王宮の書類作成補助係

春山ひろ

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41. マルコ、オリン公爵邸でマリ閣下と対面す③

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 レオンのただならぬ大きな声を聞いた執事リン侍従サファ侍女エメがドアを開けた。

「閣下!」
「マルコは、この父上の遺書が読めるそうだ!」

 三上忍さんじょうにんは驚愕の表情。

「え、これ、遺書なんですか?」

「そうだ、マルコ。これは父上が必死に隠した遺書だ!」
「マリ閣下が、二重底になっている靴に隠されたのです!」と、執事リン
「しかし、何が書いてあるのか、全く見当がつきません!」と、侍従サファ
「どこの言語なのか、それさえ分からないままでした!」と、侍女エメ

 マルコは額から目を離さずにいう。
「そうかもしれません。コワール・シャターシュ語というのは、もう滅んでしまったコワール国の言語なんですが、正式なコワール語とも違うんです。コワールのシャターシュ地方でのみ使っていた言語だそうです。
 僕にはコワールの末裔という師匠がいて、その師匠から教えてもらいました。
 師匠は『俺が死んだら、もうコワール・シャターシュ語を話すやつがいなくなっちまう。それじゃ寂しいから』といって、僕に教えてくれたんです。
 コワール・シャターシュ語は、とっても不思議な言語で、言葉で話す分にはそんなに難しくないんです。ところが文字にすると、まるで暗号みたいで。
 だから僕は、文字と意味をセットで丸暗記しただけで、すごく詳しいっていうわけじゃないけど…。でも、これは分かります…」

 200年以上前、コワール国はビンボス火山の噴火で、一夜にして火山灰に覆われて滅亡した国だ。
 マルコの師匠で、コワールの末裔というガンツ師匠の先祖は、隊商だったため国におらず難を逃れ、国外にいて助かったコワールの民は他にもいたが、みな散り散りになってしまったのだ。

 マルコが生まれて間もない頃、ぐずるマルコをあやしていた母が、何を思ったか、昼寝するガンツ師匠の規則正しく上下運動を繰り返す大きな腹の上にマルコを置いた。

 途端に赤ちゃんマルコは大の字になり、ガンツ師匠の腹に引っ付き虫になって爆睡。以来、ガンツ師匠の巨大な腹の上がマルコの昼寝の定位置になったのだ。
 そんなマルコを寝かしつけるため、ガンツ師匠はコワール・シャターシュ語の韻を踏んだ物悲しい詩をずっと詠唱。いわゆる睡眠学習である。

 マルコには「俺が死んだら、もうコワール・シャターシュ語を話すやつがいなくなっちまう。それじゃ寂しいから」、な~んて言ったガンツ師匠だが、それは後付けの理由で、シャターシュ語の詩を詠唱すると、マルコがより一層爆睡することが分かり、睡眠学習していただけであった。
 それはともかく、こうしてマルコは貴重な言語を習得したわけだ。
 

「な、なんて書いてあるんだ?」
 レオンが震える声で聞いた。

「これはシャターシュ地方の詩です。一行目が『ララカルブガガ』といって、『妖精の大群が通る』、二行目が『ガンラカ・ガガ・アーチャ』で、『カラスは森に帰る』、三行目が『ゴンテ・ゴンテ・ガガ・アーチャ』で、『大河も森に帰る』。
 ここまでは詩なんですけど、こっちの端っこに書いてあるのは、詩ではないです」

 マルコは端の文字を見ようと、窓の方に額を傾けた。

 4人は呼吸するのも忘れるほどの沈黙。

「あ、分かった!『ダップモソコロボ』だ。これは『裏切者』という意味です!」

 静寂が部屋を包む。

「妖精の大群、その下に森とカラス…」
 レオンが呟いた。遠足を待つ幼稚園児の姿はそこにはない。

「そして最後が大河」
 執事リンも呟く。使い物にならない執事の姿は消えていた。

「あ、あの、何を指しているか、分かるんですか?」

「これは恐らく家紋を指している」
 侍従サファが囁く。大泣きした侍従は雲散霧消。

「妖精、その下に森とカラス、最後が大河。…それは…マゴンテ伯爵の家紋」
 侍女エメも囁く。彼女の目は真っ赤だが、もう涙はない。

 マゴンテ伯爵は、マリが和平交渉の使節団代表としてタンザ国に派遣された際に同行していた。身内に裏切者がいたからマリは殺されたのだ!

「マゴンテ伯爵が父上を裏切ったということだ!もしこの遺書が敵に見つかったとしても意味が分からないように、父上はコワール・シャターシュ語で書いたんだ!それだけじゃない!たとえコワール・シャターシュ語が読めたとしても、敵が解読できないように、詩という形にしたんだ!
 陛下に連絡する!マルコ!」

 いうやいなやレオンは、名残惜しそうにマルコを抱きしめた。

 そんなレオンを止めたのはリンだ。

「閣下、陛下に知らせるのは、我々が。今はマルコ様の傍を離れずに。失礼いたします」

 そう執事リンがいって、三上忍さんじょうにんが部屋を出ようとすると、「待って!まだあと一行、書いてあります!」と、マルコが引き留めた。

 全員がマルコを注視。

 マルコは額を愛おしそうに見つめた。
「これ、最後に書いたんだと思います。文字が薄れているから、力を振り絞って書かれたのだと思います。…『ヘデア・グミャートウ レオン・グミャートウ』。……『みんな、愛してる。レオン、愛してる』」

 マリが渾身の力を振り絞り、最後に記した言葉。
 
 執事リンは一瞬、顔をくちゃっとし、侍従サファは目を閉じて懸命に耐え、侍女エメは手で口を押えた。
 しかし、それは一瞬だ。執事リンが三人の気持ちを代弁した。

「人に生まれて、今ほどの喜びはございません!」

 
 三人が消えたあと、レオンはもう一度、マルコを抱きしめ、そこに家令が慌ててやってきた。

 そしてその日のオリン公爵家の昼食会はとんでもなく盛り上がったが、とんでもなく盛り上がった?のは、公爵家だけではなかった。
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