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苦悩の二日間

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 酷い夢を見た。
 名も知らない生徒に犯されて、悦んで身体をくねらせている自分。
 最初は同じ制服を着た生徒だったのが、いつの間に香山を犯していた中年男性に変わり、そして気づけば。

「可愛いな、理玖」

 瀬川に覆い被されて、口付けられていた。揺すぶられて、はしたない声を上げながら抱きつく。

 目覚めは最悪だった。

「嘘だろ……」

 瀬川のことが好きなのだろうか?
 この学園に来て、初めての友達だ。同性に恋愛感情を抱くという発想になったことがないはずなのに、なんて夢を見てしまったのだろう。
 罪悪感が酷い。瀬川はこの学園の特待生に纏わるシステムを知らないはずだ。少なくとも一緒にいる時、そんな素振りを見せたことはない。

(俺が他の一般生の性欲処理をしていると知ったら……なんて思うんだろう)

 一般的な感覚として、それはおかしいことだと思う。まだ実際に誰かの処理をしたわけではないが、このまま決断せずに流されれば、間違いなく理玖も携わることになる。
 実際、久木との練習を通して、理玖の身体は明らかに変わった。今までであれば、後ろに異物を受け入れて感じることなんてなかった。そもそも考えもしなかった。精々同性同士の行為に後ろを使うという知識は辛うじてあったが、あくまでもそれは「自分とは関係のない」知識だった。
 機会が無かっただけで、自分は異性愛者だと思っていた。浅い交友関係しか築いてこなかったが、中学生男子の間でも何度か話題に登る気になる女子の話題には、違和感なく混じれたと思う。とは言え、忙しい毎日で恋愛なんて考える余裕がなかったので、無難に人気のある女子の名前を上げてその場を切り抜けていたが。

 後ろめたい気持ちを抱えながら、朝食のために一般生寮の学食を訪れた。
 端末を出して会計を済ませ、トレーを運び、空いた席に座ると、向かい側に見知った顔が現れた。

「おはよ、理玖」
「お、おはよう……裕樹」

 まともに顔が見れない。昨晩瀬川とセックスする夢を見てしまったせいだ。
 どことなく余所余所しい雰囲気の理玖に、「眠いのか?」と流した瀬川は、朝からハヤシライスを口に運んでいた。
 中学時代、陸上の短距離選手だったという瀬川は、同い年とは思えないくらいに体が出来上がっている。薄っぺらい理玖とは大違いだ。

「あ、あのさ……裕樹は、地元に帰りたいから学校辞めようかなって思ったりしない?」

 声を潜めて、周りの人には聞かれないように切り出してみた。

「もしかして、理玖やっぱりホームシック拗らせてる?」

 以前もホームシックだと思われていたことがあるので、瀬川はそれほど驚かなかった。
 理玖がこくりと頷けば、スプーンを皿に置いて真剣な顔になった。

「この前も眠れなかったみたいだもんな。顔色悪い」
「ごめん、心配かけた?」
「当たり前だろ?友達じゃん」

 やっぱり瀬川は優しい。彼と離れ離れになってしまうことは、酷く後ろ髪引かれるものだった。

「今は通信教育で高卒なんて取れる時代だから、無理に家を離れて全寮制の学校に入る必要はないと思う。でも、ここを卒業するのは、間違いなく将来的にプラスになるって聞いた」
「うん……うちは裕福じゃないから、二度とないチャンスだってわかってる」

 家族のことは大好きだし、助けになりたいと思っている。
 それでも、どうしようもないほどの格差という現実に、この学校に来て余計に直面してしまった。
 確かにここを卒業できれば、大学の学費まで工面してくれるなんて破格の待遇だ。理玖の家庭環境を考えると、奨学金を借りて大学に行くことも可能だが、それよりも家計を助けたくて働くことを選ぶだろう。
 でも、こんな……身売りのような行為、家族には口が裂けても言えない。口止めされているので、そもそも言えないが。
 家族に顔向けできない自分には、なりたくなかった。

「同じ特待生の先輩に、決めるなら明後日までって聞いたから……しっかり考えようと思う」
「……そっか、理玖の決断なら俺は止められないよな」
「裕樹と会えなくなるのは辛いから、もし俺が学校辞めても、連絡とってくれる?」
「当たり前だろ。友達だからな」

 先程と同じセリフを言う瀬川に、心が救われるような気がした。
 逃げ出すことへの罪悪感が、少し減ったような気がした。


 それから二日間、じっくり考えた。
 今晩は、七日目にあたる。今日の夕方までに香山先生に退学の意思を伝えなければ、久木曰く「貫通式」なる恐ろしい目に遭わされる。ここからは、もう引き返せない。自分が自分でなくなる。
 家族にも、電話した。辞めたいなんて一言も言わなかったのに、電話口の母は「もしも辛かったらいつでも帰ってきなさい」と言ってくれた。決心がついた。

「裕樹、俺決めたよ」

 授業を終えて、中庭のベンチで二人で座っていた。
 瀬川がくれたミネラルウォーターを喉に流し込むと、理玖は決意を口にした。

「学校、辞める」
「そっか。寂しくなるな」
「裕樹だったら、いくらでも友達たくさんできるよ」
「でも、そこに理玖はいないだろ?……なんてごめんな、未練がましくて」
「いや、逆の立場だったら俺も同じこと思うよ」

 折角できた友達が、一週間で学校を辞めてしまうのだ。止めるのは当然のことだろう。

「短い間だったけど、ありがとう。すごく楽しかった」
「何言ってんだよ、理玖。これからもよろしく、だろ?」

 場所は離れたとしても、親しくしてくれる。
 嬉しくて、差し出された手を握り返そうとして。

「あれ?」

 腕が上がらない。体に力が入らない。なんでだろう。
 だんだん視界がぼんやりしてきて、瞼が落ちてきた。
 座ったまま倒れ込みそうになった理玖の肩を、瀬川が引き寄せた。

「ごめんな」

 なんの謝罪だろう。
 その意味を考えることなく、理玖の意識はブラックアウトした。
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