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episode.3 ワカメ頭の正体
しおりを挟むマンションの階段をばたばたと駆け下りて、海面階にあるカヤック置き場へ向かう。
あの距離ならカヤックで余裕で行けるだろう。
そう踏んだ私は自分の赤いカヤックが停まっている所まで浮桟橋を走った。
桟橋に括り付けられたカヤックのチェーンの鍵を開き素早くカヤックに乗り込み、波止場の自動ドアを抜けてマンション群に囲まれた海へ乗り出した。
さっき上から見つけた謎の物体はどこだろう?
私は周りを見回しながらそれがいた方向へ漕ぎ出した。
そして五分とせずに私は目標物を見つける事が出来た。
遠目の波間に揺れる長い深緑色を一旦スマホのカメラに収めてから、カヤックのパドルを持つ手に力を込める。
陽を溶かす底の見えない海にパドルを押し込み、黒い頭と白い身体の生物を見失わないよう必死に漕ぎ進んだ。
しかし相手も移動しているからか、その距離はなかなか縮まらない。
じんわり汗ばんできた手をぐっと握り締めてひたすら漕ぎ続け、やっと十メートルの距離内に近づいた時には郊外を抜け大海原へ出てしまっていた。
自分のマンションが彼方に見える事に少し不安を覚えつつも、あともう少しで謎の生物の正体が掴めると意気込んでカヤックを進めていく。
その時、目指す相手が急に止まってくるりとこちらを振り返った。
黒ずんだ海藻を被った白い顔と目が合う。その顔つきは人のように見えた。
止まるとは思ってもみなかった私は結構なスピードでその生物に突っ込んでいく。
「あっ」
危ない、という言葉すら口に出来ないまま無理矢理止めようとしたカヤックはバランスを崩し海に飲まれた。
カヤックから落ちるなんて何年ぶりだろう……五歳の乗り始めた頃こそ乗る度に落ちていたが、それもずっと昔の話だ。
そんな事を思い出しながら、私は落ち着いて息を止めて水中で体勢を立て直した。
ゴーグルも着けておけば良かった、なんて後悔しながら滲みるのを覚悟して目を開く。
海中のぼやける視界に幽霊みたいな青白い肌の人が映った。
こんな海の中でウェットスーツも着ずに、ひらひら漂う魚の鰭を継ぎ接ぎしたような物を胸から下が隠れるよう身につけている。
その出で立ちはおとぎ話に出てくる人魚を彷彿とさせた。
一つイメージと異なる点は髪の毛の代わりに黒いワカメが頭を覆っていた。
変な格好の人、そんな印象だった。
不審者かもしれない、そんな考えも過ぎり警戒して相手の出方を伺う。
人魚もどきはまじまじとこちらを観察するように私を中心に優雅に一周泳ぎ、そのまま水面へと向かっていった。
その向かう先に赤いカヤックが浮かんでいるのが見えて私は慌ててその後を追った。
カヤックを盗られまいと必死の思いで泳ぎ、ぷはっと水面に顔を出すと同時にカヤックに手をかけた。
辺りを見回すがさっきの人の姿はない。
警戒しながら素早くカヤックに乗り込み、そこでパドルが流されている事に気づいた。
目を皿のようにして探すがどこにも見つからない。
どうしよう……パドルがないと帰れない。もしかしてこのまま一人で海の上を漂うの?
そんな不安と恐怖が頭によぎったその時、自分の座るカヤックの右下を誰かがつつく感覚を覚えた。
そちらを見るとカヤックの右半分を覆う程のおびただしい量のワカメが不自然に浮いていた。
ワカメのせいで水面下の様子は見えないが正体は既に分かっている。
パドルが無ければここから逃げる事も叶わない。いっそ水に飛び込むか、腰を上げようとした時だ。
ワカメを乗せた頭が浮上しその青白い顔が露わになる。
藍鼠色の磨り硝子みたいな目に、小さな鼻と耳、そして色のない薄い唇。
ワカメの間から見えたその顔は思っていた『人間』とは違った。
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