それでは今から可愛い悪魔の話をします

モウキンルイ

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本編

始まり #4

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 優しい瞳の吸血鬼は、はっとして口を開いた。

「あなたは__」

 誰、って事だろうな。助けに来た旨を話そうと口を開いた、その時。

__ここだ、逃すな!
__糞、また犠牲者が
__はやく、銃を

 連中だ。人が死んだとか喚いている。オレは犠牲になってねえ。そして今までも、......まだこいつに確認してないけどたぶん誰も、こいつは殺していない。こんなきれいな瞳をしているこいつに、人を殺すことなどできない。遠くでこちらを発見して叫ぶ“humans”の奴らに向かって心の中で悪態つき、立ち上がろうとして、立ち上がれないことに気づいた。
 あれ、もしかして、貧血?見ると、吸血鬼もあちらを無気力な目で見据えていたが、再度オレの顔を見て、覆い被さってきた。
 オレにまた食らいつくのかと思った。しかしそれも束の間、身体がふわりと浮いたかと思うと抱え上げられ、人が集まってきた方とは別方向に、一目散に駆け出した。しなやかに、風に乗っている。人間には追いつけない速さ。どうして、と問う暇もないうちに、吸血鬼はあっという間に追っ手を撒き、走る、走る。
 風になる。とはこういうのを言うんだろうな。オレには到底できないこと。風にもなれるし、美しい吸血鬼という生き物。
 
 しばらく走ったのち、吸血鬼は立ち止まった。着いた場所は廃アパートのぐるりと囲んだ建物の間の中庭。家無しが大勢住み着きそうな割になぜか無人で、冷たく静まりかえっている。そこで地面に降ろされたオレは、とたんふらついて転びかけた。吸血鬼は何気ない動作で背中を支え立たせてくれると、眉を下げて心配そうな様子を見せた。
 吸血鬼は草に覆われた中庭を横切り、迷わず正面から建物に入っていく。ここがこいつの住む場所か。後をついて行くと、入ってすぐの壁際に__

__丸まって眠る、大きな犬がいた。

 びっくりして立ちすくんでしまう。だって余りにも唐突で...しかしどこか、この吸血鬼と似た気配がした。人間の喧騒を恐れ、寂れた所で一匹ずつ隠れ暮らしている。本当は強いくせに、堂々と生きられない。他に人が寄り付かない理由にはすぐに納得がいった。

「......そっと、しておいて」

 こちらもまた、唐突に喋るものだ。オレは無言で頷いて、とりあえず何の説明もせずに階段を上がっていく吸血鬼についていくことにした。
 壁が崩れ、部屋の境目もなくなっているアパートの一室。何の家具かも分からないがらくたが隅に積み上がっている。その中心に、かしいだ木のベッド。粗末な薄い布が掛けてあるが、今は......赤い、血が染み込んでいる。この吸血鬼のものだろう。数日前に負ってしまった傷は銃によるものだったのか。頑張って取り除いたらしき弾丸が転がっている。3発。

「痛かった、よな」

 やっと紡ぎ出した言葉がそれか。誰にでも言えるような、なんて薄っぺらい言葉。オレはそれほど、あまりにも惨いこの光景に、それ以外の言葉が思いつかなかった。ヒトでないものは、隠れて住まわなければならない。人間を傷つけず、人間に傷つけられてもやり返さず。やり返してしまえば途端にこちらだけが悪となり、恐れられ、虐げられ、そうして多数に殺される。

「俺の傷はもう、大丈夫。あなたが、......くれたから」

 血液を。...そうだ、こいつに血を飲ませたせいで、貧血なの、だった......。またもフラフラし出したオレに手を差し出す。
 やっぱり、冷たい。でも、手の温度とは真逆に心はきっと......。

「あなたには......助けられてしまいました。汚れてますけど、座って」

 吸血鬼は何か含みを持たせた言い方だったが、ふらふらして表情をよく見られないうちに、薄いマットレスの上に座らされる。そこでようやく落ち着いたオレは、当初の予定を思い出し、

「はぁーーー全く、本当はもっと穏便に済ます積もりだったんだよ?オレの血がぶがぶ飲みやがって。で?傷は治ったの」

 早口で捲し立てた。圧倒されたように吸血鬼はこくこくと頷く。吸血鬼にとって血液はそんなに回復力をもたらすものなのか。恐れ入る。

「まぁ逃げられたのはお前の走りのおかげだな。なんていうの?名前。オレはシアン」

「......シルフ」

「そっ。まぁそれじゃシルフ、オレの上司がお前を連れてこいってうるさいから」

「えっ、俺」

 当然戸惑い出す吸血鬼に、オレはなおも強引に促す。

「来いよ。ここにいても何も良くならないだろ?うちで家もお前の飯もどうにかするから。」

 そう言いながら先程、通り過ぎてきた大犬を思い出した。

「あの犬が独りになっちゃうな。連れて行くか?」

「もともと独りだったところに俺が来た。だから出て行っても変わらないと思う」

「そうか。なら行こうか。ってオレ、この場所どこなのかさっぱりだわ。お前が飛ばすからさ」

 シルフ。”sylph“は風の妖精。彼にぴったりな名じゃないか。



 そうしてこの後、シルフはポロロッカの店に住み着き、シアンと行動をともにする事となるのだが、それは別の話。

              始まり__fin.
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