リアル世界のクロウサギ

仲乃古奈

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序章 始まりの歌

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職業《ジョブ》。

それは、誰もが持つもの。

それは、生まれたときからの運命《さだめ》。

それは、けして同じものなど存在しない。

ーーーー


吸い込まれそうなほどの暗い空。
冬の切るような寒さが、辺りを支配している。
ビルの屋上から見えるのは、宝石のように輝く色とりどりの都会の灯り。
昼間のような忙しさはなく、町全体が静まりかえっていた。
そこに、走る影ひとつ。
「ハァっハァ…っ」
息を切らしながらビルの屋上を走るその人は、影《シルエット》からして高校生くらいだろうか。
「ちっ…。まだ追ってくるんかよっ」
その人の声は、どこか中性的だが、口の悪さからして男性のようだ。
彼は額に汗を浮かべ、後ろの方に目線を流す。その途端。
「!」
バァンっと音をあげ、彼の後ろのドアが勢いよく開いた。
「居たぞ!待ちやがれぇっ!」
2人の警備員らしき人らが、ドアから飛び出し追ってくる。
そのうちの1人が息絶え絶えに前を走る彼に叫ぶ。
「どんだけっ逃げても無駄だぁっ。ここは、屋上っ。その先は…っ行き止まりなんだぜぇ!」
「……」
確かに彼には、フェンスとその先に広がる闇夜がドンドン近づいて来るのは見えていた。
「………」
見えているはずなのに、彼は勢いを落とさない。
むしろ更に加速を始める。
「…え?あの、ちょっ。まっ!?」
後ろで狼狽《うろた》える声が聞こえるがそんなの知ったことじゃない。
ダンッと、足に力を込める。
そして、フェンスに飛び乗る。
流れるような身のこなしだ。
まるで、慣れているようだった。
いや、本当に彼は慣れていた。
「まぁ、だからな…」
そう呟く彼は、その勢いに任せたまま、高層ビルの屋上から闇へ踊った。

彼の名前は、『如月《きさらぎ》 境《きょう》』。
職業《ジョブ》、【凶運《きょううん》】の持ち主だ。
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