転生天使は平穏に眠りたい〜社畜を辞めたら美形王子の腕の中でとろとろに甘やかされる日々が始まりました〜

メープル

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第十八話

 湖畔でのピクニックから帰って以来、俺とアリスターの間の空気は、目に見えて密度を増していた。
 アリスターの指先が俺の背中に触れた時の、あの熱。全てを暴こうとするような、射抜くような視線。俺は必死に「普通の居候」を演じ続けていたが、運命というやつは、俺が平穏を貪ることを許してはくれないらしい。

 それは翌日の午後、王宮の庭園を散歩していた時のことだった。
 低木の中から、苦しげな、細い鳴き声が聞こえてきた。

「……?どうしたんだい、シオン」
「何か、動物の声が聞こえます。……あそこだ」

 俺は茂みをかき分けた。そこには、翼を赤く染めた一羽の小鳥――以前、俺に話しかけてきた精霊のミルが、力なく横たわっていた。
 小さな胸が激しく上下し、今にも命の灯火が消えそうだ。おそらく、獲物を狙う猛禽類に襲われたのだろう。

『……あ、シオン……。ごめん……もう、飛べないみたい……』

 頭の中に、掠れた弱々しい声が響く。
 見捨てることなんてできなかった。目の前で消えようとする命を無視するのは、自分の存在を否定するよりも苦痛だった。

「死なせない……死なせないからな……っ!」

 俺はアリスターが見ていることも忘れ、ミルを両手でそっと包み込んだ。
 頭の中で、ただ一つだけを強く願う。治れ、生きてくれ、元通りになってくれ。俺の平穏なんてどうでもいいから、この小さな命を救ってくれ。

 その瞬間だった。
 俺の掌から、純白の光が溢れ出した。
 湖畔で見せた残滓とは比較にならない。庭園を真っ白に塗りつぶすほどの、圧倒的に清らかな輝き。それは俺たちの周囲を真昼よりも眩しく照らし出し、アリスターの瞳さえも白く染め上げた。

 数秒後、光が収まると、そこには傷一つない姿で、元気に羽ばたくミルの姿があった。

『わぁ!体が軽いよ!シオン、大好き!』

 ミルは嬉しそうに俺の鼻先をかすめて一周すると、そのまま空高くへと飛び去っていった。
 静寂が戻った庭園で、俺は自分の手を見つめたまま、凍りついた。

(……終わった。今度こそ、完全に……)

 隠し通すべきだったのに、本能が理性を上回ってしまった。こんな常軌を逸した光を見れば、どんな人間でも俺が「普通」ではないと確信する。
 恐る恐る顔を上げると、アリスターが立ち尽くしたまま俺を凝視していた。その表情は驚愕に染まり、射るような視線は俺の正体を見定めようとしているように見えた。

「今の光は……。シオン、君はいったい」
「……あ、あの、これは……」

 言い訳が出てこない。
 化け物だと思われるかもしれない。あるいは、この力を利用するために、どこかの神殿に引き渡されるのだろうか。恐怖で指先が震え、俺は思わず後ずさった。

「嫌い、にならないでください……。俺、ただ、ここにいたいだけなんです……」

 消え入るような声で呟くと、アリスターが一歩、距離を詰めてきた。
 逃げ場を失った俺の背中が、大きな樫の木の幹に当たる。
 アリスターの長い腕が、俺の頭の両脇につかれた。いわゆる「壁ドン」の形。視界が彼の深い緑色で塗りつぶされる。

「シオン。君は、どれだけ僕を驚かせれば気が済むんだい?」

 その声は怒っているようにも、震えているようにも聞こえた。
 俺はギュッと目を瞑り、訪れるはずの拒絶の言葉を待った。
 けれど、俺を包み込んだのは、折れそうなほどに強い、アリスターの抱擁だった。

「怖かった……。君が今、あの光の中に消えてしまうんじゃないかと思って、生きた心地がしなかったんだ」

 アリスターの心臓が、早鐘のように鳴っている。
 嫌悪ではない。彼は、俺を独占したいという、狂おしいほどの情熱に身を焦がしていた。
 
 俺は彼の胸の中で、呆然と立ち尽くすしかなかった。
 秘密のしっぽを完全に掴まれた不安と、彼が向けてくれる変わらぬ――いや、より一層深まった執着。
 二人の間の空気は、もはや後戻りできないほどに甘く、逃げ場のないものへと変わっていった。
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