115 / 216
第7章 文化祭
約束
しおりを挟む
文化祭の成功祝い……ということで。
ノーラは食堂の三階に招かれていた。
他にも演劇の出演者や、裏方で協力してくれた生徒も招かれている。
「それでは……演劇の成功を祝って、乾杯」
デニスがグラスを掲げると、他の面々もグラスを掲げる。
今年の文化祭はフィナーレのおかげでかつてない盛り上がりを見せた。
その熱気にあてられ、生徒たちも浮かれているようだ。
あの怪物がアクシデントであったことを知るのは、演劇に関わっていた生徒のみ。
生徒会の意向で、事件は劇の演出という体で通されることになった。
「今回は思わぬアクシデントもありましたが……誰にも被害が出ずに済みました。きっと神が見守っていてくださったのでしょう」
「何をおっしゃいますか殿下。危難を乗り越えられたのは、殿下の勇気があってこそ。舞台で怪物の気を惹き、華麗に舞った御姿……見事でした」
謙遜するデニスに、セリノが称賛を浴びせる。
他の生徒も同意するようにうなずいた。
デニスの雄姿は何代も先まで語り継がれるだろう。
ガスパルがワイングラスを揺らしながら笑う。
「エンカルナ嬢が病気で倒れたときはどうなるかと思ったけれど……ふふっ。ベストな代役が見つかって何よりだ。そうだろう、ノーラ嬢?」
「えっ? えぇ……まあ、わたしを選んで良かったですね!」
ドヤ顔でノーラは胸を張る。
今ばかりは自分を肯定しても罰は当たらないはず。
劇を成功に導いたのは、自分の活躍もあってこそだと。
「君は本当に歌が上手いね。元は吟遊詩人なんだっけ?」
「は、はい……一応。部分的にそうです」
ルートラ公爵家に滞在して歌を歌っていたのだから、実質宮廷吟遊詩人。
そういうことで強引に言い訳している。
「君のような才能が埋もれていたなんて……なんという悲劇だろう? 殿下もそう思いますよね?」
「え、ええと……そうですね。ノーラさんの歌声はすばらしいと思います。今回の劇のように静かな歌も魅力的ですが、私は庶民で流行しているというラップやロック……」
「おぉーっ!? で、殿下! 髪が乱れています!」
デニスがとんでもないことを口走りそうになったので、ノーラは慌てて話題を逸らした。
自分がデニスに庶民の歌を教えたと知られたら、もう不敬どころの話ではない。
ノーラが指摘した髪の乱れを、セリノがすかさず直す。
櫛だのハンカチだのが瞬時に出てくるのは良質な従者の証だ。
「殿下。髪の乱れは気品の乱れ。文化祭が終わって気が弛んでいるかもしれません」
「セリノは細かいなぁ……そこまで気にしなくても」
楽しそうに進む祝賀会。
だが、ノーラはどことなく違和感を覚えた。
足りないものがひとつだけある。
きっとデニスも、セリノも、ガスパルも気づいている。
この場に影の立役者、エンカルナがいないことに。
それでも彼らが違和感を指摘しないのは、ノーラに配慮してのことだろうか。
あるいは……本人に配慮してのことだろうか。
◇◇◇◇
宴が終わり、ノーラはひとり舞台に足を運んだ。
まだセットは撤去されていない。
夜闇の下、デニスと怪物が戦った跡が残っている。
美しい音色が耳朶を叩いた。
――歌声だ。
歌声は近づくにつれ徐々に大きくなり、しかと聞き取れるまでになった。
これはノーラが劇で歌ったものと同じ歌詞だ。
「……エンカルナ様」
月夜の下、一人の少女が歌声を響かせていた。
まだ本調子ではない。
少し控えめに、それでも聴く者を惹きつけるような。
情熱が籠められている。
「ノーラ・ピルット」
「は、はい!?」
歌声が止む。
こっそり盗み見ていたはずが、名前を急に呼ばれてノーラは情けない声を上げた。
おずおずと足を運び、エンカルナのそばへ歩み寄る。
「こんばんは。その……なんとなく、ですけど。ここに来たくなりまして」
「そう。祝賀会は楽しかった?」
「はい。でも……エンカルナ様がいたら、もっと楽しかったんじゃないかと思います」
「殿下にはお誘いを受けたのよ。でも断った。舞台にすら出ていない私が、祝いの席に出るなどおこがましい」
