
 ダリ―は、その中でも別格にモテていたが、誰も相手にしなかった。そうなると、ゲイ疑惑は起きそうなものだが、誰もダリ―をゲイだとは疑わなかった。
 彼は「孤高の軍人」とみなされ、陰口など言える状況ではなかったのだ。

 女は嫌いだ。しかし、だからといって、この世から消えてしまえ、などと思ったことはない。
 なぜか。
 まるで歩く最終兵器並みの制圧スキルを身に着けた今となって、人は簡単に死ぬということが分かったからだ。
力のない者は、それだけ死ぬ確率が高くなる。だから、嫌いな女でも助ける。
 歩く最終兵器のスキルを身に着けると同時に、ダリ―に巣くう、鋼鉄のように心を取り囲む壁は、厚くなるばかりだった。
 
 そんなダリ―が、綺麗な黒い大きな目から、視線をはずすことができない。一目ぼれという言葉を知らなかったのだ、彼は。
 いや、言葉は知っていたが、いるかいないか分からないネッシーなみに、自分には起こらない現象だと思っていたというのが正しい。

 理久を慰めてあげたいと思った。
 涙を拭いてあげたいと思った。

 ダリ―は、彼の心に巣くった、分厚い壁を崩壊しなければ・・・。
 この壁が自分を守ってくれていると、さっきまで思っていた、そう、理久に会う前までは。

 そして、誰も入れたことがなかった、一番、温かい場所、ダリ―自身もあるとも思わず、自覚もできなかった、心の中の一番光る、一番温かい場所に、理久という人間をしまいこもうとしていた。

 ダリ―は、ゆっくり立ち上り、理久のいる隣の部屋に向かって歩いていった。
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