転生天使は平穏に眠りたい〜社畜を辞めたら美形王子の腕の中でとろとろに甘やかされる日々が始まりました〜

メープル

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第十四話

 隣国の使者とのやり取りや、その後の外交調整が重なったせいか、ここ数日のアリスターは目に見えて忙しそうだった。
 俺を傍に置いておく余裕もないほど公務が詰まっているらしく、カイルさんが申し訳なさそうに「殿下は会議が長引いております。シオン殿は先にお休みください」と伝えに来る夜も増えた。

 深夜。ようやく扉が開く音がして、俺はソファから顔を上げた。
 入ってきたアリスターは、いつもの完璧な微笑を浮かべていたけれど、その肩は心なしか重そうで、緑の瞳には隠しきれない疲労が滲んでいる。

「……ただいま、シオン。起きて待っていてくれたのかい?」
「おかえりなさい、アリスター様。顔、すごく疲れてますよ」

 俺が立ち上がって歩み寄ると、アリスターは「少しね」と苦笑して、そのまま俺の肩に額を預けてきた。
 大きな体が俺に寄りかかる。普段は頼もしい彼が、今はまるで羽を休める場所を探している小鳥のようだった。

(この人、俺を養うために……いや、俺を守るために、こんなに頑張ってるんだよな)

 前世の俺も、疲れて帰宅した夜は誰かにこうして欲しかったのかもしれない。
 俺は自然と腕を回し、アリスターの背中に手を添えた。

「俺にできること、何かありませんか?料理はテレーズさんみたいに作れないし、カイルさんみたいに仕事も手伝えませんけど……」
「……君がこうして、僕の側にいてくれるだけで十分だよ」

 アリスターの声は微かに掠れていた。
 俺は少しでも彼の疲れが取れるようにと、彼の大きな手を両手で包み込んだ。
 何か特別なことをしようと思ったわけじゃない。ただ、前世の「おまじない」のような気持ちで、心の中で強く願った。

(アリスターの疲れが、どっかに行っちゃえばいいのに)

 その瞬間だった。
 俺の指先から、ほんのりと温かい熱が流れ出した。
 俺自身の目には、少し空気が白く霞んだ程度にしか見えなかったが、アリスターが「あ……」と声を漏らして顔を上げた。

 俺たちの繋いだ手の隙間から、金色の細かな光の粉がさらさらと溢れ出し、夜の部屋に幻想的な光の帯を作っている。
 それはアリスターの体を優しく包み込むと、吸い込まれるように消えていった。

「シオン、これ……」
「えっ、あ、これ、何でしょう。光の加減かな?」

 俺は慌てて手を離そうとしたが、アリスターがそれを許さず、逆に強く握りしめた。
 彼は驚いたように自分の手を見つめ、それから俺を凝視した。

「……体が、驚くほど軽い。頭の奥にこびりついていた重みが、一瞬で消え去ったようだ」
「それは、きっと俺のせい……じゃなくて、アリスター様の気のせいです」

 しどろもどろになる俺を見て、アリスターはふっと、先ほどまでとは別人のような、活力に満ちた笑みを浮かべた。
 疲れ切っていたはずの瞳が、いつもの――いや、いつも以上に深い熱を持って輝いている。

「気のせいなものか。……シオン、君は本当に、僕を救うために現れた天使なんだね」
「そんな大げさな……。ただの居候だって言ってるじゃないですか」

 俺が顔を赤くして視線を逸らすと、アリスターは俺の腰を引き寄せ、逃げられないように抱きしめた。
 背中の羽の付け根が、先ほどの光を放った余韻で、心地よくジンジンと痺れている。

「やっぱり、君を誰にも見せたくない。……君のこの不思議な力も、その愛らしさも。僕だけが知っていればいい」

 アリスターの唇が、俺の耳元を熱くなぞる。
 疲れが取れたどころか、元気になりすぎたんじゃないだろうか。
 俺はアリスターの胸元を押し返そうとしたけれど、彼の腕の力は先ほどよりもずっと強く、確信に満ちていた。

「今夜は、このまま眠らせないかもしれないな」

 爽やかな王子の口から漏れた、ちっとも爽やかじゃない言葉。
 俺は、自分の無自覚な行動が、肉食獣のような王子の本能をさらに呼び覚ましてしまったことに、今さらながら気づくのだった。
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