呪われ姫の絶唱

朝露ココア

文字の大きさ
69 / 216
第5章 留学生

本選び

しおりを挟む
「……ふむ」

私室で領地経営の書類をまとめていたペートルス。
彼はおもむろに立ち上がり、壁に立てかけられているレイピアを腰に下げた。
部屋の外に出ると、見張りをしていた従者のイニゴが目を丸くしてペートルスを見る。

「ありゃ? ペートルス様、お出かけですかい?」

「どうやら学園にネズミが入り込んだらしい。『凶鳥』から報せがあった」

主人の言葉を聞いた瞬間、イニゴの表情が強張る。
相当な急事なのだが、ペートルスの表情はいつもと変わらない。

「お供しますか?」

「いや。君は被害者の救出を。ネズミの目的は不明だが、すでに一部の生徒に被害が出ているようだ。『凶鳥』と連絡を取りながら動いてくれ」

「……承知しました。ペートルス様は?」

「僕は……うん、この状況を楽しむよ」

相変わらず自由気ままな主だ。
しかしイニゴはペートルスに何よりも信を置いている。
ゆえに主の判断を疑うことなく、命令の実行に移った。

 ◇◇◇◇

「しかし、驚いたわ。ノーラがあんなに文学に詳しいだなんて」

「あ、あはは……文学というか、一部の作家のオタクなだけというか。あんなに語っちゃって恥ずかしいよ……」

ノーラとバレンシアは図書館に訪れていた。
文学の講義の夏休みの課題は二つ。
教師が提示した課題図書と、自由に選ぶ課題図書。
自由課題は読んだ上で読書感想文を書け……というものだった。

バレンシアはどの本を読めばいいかわからないので、ノーラに教えてほしいと頼んできた。
ノーラもいかんせん感性が古臭いので、おすすめできる自信はあまりないが。

「それにしても、ニルフック学園の図書館ってすごく大きいわね。わたくしは今までに足を運んだことがなかったけれど……迷いそうだわ」

「わたしは頻繁に来てるよ。一人で来ても安心できる場所だし……」

図書館はぼっちの味方だ。
最近は友人も増えてきたが、入学したてのころは毎日のように入り浸っていた。

「そういえばノーラは知ってる? この図書館、学園長しか入れない秘密の地下室があるとか」

「あ、なんか聞いたことある。学園の不思議のひとつだよね」

「まあ建物の設計上、地下室なんてあるわけがないのよね。くだらない噂だわ」

ニルフック学園には変な噂がある。
学園長が秘密の地下室を持っているとか、剣術サロンは怪しいカルトだとか、平民寮に金貨をばらまく謎のスカーフ男がいるとか。
学園にそういった不思議な噂はつきものだろう。

「それじゃ、ノーラのおすすめの本を教えてちょうだい」

「うん。他の講義の課題もあるから……あんまり負担にならないような本がいいよね。長すぎず、重すぎず、感想を書きやすそうな作品かぁ……」

自分の記憶の引き出しを探り、バレンシアに勧めるべき本を考える。
バレンシアの趣味から考察しよう。

「バレンシアの趣味は服飾とガーデニング、あとは運動とか? そこら辺に関連がありそうな本にしようか」

「ええ。でも、わたくしの趣味と関係のないジャンルでもいいのよ。新たな知見を得ることも大切だから」

「模範的な優等生の回答だ……」

書棚の前を歩き回る。
古今東西、あらゆる文化の蔵書を誇る大図書館。
世界最大国家のグラン帝国だからこそ成し得る質の高さだ。
広大な図書館をめぐり、やがて二人はとある書棚の前で立ち止まった。

ノーラは三冊の本を選び取り、バレンシアの前に提示する。

「候補としてはこの三つかな。
 『人形遣いの幕引き』
 『魔炎の魔女と蟲毒の魔人』
 『銀魔王の憂鬱』」

「ふむふむ……あら、一作目は聞き覚えがあるわ。読んだことはないけれど、有名なのよね」

「うん。『人形遣いの幕引き』は戯曲のテーマにもなってる、恋愛ファンタジーだよ。『魔炎の魔女と蟲毒の魔人』は千年前のグラン帝国を題材にした……めっちゃ暗くてグロい物語。で、『銀魔王の憂鬱』は……最近だと『王国から追放された新米神官ですが、最強の銀魔王様に溺愛されて困ってます』っていう名前でリメイクされてる。内容そんなに変わらないし、それを読んで読書感想文を書いてもいいかもね」

