これは報われない恋だ。

朝陽天満

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301、現実は、酷く厳しい

 光の糸は、何事もなかったように、またさっきまでと同じ太さで同じ場所を漂ってた。

 地面には何もなかった。



「何もない……」

「ああ。はじき返しやがった」

「まあ、最初は失敗するのが普通だよね」



 ジャル・ガーさんの舌打ちに、落ち着き払った声でケインさんがうんうん頷いている。



『……失敗か。とりあえず一度消えたけれどまた現れた。少なくともそっちにはこれが行ってないよな』

「全くないです。光って弾けて終わりました」



 ヴィルさんにそう応えると、ヴィル鳥が首を傾げた。



「どうも出口がないっぽいな」

「うーん、なんか、ちょっと穴を開けてそこから出るようにすればいいのかな」



 ジャル・ガーさんとケインさんが揃って考え込む。

 何を言ってるのかさっぱりわからないけど、どういうことなんだろう。



「ちょっとここら辺弄ってみるか」

「多分ここで弄っても穴は出来ませんよジャル様」

「でもさっき繋がりそうだったのはここら辺だろ。だったらここら辺にちょっと力を込めて……」

「そんなことしたらせっかく繋がったところが千切れちゃうじゃないですか! そんなことしたら一生貰えませんよ、マックの故郷の酒が!」

「うお! そりゃやべえ」



 二人が喧々囂々方法を検討している間、俺はただただ突っ立ってることしかできなかった。

 それはヴィルさんも同じで、ただただ二人の会話を肩の上から拾ってるだけで、口を挟むこともできないようだった。

 問題はここにあるみたいだったから。



「マック。そんなところにいたって邪魔になるだけだから、こっちに来な。ひとつレシピを教えてやるから。簡単にできるもんだし、ちゃんと素材も持ってきたからそれを使わせてやるよ」



 どうしようか悩んでいると、ヒイロさんが酔っ払いの中から来い来いと手招きした。

 立ってても仕方ないし、新しいレシピを教えて貰えるし、とそっちに行くと、ヒイロさんが横に座るよう促した。

 上級調薬キットを出すように言われて目の前に空いているスペースにキットを出すと、ヒイロさんが自分の鞄から素材を出し始めた。



「今並べた順番でまぜていきな。素材の量もこのまま。全部一回分ずつあるからただ調薬していくだけの簡単なレシピだ。やってみな」

「はい。でもこれで何を作れるんですか?」



 素材はサッと見たところ、こっちでも普通に手に入れられる物だった。状態異常を緩和する草とか体調を整える系の草がほとんどだけど、これは何が作れるんだろう。ヒイロさんは俺の質問に作ればわかるとしか言わなかった。

 ジャル・ガーさんとケインさんは、あーでもないこーでもないと色々と話し合っており、何度かヴィル鳥に向かって「もう一回やってみてくれ」と指示を出していた。もうすでに魔法効果が解けたので光は見えなくなっていたけれど、何もない空間は何もないままだったから、まだ失敗してるんだろうなあ。

 そして俺はと言うと、素材を磨ってヒイロさんが置いた順番にグツグツしていた。

 緑色の液体がキットの中で沸騰している。しばらくその状態でグルグルしていると、パアッと色が薄い水色に変わった。よし、出来上がり。 

 ヒイロさんが用意した空き瓶にそれを濾しながら詰めて行き、キット内が空になったところで一つ鑑定してみる。

 その内容は。



泥酔解除薬ドランクポーション:ランクC 薬や酒で意識が混濁した者から薬気、酒気を抜くポーション。身体的に薬を服用しなければいけない者に使うと身体に必要な薬気も抜けてしまうので使うときには注意が必要』



「師匠……酔っ払い対策の薬を俺に作らせましたね……」

「新しいレシピが手に入るんだからこれくらいいいじゃねえか。お疲れさん。腕が上がったな!」



 明らかにわざとらしい誉め言葉に、俺の肩はがっくりと下がった。

 一回の調薬で出来た5本の瓶を、ヒイロさんは一本残してカバンにしまった。そして、出したままだった一本を、明らかに飲みすぎてる馬の獣人さんの口に有無を言わさず流し入れる。

 さっきから頭をぐらぐらさせてたその馬の獣人さんは、ヒイロさんより二回りくらい大きくて、しかもヒイロさんの隣に座ってたから、もし潰れたらヒイロさんが物理的に潰されることにもなりかねなかったから。それを何とかしたかったんだろうなあとは思う。

 薬を流し入れられていた馬の獣人さんは少しすると、ぼんやりと濁っていた瞳に生気を宿し始めて、正気に戻ったみたいだった。黒くて短い毛で覆われてるから顔が赤くなってるかどうかは俺には判断できなかったけど、さっきとは明らかに違うしっかりした視線に、効果は抜群なんだなあと感心した。ヒイロさんの頭の中のレシピってすごいことになってそう。活用してるのかどうかはわからないけど。

 「ほどほどにな」なんて注意してるヒイロさんに、馬の獣人さんは「すまない」と頭を下げた。



「いっそのこと横側に穴を開けちまったらどうですかね」

「それをその都度やるのか? タイミングが合わねえと帰っちまうぞ」

「固定化したらいいんじゃないかな。ああ、でも固定化すると何がなくても直通になっちまうか……さすがに出口には出来ても、出入り口にしちまうとここに立った奴らが自動で向こうに行っちまうかもしれねえし」