そんなことない……と言おうとしたが。
これはエンカルナの誇りの問題だ。
他人のノーラがとやかく言う場面ではない。
「ご病気は大丈夫ですか?」
「ええ。小さな歌声で歌えるくらいには回復したわ。まだ全力では歌えないから……あなたに代役を任せたのは正解だったみたいね。私では、あの事故にも対処できなかった」
寂しそうにエンカルナは俯いた。
一生に一度の晴れ舞台だ。
後悔の念は測り知れない。
エンカルナはノーラに向き直り、深々と頭を下げた。
「……謝罪するわ。私の代役が務まるとは思えない……なんて言ってごめんなさい。あなたは私よりも綺麗な歌声で、どんな事態にも臆さず、本気で劇に向き合っていた。演劇をすてきなものにしてくれて……ありがとう」
心からの謝意を受け取り、ノーラの胸が温かくなる。
ここで返すべき言葉は謙遜じゃない。
「どういたしまして。わたし……こんなに多くの人の前で歌うの、初めてで。演技をしたのも初めてで。すごく緊張したけど……そのぶん成長できました。わたしを成長させてくれて、こちらこそありがとうございます」
ノーラは静かにエンカルナの手を取った。
彼女は驚いたようにノーラを見つめている。
「ご病気が治ったら、エンカルナ様と一緒に歌ってみたいです。きっと最高のデュエットができますよ!」
「あなた……ふふ、いいわよ。私の実力を見せてあげる。約束よ?」
「はい、約束です」
重ねた手を離し、今度は約束を重ねて。
二人は笑い合った。
ノーラは食堂の三階に招かれていた。
他にも演劇の出演者や、裏方で協力してくれた生徒も招かれている。
「それでは……演劇の成功を祝って、乾杯」
デニスがグラスを掲げると、他の面々もグラスを掲げる。
今年の文化祭はフィナーレのおかげでかつてない盛り上がりを見せた。
その熱気にあてられ、生徒たちも浮かれているようだ。
あの怪物がアクシデントであったことを知るのは、演劇に関わっていた生徒のみ。
生徒会の意向で、事件は劇の演出という体で通されることになった。
「今回は思わぬアクシデントもありましたが……誰にも被害が出ずに済みました。きっと神が見守っていてくださったのでしょう」
「何をおっしゃいますか殿下。危難を乗り越えられたのは、殿下の勇気があってこそ。舞台で怪物の気を惹き、華麗に舞った御姿……見事でした」
謙遜するデニスに、セリノが称賛を浴びせる。
他の生徒も同意するようにうなずいた。
デニスの雄姿は何代も先まで語り継がれるだろう。
ガスパルがワイングラスを揺らしながら笑う。
「エンカルナ嬢が病気で倒れたときはどうなるかと思ったけれど……ふふっ。ベストな代役が見つかって何よりだ。そうだろう、ノーラ嬢?」
「えっ? えぇ……まあ、わたしを選んで良かったですね!」
ドヤ顔でノーラは胸を張る。
今ばかりは自分を肯定しても罰は当たらないはず。
劇を成功に導いたのは、自分の活躍もあってこそだと。
「君は本当に歌が上手いね。元は吟遊詩人なんだっけ?」
「は、はい……一応。部分的にそうです」
ルートラ公爵家に滞在して歌を歌っていたのだから、実質宮廷吟遊詩人。
そういうことで強引に言い訳している。
「君のような才能が埋もれていたなんて……なんという悲劇だろう? 殿下もそう思いますよね?」
「え、ええと……そうですね。ノーラさんの歌声はすばらしいと思います。今回の劇のように静かな歌も魅力的ですが、私は庶民で流行しているというラップやロック……」
「おぉーっ!? で、殿下! 髪が乱れています!」
デニスがとんでもないことを口走りそうになったので、ノーラは慌てて話題を逸らした。
自分がデニスに庶民の歌を教えたと知られたら、もう不敬どころの話ではない。
ノーラが指摘した髪の乱れを、セリノがすかさず直す。
櫛だのハンカチだのが瞬時に出てくるのは良質な従者の証だ。
「殿下。髪の乱れは気品の乱れ。文化祭が終わって気が弛んでいるかもしれません」
「セリノは細かいなぁ……そこまで気にしなくても」
楽しそうに進む祝賀会。
だが、ノーラはどことなく違和感を覚えた。