「い、いえ……さすがに本家を読みたいわね。どれにしようかしら」

比較的読みやすく、文字数の少ない本を選んだ。
バレンシアのお眼鏡にかなう作品があるといいのだが……。

「よし、全部読むわ」

「ええっ、全部!? さ、さすがに大変じゃね?」

「それぞれのテーマを見ていると、意外と面白そうだもの。別に活字が嫌いなわけじゃないし、本を読む時間くらいはあるわ。教養も深まるしいいじゃない」

「まあ、バレンシアがいいって言うなら……」

いずれも名作なので読んで損はないだろう。
バレンシアが興味を持ってくれたのは嬉しい。
これで彼女との話題がまたひとつ増えた。

ノーラがニマニマしていると、不意に書棚の陰から男が現れた。
彼……ランドルフ・テュルワは真剣に書棚を睨みながら歩いているようだ。
おそらく課題読書を見繕っているのだろう。

(げっ……逃げよ)

ノーラは早々に退散しようとした。
……が、二人の関係性を知らないバレンシアは気さくに声をかけてしまう。

「あら、留学生のネドログ伯爵令息ではありませんか。あなたも課題読書を探しに?」

「おや……同じ学級の方でしたね。たしかバレンシア嬢といいましたか。課題読書を探しているのですが……いかんせんどの本を選べば良いかわからず、難儀していたところです。あまり読書をした経験がありませんので」

ランドルフはお恥ずかしい限りです、と言いながら笑った。
ノーラは彼の言動に一抹の違和を感じる。

「でしたら、ノーラの知見を頼ってはいかがでしょう? さっきの授業でも聞いたように、彼女は文学に詳しいのですわ。かくいうわたくしも、ノーラに本を選んでもらいましたの」

「ほう……ならば、俺にも選んでいただこうかな。ピルット嬢、よろしいか?」

まるで面識がないように。
いや、過去をなかったことにして接するようにお願いしたのはノーラなのだが。
ちゃんと言いつけは守ってくれているらしい。

「は、はい。ええと、ラン……こほん。ネドログ伯爵令息は、どういったジャンルがお好みで?」

こうなってしまっては仕方ない。
バレンシアに余計な関係を気取られぬためにも、ここは穏当にいこう。
適当に本を見繕って切り抜けるのだ。
……というかランドルフは結構な読書家だったので、ノーラが選ぶ必要もなさそうだが。

「俺は……騎士の家系なので、騎士道物語とか英雄譚とか。勧善懲悪といったジャンルが好みでしょうか」

「は、はぁ……そうですか。じゃあ……そうだな。この『クレースの英雄譚』とか『青霧騎士』、『永らえる黒鳶と神の定める悪について』とか。ここらへんから選んだらいいんじゃないすかね」

「さすがノーラ。一瞬でおすすめの本を選べるのね。司書の才能あるんじゃない?」

「……」

ランドルフは提示された三冊をざっと眺めた。
そしてノーラは彼の様子をつぶさに観察している。

「英雄譚は好きだから『クレースの英雄譚』にするか……いや、この『青霧騎士』とかいうのも気になるな。しかし最後の本のタイトルが非常に気になる。よし、この『永らえる黒鳶と神の定める悪について』という本を読んでみよう」

「……そうですか。おもしろいですよ」

「ありがとうございます、ピルット嬢。おかげで有意義な夏休みが過ごせそうです」

「いえいえ、お役に立てたなら何よりです。それでは、わたしたちはこれで。行こう、バレンシア」

「えぇ……そんなに急がなくてもいいじゃない。ではネドログ伯爵令息、ごきげんよう」

バレンシアが優雅にカーテシーする。
ノーラは彼女の手を引いて、ランドルフから早めに離れようとしていた。
この男とはあまり一緒にいたくない。

しかしノーラの忌避を知ってか知らずか。
ランドルフは二人に尋ねた。

「そうだ、お二人に礼をさせてください。最近、外国産の貴重な茶葉を手に入れたのです。親睦を深めるという意味でも、よければお茶でもしませんか?」

くいくいくい。
ノーラは必死にバレンシアの袖を引いた。
やめておけ、やめてくれと。

何を考えているのだ、この男は。
やっぱりおかしい。
関わるなと言っているのに。

バレンシアも友人の異変を感じ取ったのだろう。
ノーラは不慣れな他人に対して萎縮するきらいがあるが、ここまで露骨に忌避しているのは初めてだ。

「いえ……お誘いは嬉しいのですが。わたくしたち、この後予定がありまして。また後日ということでも?」

「おや、そうでしたか。構いませんよ。また今度、お礼をさせてください」

ランドルフは優雅に笑みを浮かべ、二人の背を見送った。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ

蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。 とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。 どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。 など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。 そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか? 毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

処理中です...