18 / 24
第十八話
湖畔でのピクニックから帰って以来、俺とアリスターの間の空気は、目に見えて密度を増していた。
アリスターの指先が俺の背中に触れた時の、あの熱。全てを暴こうとするような、射抜くような視線。俺は必死に「普通の居候」を演じ続けていたが、運命というやつは、俺が平穏を貪ることを許してはくれないらしい。
それは翌日の午後、王宮の庭園を散歩していた時のことだった。
低木の中から、苦しげな、細い鳴き声が聞こえてきた。
「……?どうしたんだい、シオン」
「何か、動物の声が聞こえます。……あそこだ」
俺は茂みをかき分けた。そこには、翼を赤く染めた一羽の小鳥――以前、俺に話しかけてきた精霊のミルが、力なく横たわっていた。
小さな胸が激しく上下し、今にも命の灯火が消えそうだ。おそらく、獲物を狙う猛禽類に襲われたのだろう。
『……あ、シオン……。ごめん……もう、飛べないみたい……』
頭の中に、掠れた弱々しい声が響く。
見捨てることなんてできなかった。目の前で消えようとする命を無視するのは、自分の存在を否定するよりも苦痛だった。
「死なせない……死なせないからな……っ!」
俺はアリスターが見ていることも忘れ、ミルを両手でそっと包み込んだ。
頭の中で、ただ一つだけを強く願う。治れ、生きてくれ、元通りになってくれ。俺の平穏なんてどうでもいいから、この小さな命を救ってくれ。
その瞬間だった。
俺の掌から、純白の光が溢れ出した。
湖畔で見せた残滓とは比較にならない。庭園を真っ白に塗りつぶすほどの、圧倒的に清らかな輝き。それは俺たちの周囲を真昼よりも眩しく照らし出し、アリスターの瞳さえも白く染め上げた。
数秒後、光が収まると、そこには傷一つない姿で、元気に羽ばたくミルの姿があった。
『わぁ!体が軽いよ!シオン、大好き!』
ミルは嬉しそうに俺の鼻先をかすめて一周すると、そのまま空高くへと飛び去っていった。
静寂が戻った庭園で、俺は自分の手を見つめたまま、凍りついた。
(……終わった。今度こそ、完全に……)
隠し通すべきだったのに、本能が理性を上回ってしまった。こんな常軌を逸した光を見れば、どんな人間でも俺が「普通」ではないと確信する。
恐る恐る顔を上げると、アリスターが立ち尽くしたまま俺を凝視していた。その表情は驚愕に染まり、射るような視線は俺の正体を見定めようとしているように見えた。
「今の光は……。シオン、君はいったい」
「……あ、あの、これは……」
言い訳が出てこない。
化け物だと思われるかもしれない。あるいは、この力を利用するために、どこかの神殿に引き渡されるのだろうか。恐怖で指先が震え、俺は思わず後ずさった。
「嫌い、にならないでください……。俺、ただ、ここにいたいだけなんです……」
消え入るような声で呟くと、アリスターが一歩、距離を詰めてきた。
逃げ場を失った俺の背中が、大きな樫の木の幹に当たる。
アリスターの長い腕が、俺の頭の両脇につかれた。いわゆる「壁ドン」の形。視界が彼の深い緑色で塗りつぶされる。
「シオン。君は、どれだけ僕を驚かせれば気が済むんだい?」
その声は怒っているようにも、震えているようにも聞こえた。
俺はギュッと目を瞑り、訪れるはずの拒絶の言葉を待った。
けれど、俺を包み込んだのは、折れそうなほどに強い、アリスターの抱擁だった。
「怖かった……。君が今、あの光の中に消えてしまうんじゃないかと思って、生きた心地がしなかったんだ」
アリスターの心臓が、早鐘のように鳴っている。
嫌悪ではない。彼は、俺を独占したいという、狂おしいほどの情熱に身を焦がしていた。
俺は彼の胸の中で、呆然と立ち尽くすしかなかった。
秘密のしっぽを完全に掴まれた不安と、彼が向けてくれる変わらぬ――いや、より一層深まった執着。
二人の間の空気は、もはや後戻りできないほどに甘く、逃げ場のないものへと変わっていった。
アリスターの指先が俺の背中に触れた時の、あの熱。全てを暴こうとするような、射抜くような視線。俺は必死に「普通の居候」を演じ続けていたが、運命というやつは、俺が平穏を貪ることを許してはくれないらしい。
それは翌日の午後、王宮の庭園を散歩していた時のことだった。
