転生天使は平穏に眠りたい〜社畜を辞めたら美形王子の腕の中でとろとろに甘やかされる日々が始まりました〜

メープル

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第二十話

 夜風を切り裂いて広がった四枚の翼は、月光を反射して、この世のものとは思えないほど白く、そして眩しく輝いていた。
 枷から解き放たれた羽は、一枚一枚が意思を持っているかのように、しなやかに、力強く空気を孕んで波打っている。
 
 俺は、あまりの重みと背徳感に耐えきれず、バルコニーの床に膝をついた。
 隠し続けてきたものを晒してしまった羞恥と、彼に拒絶されるという恐怖。視界が涙で滲み、アリスターの顔を見ることもできない。

「……これが、俺の正体です。ずっと、黙っていて、すみませんでした……」

 静寂が、耳が痛くなるほどに響く。
 化け物、あるいは異質な存在として、蔑みの視線を浴びせられるのを待った。
 だが、俺の耳に届いたのは、カタンという、彼が柵から手を離した小さな音だけだった。

 コツ、という靴音が一つ。
 アリスターが、ゆっくりと俺の前に膝を折ったのがわかった。
 
「……顔を上げておくれ、シオン」

 その声は、どこまでも穏やかで、震えるほどに優しかった。
 恐る恐る顔を上げると、そこには俺が想像していた「畏怖」も「驚愕」もなかった。
 深い緑色の瞳には、ただ、息を呑むほどに純粋な――まるで聖画を前にした巡礼者のような、深い敬愛と慈しみが満ち溢れていた。

「……怖くないんですか?俺、人間じゃないんですよ。こんな、大きな羽があって……」
「怖い?まさか。今、確信したよ。僕が君に出会ったあの時から、この胸を締め付けていたものの正体を」

 アリスターの手が、迷いなく俺の頬を包み込んだ。
 彼の指先は微かに震えていた。それは恐怖からではなく、目の前の奇跡を前にした、抑えきれない感動のように見えた。
 彼はそのまま、俺の背後へと手を回し、真っ白な羽の付け根へと、そっと触れた。

「ひ……っ!?」

 あまりの熱に、俺の体は大きく跳ねた。
 羽は、神経が剥き出しになっているかのように敏感だ。彼の掌が羽毛をなぞるたびに、甘い痺れが脊髄を駆け抜け、思考が真っ白に塗りつぶされていく。

「こんなに綺麗で、脆いものを……君はたった一人で隠し持っていたんだね」
「あ……アリスター、様……」
「君が天使であっても、あるいは地獄から来た悪魔であっても、僕の心は変わらない。シオン。僕が愛しているのは、この羽ではなく、ここで震えている君という存在そのものなんだ」

 アリスターはそう言うと、俺の羽の表面に、祈るようにそっと唇を落とした。
 その口づけに、俺の理性が、音を立てて崩れていく。
 人間として愛されたかった俺と、天使であることを誇れずにいた俺。その両方を、この人は今、丸ごと抱きしめてくれたのだ。

「もう隠さなくていい。これからは、僕だけがこの羽を守り、慈しむ。君の居場所は僕の腕の中だ」

 アリスターの腕が俺を強く引き寄せ、広い胸の中に閉じ込める。
 背中で四枚の羽が、彼を包み込むようにバサリと閉じた。
 月光の下、俺たちはただ静かに、互いの心音の重なりを聞いていた。
 
 不安だった俺の心に、アリスターという、消えることのない陽だまりが、とろとろと溶け込むように広がっていった。
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