足りないものがひとつだけある。
きっとデニスも、セリノも、ガスパルも気づいている。
この場に影の立役者、エンカルナがいないことに。
それでも彼らが違和感を指摘しないのは、ノーラに配慮してのことだろうか。
あるいは……本人に配慮してのことだろうか。
◇◇◇◇
宴が終わり、ノーラはひとり舞台に足を運んだ。
まだセットは撤去されていない。
夜闇の下、デニスと怪物が戦った跡が残っている。
美しい音色が耳朶を叩いた。
――歌声だ。
歌声は近づくにつれ徐々に大きくなり、しかと聞き取れるまでになった。
これはノーラが劇で歌ったものと同じ歌詞だ。
「……エンカルナ様」
月夜の下、一人の少女が歌声を響かせていた。
まだ本調子ではない。
少し控えめに、それでも聴く者を惹きつけるような。
情熱が籠められている。
「ノーラ・ピルット」
「は、はい!?」
歌声が止む。
こっそり盗み見ていたはずが、名前を急に呼ばれてノーラは情けない声を上げた。
おずおずと足を運び、エンカルナのそばへ歩み寄る。
「こんばんは。その……なんとなく、ですけど。ここに来たくなりまして」
「そう。祝賀会は楽しかった?」
「はい。でも……エンカルナ様がいたら、もっと楽しかったんじゃないかと思います」
「殿下にはお誘いを受けたのよ。でも断った。舞台にすら出ていない私が、祝いの席に出るなどおこがましい」
そんなことない……と言おうとしたが。
これはエンカルナの誇りの問題だ。
他人のノーラがとやかく言う場面ではない。
「ご病気は大丈夫ですか?」
「ええ。小さな歌声で歌えるくらいには回復したわ。まだ全力では歌えないから……あなたに代役を任せたのは正解だったみたいね。私では、あの事故にも対処できなかった」
寂しそうにエンカルナは俯いた。
一生に一度の晴れ舞台だ。
後悔の念は測り知れない。
エンカルナはノーラに向き直り、深々と頭を下げた。
「……謝罪するわ。私の代役が務まるとは思えない……なんて言ってごめんなさい。あなたは私よりも綺麗な歌声で、どんな事態にも臆さず、本気で劇に向き合っていた。演劇をすてきなものにしてくれて……ありがとう」
心からの謝意を受け取り、ノーラの胸が温かくなる。
ここで返すべき言葉は謙遜じゃない。
「どういたしまして。わたし……こんなに多くの人の前で歌うの、初めてで。演技をしたのも初めてで。すごく緊張したけど……そのぶん成長できました。わたしを成長させてくれて、こちらこそありがとうございます」
ノーラは静かにエンカルナの手を取った。
彼女は驚いたようにノーラを見つめている。
「ご病気が治ったら、エンカルナ様と一緒に歌ってみたいです。きっと最高のデュエットができますよ!」
「あなた……ふふ、いいわよ。私の実力を見せてあげる。約束よ?」
「はい、約束です」
重ねた手を離し、今度は約束を重ねて。
二人は笑い合った。
1
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」
公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。
死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」
目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。
「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」
隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。
そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……?
「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」
資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる