転生天使は平穏に眠りたい〜社畜を辞めたら美形王子の腕の中でとろとろに甘やかされる日々が始まりました〜

メープル

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第二話

 パカッ、パカッ、という蹄の音が、心地よいリズムを刻んでいる。
 けれど、俺の心境はちっとも心地よくなんてなかった。

「……あの、アリスター様。本当に自分で歩けますから」
「ダメだよ。こんなに体が冷えているじゃないか。無理をして倒れでもしたら大変だ」

 アリスターはそう言って、手綱を握っていない方の腕で、俺の肩をさらに強く抱き寄せた。
 俺は今、彼の操る白馬の背で、彼の胸の中にすっぽりと収まっている。
 後ろから包み込まれるような形になり、アリスターの体温がダイレクトに背中へ伝わってくる。

(あったかい……っていうか、熱い……)

 男の人の体温って、こんなに高かっただろうか。
 前世では満員電車で他人の体温を感じることはあっても、それは不快でしかなかった。でも、アリスターから伝わる熱は、驚くほど清潔で、どこか安心させる香りがする。

「そんなに顔を赤くして、やっぱり熱があるんじゃないかな?」
「なっ、違います!これは、その、空気が意外と温かいからで……」

 嘘だ。本当は、至近距離で囁かれる彼の甘い声のせいだ。
 俺が焦って言い訳をすると、アリスターは「ふふっ」と喉を鳴らして笑った。その振動が背中から伝わってきて、心臓がまた一つ、大きな音を立てる。

 その瞬間、背中の「消したはずの羽」の付け根が、じりじりと熱くなった。
 羽自体は完璧に消している。人には見えないし、物理的な実体も消しているはずなのに、俺の感覚だけがそこにある。
 興奮したり、心が揺れ動いたりすると、羽が「外に出たがっている」のがわかるのだ。

(落ち着け、俺。このままじゃ、うっかり魔法が解けて羽がドバッと出てきちゃう……!)

 俺は必死に深呼吸を繰り返し、意識を別の方向へ逸らそうとした。
 目の前に広がるのは、手入れの行き届いた美しい街道と、遠くに見える巨大な白い城。

「見てごらん。あれが僕たちの住む王宮だよ。君の部屋は、一番日当たりの良い場所に用意させるからね」
「俺の部屋?いや、俺はただの通りすがりの……」
「通りすがりの美青年を、魔物が潜む森に一人で返すわけにはいかないだろう?それに、君のその銀髪……光に透けると、まるで奇跡を見ているようだ」

 アリスターの視線が、俺の髪を愛おしそうになぞる。
 その眼差しは「拾った珍しい小鳥」を慈しむような、穏やかで、けれど決して逃がさないという執着を含んでいるように見えた。

 やがて、馬は大きな城門をくぐった。
 整列していた兵士たちが一斉に膝を突き、頭を下げる。

「アリスター殿下、お帰りなさいませ!」
「ああ。急ぎで部屋を一つ整えてくれ。それと、テレーズに最高の温かいスープを用意するように伝えて」

 アリスターは止まることなく指示を出し、馬を降りる際も、俺を抱き上げたまま着地した。
 地面に足を着かせてくれる様子は微塵もない。

「殿下、そちらの方は……?」

 困惑したような声が聞こえた。
 見れば、眼鏡をかけた真面目そうな青年が、呆れたような、それでいて鋭い視線をこちらに向けている。

「カイル、詳しい話は後だ。今は彼を休ませるのが最優先だからね」
「……また、妙なものを拾ってこられたようで」

 カイルの溜息混じりの言葉に、俺は心の中で「全くだよ」と同意した。
 天使としての平穏なニート生活を夢見ていたはずなのに、どうやら俺は、とんでもなく過保護で強引な王子様に「獲物」として認識されてしまったらしい。

 アリスターの腕の中で揺られながら、俺は豪華な城の天井を見上げ、これからの生活に一抹の不安――と、抗いがたい期待を感じていた。
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