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連載
647、飲み直し
しおりを挟む「フレンド登録してくれないか」
さっき現状を教えてくれた人が、俺に声を掛けてきた。
もちろん否やはない。
フレンド登録が終わると、その人、レインさんは俺の手を取って「本当にありがとう。大事な仲間をなくしてしまうところだった」と涙目になった。
「高橋も、ありがとう。お前が機転を利かせてくれたおかげで助かった」
「いや、そんなのは当たり前だろ。俺はただマックを呼んだだけだから礼には及ばないよ」
「でも、それがなかったら……後で礼は必ずする」
「辻ヒールみたいなものだから気にしないでください」
ああいうときは助け合いだよね、と雄太と顔を合わせて頷くと、レインさんは顔をくしゃっとした。
そこへ、ヴィデロさんが声を掛けた。真剣な顔で。
「あの人の気持ちを、たくさん考えてくれ。出来れば、双方納得のいく形でこれから進んでいくことを、俺は願っている」
「あんた……」
ヴィデロさんの握りしめられた拳に、レインさんは顔を引き締めて頷いた。
難しいんだろうなあ、と思う。俺も胸が痛い。俺たちの場合は、俺が押し切ってヴィデロさんが渋々納得したような形で終わっちゃってるから余計に。だからと言って行くなって言われても俺は魔大陸に行くだろうし、行かなきゃいけないし、でもヴィデロさんは絶対に行けないし。難しい。
「ま、魔大陸なんて今は日帰りの場所だからさ。さっさと指名依頼をこなして帰って来るってのもアリだぜ」
重くなった雰囲気を和らげるかの様に、雄太がことさら軽くそんなことを言う。
そこにユイも便乗してきた。
「そうだね。だって魔法陣で移動だもんね。一瞬だよ。魔物10匹倒せとかだったら一時間くらいで帰って来れるし」
さすがに魔大陸に行ったやつらの意見は違う、と周りから雄太たちに称賛の声が飛ぶ。魔大陸一瞬説すげえなんて声まで聞こえてきて、なんだか雰囲気が和らいだ気がした。ムードメーカーってこういうやつらのことを言うんだよなあ。
それにしてもユイ、魔大陸の魔物10匹を1時間……いやいや、ユイなら20分くらいで行ける気がする。瞬殺してたし。あっちの大陸は魔法を使う人にとってかなりブーストかかるし。
ヴィデロさんも肩の力が抜けたのか、フッと笑顔を見せた。
そうだよ。魔大陸は日帰りなんだよ。まだ本格的に魔王を退治って話になってないからね。一人で挑んでいくような人は今の所いないし、拠点になる村も一つしかないから。……そのうち増やす計画とか立ててたりして。
トレに帰って来ると、家に帰る予定だったクラッシュは変更してまたしてもヴィデロさんと飲み始めた。
俺がつまみを用意していると、「それにしても」とクラッシュがため息とともに零した。
「実際この世界は壊れかけてるわけじゃん。それをさ、ここで生きてる俺たちじゃなくて、異邦人たちの方が何とかするっていうのは、なんか悔しいよね。ほんとは母さんたちが止めたはずだったのに」
「……そうだな。何も出来ないのはすごく、悔しい」
「俺の母さんも、ヴィデロの母さんもさ、色々やってるのに、俺、あっちで異邦人の手助けすることしかできないのかなあ」
「クラッシュは自分の手で魔王を倒したいのか?」
「そうかもしれない。セイジさんの手助けをして、サラさんを助け出したいし、母さんとアルさんのサポートをしたい。結果、皆が同じように助かるってことは、魔王をブッ倒すってことじゃん。異邦人だけで魔王を倒しちゃうのはなんか、俺、何も出来てないみたいでさ」
無言でクラッシュの言葉を聞いていると、ヴィデロさんがクラッシュにデコピンをした。結構思いっきりいったらしく、クラッシュが「いたっ!」と涙目になっていた。
「出来てるだろ。最終的には魔王をブッ倒せばいいだけじゃないか。手助けでも全然違う。お前は頑張ってるよ」
「ヴィデロ……」
おでこをさすりながら、クラッシュが感極まったようにヴィデロさんの名前を呼んだ。
「何より、マックを守ってやるって、言ってくれただろ。あれだけで、少なくとも俺は救われた。本当は俺がマックを最後まで守りたいから」
「……頑張るよ。マックが暴走しないように頑張る。ヴィデロの分もマックを支えるよ。ほんとは、ほんとはね……これを言ったら、ダメなのは知ってるけど」
クラッシュは躊躇う様に言葉を止めて、ヴィデロさんをちらりと見た。