「そりゃやべえな……。ところでマックの所は俺らみたいな種族はいるのか?」



 いきなり声を掛けられて、振り返る。ヴィルさんのログが流れて来たけれど、それを答えるまでもなく俺は「人族しかいないです」と答えると、ジャル・ガーさんは首をひねった。



「その割には偽物の身体を俺ら獣人みたいにしてる奴とかもいるし、不審な物を見るような目つきじゃねえんだよなあ……?」



 それは、ADOが始まって以来ずっとプレイヤーを見てきたジャル・ガーさんならではの疑問だった。



『こちらには色々な神話や逸話、物語や言伝えが沢山残っているからな。妖怪やエジプト神話なんかでは獣の姿をした神の使いなど普通に一般人ですら知っているから身近なんだ。それに、憧れや単純な好意なんかもあるだろうし』



 ヴィルさんの言葉を訳すと、ジャル・ガーさんはそんなもんなのか、と半分くらいだけ納得した様な微妙な顔をした。多分異邦人としてこっちに来ている俺たちの世界の人は、ADOの世界では獣人を迫害とかはしないんじゃないかな、と思いたい。でもそれはADOの世界の中でだけ、という注釈はつくけど。

 ケインさんもヴィルさんの言葉にはー、なんて感心した声を上げていた。



「なんつーか、こっちとは違うんだなあ……でも神話や言伝えで知ってる程度だとしたら、逆に俺ら獣人がお前らの世界に流れちまったらどうなるんだ?」



 ケインさんの質問に、俺は少しだけ視線を逸らした。ヴィルさんも答えを少しだけ躊躇った後、残酷な答えをそれでもしっかりと返していた。



『迫害を受けていた君たちには酷なことを言うかもしれないが、こちらにもし獣人が現れたら、すぐ射殺されるか、捕まって見世物になるか、実験材料になるか、とにかく自由に外を歩くことは無理だ。先程言ったことは、皆がその世界にいるからこそ適応されるってことだ。本当に申し訳ないが、それが現実だ』



 ヴィルさんの言葉を伝えるのは辛い。でも、真実だった。俺もケインさんの言葉で想像したら、獣人が幸せに暮らしました、なんてのは全く想像できなかった。

 迫害、こっちよりもさらに受けるよきっと。異物として排除されるよきっと。

 奥歯を噛み締めて、それからはぁ、と息を吐いてから、ヴィルさんのログを伝える。

 すると、今まで陽気に酒を飲んでいた獣人たちまでがざわっとなった。



「……ごめんなさい。でも、ヴィルさんの言ってることは、本当で。あっちにはそもそも人族以外の種族がいないから普通に暮らすのは、無理……」

「はぁ……どこの世界でもやっぱり人族ってのは同じなのかよ」



 さっきまで大笑いしていた獣人の一人がそう吐き捨てた。胸が痛い。でも、本当の事だった。

 今こっちで必死に獣人迫害禁止運動をしてくれている異邦人たちも、それが出来るのはきっとここがADOというゲームの中の事だと思ってるからで。実際にログアウトして街を歩いていたら獣人がいた、なんてなったらそれだけで国の規模の大騒ぎになりそうだった。

 俯くと、ぽん、とヒイロさんの手が頭の上に乗った。



「こっちに来るのはマックの偽物じゃないんだろ。心の中は本人なんだろ。ってことはだ。今ユイルを可愛がってる奴らも本質は俺らに好意的ってことだ。圧倒的多数の中に一人だけ異分子が入るのは、多分俺らでも怖い。ヴィデロとマックを連れて来たのがオラン様とジャル様じゃなかったら、俺らだって同じことをするよ。怖いからな。でも、それは嫌いだから、目下に見てるからじゃねえ。恐怖っていう本能からの行為だ。ってことはだ。当たり前の事であって、前に俺らを迫害してた人族のとは意味が違う。だからそんな顔すんなよ。俺はマックが好きだよ。面白いし、何でも一生懸命するし、好奇心旺盛だし、素直だしな。それでいいだろ」

「師匠……」



 頭に乗った手がとても暖かい気がして目が潤む。



「ってことはだ。やっぱり一方通行にして固定化するのが一番ってことか。出入りは無理っぽいなあ。悪いな、ヴィデロの兄ちゃん。もしあんたがこの道を通れるようになってこっちに来たら、帰れねえってことだ」

『それは残念だ。でも肝心の母親はこっちに帰って来たし、もしそちらからハイポーションなんかがこっちに流れてきたら、医学及び医薬品関連のあらゆるものがすっかり崩壊してしまうから、それがいいのかもしれない。思ったようにしてみてくれ。俺だけでは何年かかっても飲み切れない酒を周りが盛り上がって集めて来てしまったんだ。これはぜひそちらにプレゼントしたい』



 じんわりしている間にも、話は進む。ヴィルさんの言葉を伝えないといけない俺は、落ち込んでる暇もなく通訳をした。

 突然背中を誰かが軽くトン、と叩く。振り向くと、さっき同じだと吐き捨てた獣人さんが「悪かった」と一言呟いた。その後、連鎖するように周りのガタイの大きな獣人たちが次々俺の肩とか背中とか頭を軽く小突いていく。



「マックは迫害しないだろ。俺らはそれを知ってるから、そんな顔すんなよ」

「……はい」



 獣人さんたちの優しさが身に染みる。

 小突かれてくしゃくしゃになった髪も乱れた服もそのままに、俺は今度は嬉しさに熱い物がこみ上げていた。我慢したけどね。

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