それでは今から可愛い悪魔の話をします

モウキンルイ

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本編

ときには平和な話を

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 重く垂れこめた雲。どんよりした空気。それらを見慣れたこの街の住人にとって、今日のようなカラリとした青空は貴重だ。

「~♪」

 今日はとても気分が弾む。こんな日はたくさん洗濯をしよう。......って、ウキウキ鼻歌まじりに服を干す姿は、悪魔であるオレには全然似合わないけど。
 だけどこんな眩しい青空じゃ、あいつは外に出られないだろうな。部屋で寝ているであろう、相棒の吸血鬼を思う。外に出たって燃えやしないけど、日焼けに弱いし、眼が良いせいで眩しいんだそう。
 __シルフとこんな天気の日に出掛けられたら、なんて夢のまた夢だろうな。
 ま、まぁいいんだよ。たまにはこうして一人でも、ね!籠の中から次の洗濯物を取り出して、ハンガーに掛けて吊るしていく。風もそこまで強くないけど、いちおう洗濯ばさみで固定する。

「ふぅ。...あ、午前中に干したのもう乾いてる」

 朝いちばんに洗濯して干した分は、乾燥した暖かい空気のおかげで既に乾いていた。もう充分だと思えるものを降ろしていく。

「これ、シルフのだ」

 一枚のパーカー。隣に掛けてあるオレの、男性平均より小さめサイズの服と比べると、だいぶ大きめなのが分かる。袖も丈も、オレが着たら余ってぶかぶかだろうな。
 そうだ、こっそり着てやろう。今あいつ寝てるし、他に誰もいない。

「うわ、でかい」

 思った通り、手首よりだいぶ先、手の甲が全て隠れるくらいには袖が長い。全体的にダボダボで、「こういうファッションだ」と言い張っても無理があるくらい、オレには合っていない。
 そういえばあいつ自身、ピッチリしたサイズよりちょっとゆるいものを選んで着てるみたいだった。だったらオレが着てこうなるのも当たり前。それにしても、シルフの身長にしてさらに大きいサイズの服なんて、どこで見繕うんだろう。
 まだパーカーを着たまま、袖を太陽の光にかざす。眩しくてその手で顔を覆うと、ふわっ...と柔軟剤の香りが鼻腔をくすぐる。よく嗅ぐと、その匂いに混じって......

「シルフの匂い、かな」

 血の匂いがするかと思えばそんな事はない。ミントやシトラスに似た爽やかな香り。それを、あいつに近づいたとき、よく感じる。吸血鬼の匂いなのか、オレにはよく分からない。

 洗濯を終えて店内に戻ると、忌々しいことにシルフの兄、オルノがいた。シルフそっくりの顔だが、中身は全然違う。初めて会って以来、どうも苦手なのだ。
 というかさっきのオレ、見られてなかったよな。一瞬冷や汗が出たが、彼はどうやら来たばかりで、ずっと店の棚を見ていたと言うから、庭の物干し場には来ていないだろう。良かった。

「シルフ起こしてくれよ。アイス買ってきたんだけど」

 調子のいい軽薄な男のわりに、ちょいちょい気が利く。もうすぐ秋という季節だが、今日は暑いのだ。しかしこいつの行動は、いちいち裏がありそうで嫌だ。

「......なに。賄賂ワイロ?」

「そんな訳ないでしょ。君の分もあるからさ。いるんでしょ?うちの弟」

「......わかった。起きるか分からないけど」


 シルフは凄く眠そうだったが、なんとか起きてくれた。甘いものに釣られたんじゃないよな?
 オルノが持ってきたのは、最近近くの店で人気のある、棒付きフルーツアイスだった。箱の中で氷に囲まれた、色とりどりのガラスのような見た目がお洒落。お菓子選びのセンスの方も、不本意だが脱帽せざるを得ない。
 悩んだ末、オレは「青リンゴ」と棒に書かれた緑色のアイスにした。シルフは赤い「木苺」のアイス。オルノはピンク色の「桃」味。残りは冷凍庫に仕舞って、ロロや隣の医者にあげればいい。
 シャク......
 スッキリした甘味の強すぎない味がちょうどいい。歯でがりがり齧るとキーンとした。
 隣ではシルフが、甘みを堪能するように、噛まずに舐めていた。冷たさに頭が痛むのが苦手なのかも。
 ちろちろと舌がアイスを舐め取るのを眺めていると、溶けた部分がたら...と唇から顎へと垂れてきた。ただの苺味のアイスなのは分かっているが、赤い雫はシルフの顔を伝うと、自然に血液と見紛う。
 ゴク......
 なんだか無性に、アイスじゃなくてオレの血を舐めて欲しくなって、さらによく見てしまう。

「ん?こっちの味が良かったか?」

「いや、ううんなんでもない」

 バッと口の周りの赤い顔がこっちを向いたので、オレは慌ててごまかした。
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