低木の中から、苦しげな、細い鳴き声が聞こえてきた。
「……?どうしたんだい、シオン」
「何か、動物の声が聞こえます。……あそこだ」
俺は茂みをかき分けた。そこには、翼を赤く染めた一羽の小鳥――以前、俺に話しかけてきた精霊のミルが、力なく横たわっていた。
小さな胸が激しく上下し、今にも命の灯火が消えそうだ。おそらく、獲物を狙う猛禽類に襲われたのだろう。
『……あ、シオン……。ごめん……もう、飛べないみたい……』
頭の中に、掠れた弱々しい声が響く。
見捨てることなんてできなかった。目の前で消えようとする命を無視するのは、自分の存在を否定するよりも苦痛だった。
「死なせない……死なせないからな……っ!」
俺はアリスターが見ていることも忘れ、ミルを両手でそっと包み込んだ。
頭の中で、ただ一つだけを強く願う。治れ、生きてくれ、元通りになってくれ。俺の平穏なんてどうでもいいから、この小さな命を救ってくれ。
その瞬間だった。
俺の掌から、純白の光が溢れ出した。
湖畔で見せた残滓とは比較にならない。庭園を真っ白に塗りつぶすほどの、圧倒的に清らかな輝き。それは俺たちの周囲を真昼よりも眩しく照らし出し、アリスターの瞳さえも白く染め上げた。
数秒後、光が収まると、そこには傷一つない姿で、元気に羽ばたくミルの姿があった。
『わぁ!体が軽いよ!シオン、大好き!』
ミルは嬉しそうに俺の鼻先をかすめて一周すると、そのまま空高くへと飛び去っていった。
静寂が戻った庭園で、俺は自分の手を見つめたまま、凍りついた。
(……終わった。今度こそ、完全に……)
隠し通すべきだったのに、本能が理性を上回ってしまった。こんな常軌を逸した光を見れば、どんな人間でも俺が「普通」ではないと確信する。
恐る恐る顔を上げると、アリスターが立ち尽くしたまま俺を凝視していた。その表情は驚愕に染まり、射るような視線は俺の正体を見定めようとしているように見えた。
「今の光は……。シオン、君はいったい」
「……あ、あの、これは……」
言い訳が出てこない。
化け物だと思われるかもしれない。あるいは、この力を利用するために、どこかの神殿に引き渡されるのだろうか。恐怖で指先が震え、俺は思わず後ずさった。
「嫌い、にならないでください……。俺、ただ、ここにいたいだけなんです……」
消え入るような声で呟くと、アリスターが一歩、距離を詰めてきた。
逃げ場を失った俺の背中が、大きな樫の木の幹に当たる。
アリスターの長い腕が、俺の頭の両脇につかれた。いわゆる「壁ドン」の形。視界が彼の深い緑色で塗りつぶされる。
「シオン。君は、どれだけ僕を驚かせれば気が済むんだい?」
その声は怒っているようにも、震えているようにも聞こえた。
俺はギュッと目を瞑り、訪れるはずの拒絶の言葉を待った。
けれど、俺を包み込んだのは、折れそうなほどに強い、アリスターの抱擁だった。
「怖かった……。君が今、あの光の中に消えてしまうんじゃないかと思って、生きた心地がしなかったんだ」
アリスターの心臓が、早鐘のように鳴っている。
嫌悪ではない。彼は、俺を独占したいという、狂おしいほどの情熱に身を焦がしていた。
俺は彼の胸の中で、呆然と立ち尽くすしかなかった。
秘密のしっぽを完全に掴まれた不安と、彼が向けてくれる変わらぬ――いや、より一層深まった執着。
二人の間の空気は、もはや後戻りできないほどに甘く、逃げ場のないものへと変わっていった。
あなたにおすすめの小説
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
おバカでビッチなオメガが、表向きスパダリイケメンだけど本当は腹黒執着ストーカーアルファにつかまって、あっという間にしまわれちゃう話
トオノ ホカゲ
BL
おバカでビッチなオメガ・藤森有は、ある日バイト先のカフェで超ハイスぺイケメンの男を見つける。その男・一ノ瀬海斗は弁護士で年収2000万(推定)、顔は超イケメンで高身長の細マッチョ、しかも紳士で優しいという完璧さ。有は無理を承知でアタックをかけるが、なぜだかするすると物事はうまく運び――?
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。