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本編
チョコレートと銃痕
しおりを挟む*もしも、吸血鬼さんが消えてしまったら
*いわゆる死(を匂わせ)ネタみたいなの書いてみたかったので
⬛︎⬜︎⬛︎⬜︎
あいつはもう居なくなってしまったから、この家はなんだか酷くがらんとしていた。オレも魔女のロロもいて、来客もあるのにがらんとだなんておかしいけど。背が高い奴だったから、いないことが却って際立つのだろう。
もうあいつは入ってくることもない、あいつの部屋に一歩踏み込んで、それ以上動けなくなってしまった。ずるずると床にへたり込み、壁に背中を預ける。さっきまでの自分は糸の切れていないってだけの操り人形だったのかもしれない。そのまま、時計の音だけが聞こえていた。
あいつがよく好んで食べていた、チョコレートが誰かの手によって差し出された。要らないって。あいつが着ていた服が差し出された。洗濯が終わったからって、オレにはぶかぶか過ぎて着れないんだってば。俯いて膝を抱える。
次に気がつくと、夜だった。あいつの得意な、夜。朝は苦手だったからな。部屋の灯りはついていなかったが、カーテンが開けられ、月の光が差し込んでいた。あいつがよく座っていた椅子が照らし出されていた。誰もいない座面には、オレが要らないと突き返した服とチョコレートが置かれていた。
チョコレートは水っぽい薄い味で、何を食べているんだかよくわからなかった。なかなか食べ切らないから、手の中で溶けてどろどろになる。その手で服を触ったから、布地にチョコレートがついてしまった。胸元に黒々と、血が染みたような跡が残ってしまって、それを見てズキンと胸が痛んだ。目に映らないように、汚れごと胸に抱えた。
もう何日が経ったのかわからなくなった。立ちあがろうとしても、気づいたら身体に力が入らなかった。魔力が抜けていることに気がついた。いつもはあいつがすぐにくれていたから、動けなくなるまで気づけなかった。でももう魔力を貰うこともない。動くのは諦めて、目を閉じた。
ガタン バタ バタバタ
遠くで物音がした。何かすごい焦っているような、緊迫感があったけど、オレには関係ない。目を覚ましてしまったら、魔力がなくて息が苦しくなってしまうから、動かないままでいた。
部屋のドアが開いた。もう開かないと思っていたこの部屋、あいつの部屋のドアが開いた。ドアを開けた誰かは、オレの横まで来て、上がった息を整えていた。オレは恐る恐る目を開いた。長い脚が見えた。
「ただいま」
幽霊の声がした。急いで視線を上げると、幽霊の姿があった。にしては透けてもいないし、息を切らせている。いや、そうじゃない。願ってもみなかったこと。シルフは、この世から居なくなっていやしなかった。
でもそうなら、すぐに戻ってきてくれなかったのは、酷いじゃないか。膝を抱えるオレの横で必死に何かを言う吸血鬼に、オレは怒っていた。ごめん、起きてくれ、そんなことを繰り返しているけど、オレはぶんぶん首を振って拒絶した。眉間に力を入れていないと、目から何かが溢れて止まらなくなりそうだった。
急に、ひんやりした空気が身体を包み込んだ。シルフの顔が、すぐ近くにあった。もう何も言わず、黙って抱きしめられていた。手がシルフの腕に触れた。ぎゅっと掴むと、少し温度は低いのに、安心する。本人のものだとわかった。
声を上げて泣いたのはたぶん初めてだった。シルフがちゃんといて、嬉しいはずなのに、涙があとからあとから止まらなかった。オレが煩いほどにわんわん泣いていても、シルフは何も言わずに優しく背中をさすっていてくれた。
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