弟の恋人

春山ひろ

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5、家族の絆

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 僕が5歳で弟が4歳の時だ。
 本当のところ、実は僕は覚えてない。弟もそうだったろう。
 でも、両親や兄と姉が何度も話すので、僕と弟の中では、はっきりとした思い出となっている。記憶の刷り込みというやつかな。
 その頃、母の作るパンケーキは、僕らの定番のおやつだった。この日も、手伝いをしたくて、母の足元にまとわり付く僕と弟。母が冷蔵庫を開けたら、卵と牛乳を取る合図だ。僕は卵を割りたくて「卵、卵」と母にねだった。 母がドアポケットの一番手前から卵を一つ取って、小さいボールと一緒に、そーっと僕に渡してくれた。
 僕が、卵をボールのふちにコンコンとあてる。全然、割れない。何度か繰り返して、それはゆで卵だと分かった。僕は興奮して「うで卵!ママ、うで卵!この中で、うで卵になったの??しゅっごい!うで卵が出来た!」といった。

 弟も一緒に興奮していた。2人とも冷蔵庫でゆで卵が出来たと思ったんだ。ちなみに僕は、「ゆ」が言えず、「うで卵」になっていた。

 実は、これは母も知らない父のイタズラだった。父は、母と僕らをびっくりさせようと、手前の卵を、わざとゆで卵に代えておいたんだ。そうとは知らない僕は、まんまと引っかかった。
 母は、そんな父のイタズラよりも、僕らが冷蔵庫でゆで卵が出来たと思い込んだことが、可愛くて面白くて爆笑したんだ。

 仕掛けた父はもちろん、兄も姉も大爆笑だった。
 それ以来、母は朝、ゆで卵を作ると、いっつもポケットの一番手前に並べるようになった。
 食べたい人は、そこからゆで卵を取って食べるという具合だ。
 ボストンで大学時代一人暮らしをしていた兄も、同じようにしていたと、言っていた。

 昨晩、ドアポケットの一番手前の卵がゆで卵だと分かって、僕は涙が出てきたんだ。弟も同じだって。

 こんな細やかな事だけど、これが僕たち一家の家族の絆のようで、僕は泣けて泣けて仕方なかったんだ。

 もしエリーが、ここで半々の割合で料理をしていたなら、このゆで卵の話を弟がしないはずはない。

 エリーは、どうして恋人だなんて嘘をつくんだろ。
 友達ではダメなのか?

 家!!
 そうだ!
 エリーは、ロスの弟の部屋に泊まりたかったんだ!友達というだけでは、弟の部屋には入れても、母さんは「泊まっていけば」とまで言わないだろう!

 やっぱり弟の仕事のことと、何か関係があるのか。

 そして僕は、たぶん、一番重要なことに気づいた。

 エリーが、まだ弟の恋人として僕の前に現れる理由だ。

 それはエリーが、弟が持っているであろう重要な情報を、まだ入手していないということだ。その情報は、弟亡き今、僕ら家族が手にしていると思っているということに、だ。

 もしかして、エリーは僕ら家族までも、片付けようとしているの?
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