「ここだけの話にしておけばいいさ」
くすっと笑ったヴィデロさんに背中を押されたのか、クラッシュは視線をグラスに落として、ぽつりと呟いた。
「ヴィデロが横で一緒にマックを守りながら魔王を倒すのが、俺の理想……ヴィデロ、誰より強いじゃん。アルさんに認められるくらいに強いじゃん。だから、たとえ他の人がいても、ヴィデロがいないのはちょっとだけ不安、かも」
消え入る様な声を出したクラッシュは、でもその次の瞬間にはパッと顔を上げてニッと笑った。
「でもその代わりヴィルがいるから寂しくはないかな。同じ顔だし」
「顔だけな。あいつの方が……知識は豊富だから、上手く皆を誘導していけると思う。でも」
「うん……?」
「俺は」
ヴィデロさんはその後の言葉を止めた。そしてグラスの中の酒を一気飲みして、もう一杯自らグラスに酒を並々と注いだ。
それも一気に飲む。そして、空になったグラスを見つめるようにして、「……から」と、隣に座っていても聞こえないくらいの声で何かを呟いた。兎耳フードのローブを着てたら聞こえてたのかな。
次の日、昨日フレンド登録したレインさんからチャットが届いていた。
その内容は。
『昨日はありがとう。君がいてくれなかったら俺たちは大切な仲間を一人失うところだった。
いつでも一緒に壁の向こうで魔物狩りをしてレベル上げをしていたせいか、軽く考えてた。浅はかだったよ。
そんな中の門番さんの言葉が、とても心に響いた。そして、昨日の助言、とても助かった。
皆でパーティーを組んだ頃の様にギルドの修練所で手合わせをしたけれど、あれがなかったらどこかを破壊していたかもしれないと、あいつが言っていた。
門番さんの実感がこもった言葉に、君たちも同じ道を通って来たんだということがわかった。
本当は明かしちゃいけないんだろうが、俺たちの緊急依頼の内容は、魔大陸に行って魔大陸の薬草を規定数納品しろという、魔物退治とはまた違った依頼だったんだ。
主力が向こうに行けないからという考慮かもしれない。
昨日の夜、手合わせの後話し合った内容は、あいつを治してくれた君にだけは教えたいと思う。
一緒に獣人の村までは行って、そこであいつは獣人たち相手に修行をすることになった。
俺たちだけが強くなるのはずるい、と笑っていたけれど、本心は全然違うと思う。
あいつはきっと、門番さんと同じくらい重い気持ちを呑み込んでそう言ってくれたんだと思うと、依頼を無下にすることもできないから、さっさと行ってさっさと薬草を納品することにしたよ。
ここまで決心できたのは、君と門番さんのお陰だ。
ありがとう』
こんなことを昨日フレンドになったばっかりの俺に報告していいのかな、なんて思いながらも、文字を追っていて鼻がツンとした。
相手のために諦めるとか、離れるとか、そういう選択もあったのに。でも俺が選べなかったみたいに、あの人たちにもそれを選ぶことはできなかったんだろうな、とこのチャットを読んでいてよくわかった。
仕事に行く用意をしているヴィデロさんをちらりと見ながら、ちょっと鼻をすする。
すると、ヴィデロさんが振り返って、怪訝な顔をしながら近寄って来た。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
俺の身体をギュッとしながら心配そうに聞いてくるヴィデロさんに首を振って見せる。
ついでにヴィデロさんの身体に腕を回して堪能してから、残っていた文に目を向けた。
『最上級のお礼がどういうのがいいか高橋に助言を貰ったので、壁の向こうで狩った魔物の素材を感謝の気持ちを込めて贈るから、あとでギルドから受け取ってくれると嬉しい。門番さんにもよろしく頼む』
最後の一文にフッと顔が綻んで、俺は笑顔でヴィデロさんを見上げた。
「昨日のあのレインさんからお礼メッセージが届いててさ。ヴィデロさんのお陰で落ち着いたって。よろしくって言ってたよ」
「そうか、落ち着いたのか。よかった……さすがに、マックがしてくれた発散方法を教えるわけにはいかなかったけどな」
「あの時はヴィデロさんがいつもよりワイルドで滅茶苦茶かっこよかったよ」
「言うなよ……自分で律せなくてちょっと後悔したんだから」
照れたような顔をしたヴィデロさんに、俺はぐりぐりと頭をくっつけた。
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