転生天使は平穏に眠りたい〜社畜を辞めたら美形王子の腕の中でとろとろに甘やかされる日々が始まりました〜

メープル

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第十二話

 雨降って地固まる、なんて言葉があるけれど、あの雨の夜以来、俺とアリスターの距離は物理的にも心理的にも、さらに数センチ縮まった気がする。
 朝、目が覚めると隣にアリスターがいる。そんな光景も、今では当たり前になりつつあった。

 だが、そんな穏やかな生活に、小さな波風が立ったのは数日後のことだ。

「アリスター殿下、隣国の使節団が到着いたしました。……例の件で、シオン殿にお会いしたいと」

 執務室に現れたカイルさんの声は、いつも以上に低く、どこか警戒を含んでいた。
 アリスターの隣でテレーズさん特製のハーブティーを飲んでいた俺は、自分の名前が出てきたことに思わず肩を揺らす。

「俺に?なんでまた……」
「シオン、君の噂が広まりすぎているんだよ。森で拾われた銀髪の美青年……。その正体を確かめたいという、野次馬根性の連中さ」

 アリスターはティーカップを置くと、ふっと目を細めた。
 その表情はいつもの爽やかな王子様のものだったが、一瞬だけ、瞳の奥に冷たい光が宿るのを俺は見逃さなかった。

 謁見の間ではなく、あえて少し格式を落とした小広場で、俺たちは隣国の使者と対面することになった。
 現れたのは、煌びやかな衣装に身を包んだ、中年の男だった。彼は俺の姿を見るなり、無遠慮な視線で俺の頭から爪先までを舐めるように眺めた。

「ほう……。噂に違わぬ美しさだ。この銀髪に、吸い込まれるような瞳。なるほど、アリスター殿下が城の中に隠しておきたくなる気持ちもわかる」

 男は下卑た笑みを浮かべ、俺に一歩近づこうとした。
 瞬間、俺の前にアリスターが立ちはだかる。

「そこまでにしてもらおうか。彼は僕の大切な賓客だ。品定めにくるような輩に、気安く触れさせるつもりはないよ」

 アリスターの声は、驚くほど静かだった。
 けれど、その背中から放たれる威圧感は凄まじく、背後の俺にまでピリピリとした緊張感が伝わってくる。

「おやおや、厳しいですな。ただ、我が国の王も、この美青年に大変興味をお持ちでして。一度、親善のために我が国へお貸しいただけないかと……」
「貸す?シオンを、物のように言うんだね」

 アリスターが、完璧に整った笑みを浮かべた。
 でも、その目は全く笑っていない。
 
「断るよ。シオンの居場所はここだ。彼が望まない限り、一歩もこの城からは出さない。……いや、例え望んだとしても、僕が許さないだろうね」

 アリスターの手が、背後にある俺の手を強く握りしめる。
 痛みを感じるほどの力。
 隣国の使者は、アリスターのあまりの気迫に毒気を抜かれたのか、「……失礼いたしました」と、脂汗を浮かべながら退いていった。

 使者が去り、広場に静寂が戻る。
 アリスターはゆっくりと振り返ると、俺の両肩を掴んで、食い入るように俺の顔を覗き込んだ。

「シオン、怖かったかい?」
「あ、いや……アリスター様が、ちょっと怖かったです」

 正直に答えると、アリスターはハッとしたように表情を緩め、申し訳なさそうに俺を抱きしめた。

「ごめん。……君が誰かに見つめられるだけで、理性がどうにかなりそうなんだ。シオン、君は僕の隣にいてくれるよね?」
「……もちろん、ここにいますよ」

 アリスターの心臓が、服越しに激しく鳴っているのがわかる。
 俺を奪われまいとする、必死な愛情。
 そんな独占欲も、今の俺には、どうしようもなく愛おしく感じられた。

(……この人、本当に俺のことしか見えてないんだな)

 背中の羽の付け根が、熱を帯びて疼く。
 アリスターの独占欲というスパイスは、俺たちの甘い生活を、より濃密なものへと変えていくようだった。
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