呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第1章 呪縛

遭遇と勘違い

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時は夕暮れ、そろそろ歩き疲れてきたころだ。
二人は帰路を歩き、テモックが駐留する牧舎へ向かっていた。

貴族街の外れにある衛兵の詰め所に差しかかったころ、ペートルスはふと足を止める。

「そうだ。ちょっと詰め所に用があるから、ここらへんで待っててくれる?」

「あ、はい。わかりました」

ペートルスが詰め所に近寄ると、守衛が敬礼して彼を迎え入れた。
顔パスで中に入っているところを見るに、彼の権力がうかがえる。
手持ち無沙汰になったエレオノーラは詰め所の前をフラフラと歩く。

「つ、疲れた……ちょっと座りたいんだけど。どっかに座れる場所ないんか?」

今日はとにかく歩いた。
普段から鍛えていそうなペートルスはともかく、もやし足のエレオノーラからすればかなりの疲労だ。
定期的にペートルスが疲れていないか心配してくれたものの、彼女は『大丈夫です』の一点張りで遠慮してきた。
……が、実際はめちゃくちゃ疲れている。

しかし座れるような場所は見当たらない。
着慣れないドレスとヒールのせいでこのザマだ。

「うーん……足腰弱者に対する配慮がなってねえなこの街は。世界最大の都市なら十五歩ごとにベンチを用意しておけよ。もういいや、ここら辺で屈んで……」

文句を垂れながら屈みこもうとする。
瞬間、彼女の体がぐいと後方に引っ張られた。

「うおっ!?」

腕の裾を引かれて迷い込んだ先は路地裏。
ちょうど詰め所から死角になっており、彼女が引き込まれた光景を見た者はいない。
何事かと視線を上げると……エレオノーラの視界には見覚えのある顔が。
暗がりの中、徐々にはっきりと模られる輪郭。
巻かれた紫紺の髪と派手なドレス。

「ヘルミーネ……?」

「お姉様がこんなところにいるなんて。ずーっと見てたわよ、ペートルス様と歩いてるところ」

思わぬ人物との遭遇にエレオノーラの気が動転する。
ずっと見られていた。
その事実にエレオノーラの背筋は凍りつく。
もしや……自分を殺す機会をうかがっていたのでは?

「なんでお姉様を見ても恐怖心が湧いてこないの? 呪いはどうしたの? どうしてペートルス様と一緒にいるの? 答えなさいよ」

雨のように降り注ぐ高圧的な詰問。
自分を暗殺しようとした犯人の最有力候補が目の前に。
そんな状況下で冷静に質問に答えられるほど、エレオノーラのメンタルは強くない。

「あ、あ、あ、あ、」

「何? 早く答えて!」

「あ、わたっ、わたしを……簡単に殺せると、思うなよ!」

「…………は?」

エレオノーラは半ば狂乱に陥ってヘルミーネを振り解く。
いつから尾行されていたのかは不明だが、妹は明らかにエレオノーラが一人になる機会を見計らっていた。
ならば考え得る可能性はひとつ。
彼女は……ここで再びエレオノーラの暗殺を試みる気だ。

「私がお姉様を殺す? なんでそんなことしなくちゃいけないのよ。私が聞いてるのは、お姉様がペートルス様と一緒にいる理由っ! ねえ、どういう関係なの? ずいぶん親しそうにしてたけど、まさか婚約者なの!?」

「こ、婚約者……!? そ、そ、そんなわけないでしょ? 変な誤解すんなよ、間違っても社交界にそんな情報流すなよ……!?」

「令嬢と令息が二人きりで歩いて、いろんなお店回って。そんなの恋仲以外に考えられないでしょう? 婚約者じゃないのなら、愛人なのね?」

勘違いと勘違いが交錯して、互いに緊迫がさらに高まっていく。
いつ殺されるかと怯えるエレオノーラは及び腰で、そんな彼女にヘルミーネはさらに迫る。

「ねえ、お姉様。ペートルス様の愛人枠、私と交換してくれない? あんたなんかよりも、私の方が美しくてかわいいしお似合いよ。ランドルフ様はやっぱり返してあげるからさ」

「は!? ランドルフとか無料でもいらねーよ! つーかわたしの方がかわいいし?」

「あ、あんたね……! 小さいころはそんなんじゃなかったのに……ずいぶん気持ち悪い性格になったものね?」

誰のせいでこんな性格になったと思ってるんだか。
ツッコミを抑えつつ、エレオノーラはこの場から切り抜ける方法を思案した。
まずはヘルミーネから殺されないように気をつけつつ、誤解を解かなくてはならない。
ヘルミーネが誤解して変な噂を流布した場合、ペートルスに迷惑がかかってしまう。
お世話になっている彼の名誉を傷つけるわけにはいかないのだ。

「まず、言っとくけどな? わたしはペートルス様の愛人なんかじゃねえし、恋仲でもない。ここまでわかったか?」

「じゃあ、どうしてあの方とデートしてるの?」

「え、えっと……それはよくわかんない。ペートルス様が一緒にお出かけしようって言うから」

「じゃあ愛人じゃない? もう抱かれたの!?」

「違うって言ってんだろこのうんでれがん。テメエの頭は性欲だけかよ」

どうしてこの馬鹿義妹には話が通じないのか。
いっそペートルスを頼って誤解を解いてもらった方がいいのでは?
そう思い、エレオノーラは踵を返して詰め所の方へ向かおうとした。
しかしヘルミーネが回り込むように前へ立つ。

「待ちなさいよ。まだ話は終わってないわ。ペートルス様を私に譲るって返答をもらってない」

「…………」

「ねえ、どうして黙ってるのよ!」

「牛に対して琴を弾ず。沼に杭。ヘルミーネに陳弁」

「……?」

「馬鹿に何を言っても意味がないってこと」

「っ!」

瞬間、ヘルミーネの表情が歪む。
怒りと憎しみ、そして嫉妬の混濁。
歯に衣着せぬエレオノーラの物言いは、短慮な彼女を激昂させるには充分だった。

「この、あんたなんかが生意気な! あんたみたいな化け物、ペートルス様に近寄っちゃいけないのよッ!」

駆け抜けた突風。
怒りに身を任せたヘルミーネの魔術が飛来した。
自らに迫る風の刃を、エレオノーラは屈んで躱す。

「あっぶな」

後先考えず怒りに任せるのはヘルミーネの悪癖。
そういえば屋敷でも同じようなことがあった。

「あんたなんか! あんたなんか私の言うことを聞いてればいいの!」

「うぃ、うぃ」

次々と飛んでくる風刃を躱し、時に魔力で弾き。
エレオノーラはどうしたものかと困惑していた。
一応ヘルミーネも貴族だけあって魔力が多いので、魔力切れを待つのもめんどくさい。
しかしエレオノーラは魔術が使えないので反撃もできないし……とにかく受け身になるしかない。

「あの」

「早く言って! あの方を私に譲るって!」

ヘルミーネはさらに追撃をしかけるべく右手を振り上げる。
しかし、彼女の手は空中でぴたりと停止した。

背後から現れた美丈夫……ペートルス・ウィガナックがその手を抑えていたのだ。

「そこら辺にしてくれるかな、レディ・ヘルミーネ? ほら、あまり魔術を飛ばすと舗装された道路が傷つくだろう? 貴族街の道路、すごく舗装にお金がかかってるんだ」

「わたしの心配じゃなくて道路の心配ですか、ペートルス様……」
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