呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第12章 呪われ公の絶息

命の刻限

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ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぎだすコルラード。
普段の明朗さは鳴りを潜め、彼は神妙な面持ちで語る。

「ずっとペートルス様が隠していた秘密。それはあの人の『左耳』に由来する」

「ペートルスの左耳……? 何か変なところがあっただろうか」

デニスは首を傾げる。
ペートルスの姿を思い出してみるが、彼の左耳に違和感を覚えたことはなかった。
だからこそ……そう、だからこそ誰も気づくことができなかったのだ。
目には見えないからこそ。

「『邪器』――そう呼ばれる代物が、ペートルス様の左耳には埋まっていた。あの人が音にまつわる力を使えるのも、その左耳に由来するものなんだぜ。ノエリア様、あんたなら知ってるんじゃないか? ペートルス様は、ノエリア様だけが真実を知ってると言っていた」

「ええ、存じ上げております。邪法によって創り出される器官……それこそが邪器。魔物の肉体と同じく、邪気によって形作られるものですわ。ちょうどエレオノーラ嬢の右目もまた邪器、すなわち邪眼ですわね」

衝撃が走る。
ノーラとペートルスが同じ器官を持っている。
そして先日の裁判で、エレオノーラ・アイラリティルの邪眼はルートラ公によって移植されたものだと明らかになったばかり。

まだこの情報はほとんど知られていないが、断片的な情報を継ぎ合わせれば。
フリッツは震える声で言った。

「つ、つまり……ルートラ公は、自分の孫に。ペートルス様に、邪器なる得体の知れないものを植え付けたと?」

「ご明察。兄は幼少の砌、わずか三歳のころに邪器を移植されました。その事実に気づいた先代ルートラ公……私とペートルスの父が、祖父を問い詰めました。それからしばらくして、私たちの両親は『事故』に遭って死にました」

事故。
ノエリアはそう語ったが、誰もが謀殺なのだと理解した。
彼女の両親……アベルとミゲラはルートラ公に殺されたのだと。

「では、ペートルス殿は両親の仇を取るために反旗を翻したと?」

セリノの問いに、コルラードは肩をすくめた。

「どうだかな。それもあると思う。ただ、これは俺の予想だけど……あの人は焦っていたんだと思う」

ペートルスは焦っていた。
思わぬ言葉が出て、面々は眉をひそめた。
ペートルス・ウィガナックという人間は最も焦燥から遠い人間だと思われる。
少なくとも、誰もが彼と接してそう感じていた。

「――ペートルス様の寿命はあと一年もなかった。あの人はもうすぐ死んでいたんだ。だからせめて、ルートラ公を道ずれにしてやろうって……そう思ったんじゃないかな」

「ど、どういうことですか……? 兄は何か病気を患っていたのですか?」

そのとき、ノエリアが初めて平静を崩す。
狼狽した彼女の様子を見てコルラードは短く息を吐いた。

「やっぱり妹にも話してなかったのか。『邪器を植え付けられた者は、十六年で死に至る』……これがペートルス様が邪器を研究することで得た結論だよ。あの人が邪器を移植されたのは三歳だから、ちょうど十九歳の今年で死に至る。……自分で言っておいてなんだが、本当に胸糞悪いな」

誰もが言葉を失った。
絶句する他ない。
今まで見てきた貴公子は、まったく瑕疵のないペートルスは……そこまで重い未来を抱えていたのかと。

実の妹のノエリアですら知らなかった。
きっと彼は臣下以外の誰にも真実を伝えず、ルートラ公を倒して自分も死ぬつもりだったのだろう。

「だから、まあ……たとえルートラ公を倒したとしてもペートルス様は死んでいた。復讐を果たして、国の腫瘍を取り除いて死ぬか。あるいは罪人として破れて死ぬか。どちらにせよ終着点は死で……今回の結末は後者だったってワケさ」

「そんなの……そんなの、おかしい!」

デニスが怒声を張り上げた。
理不尽だ、非合理だ。

「他人に命の終わりを決められるなんて狂っている! ペートルスの命が、人生が……そう簡単に歪められてなるものですか!」

「そうだよな、俺もそう思うよ。殿下の言葉は正しい。でも、正しさだけじゃどうにもならないのがペートルス様の抱えていた理不尽なんだよ。簡単に片づけられる問題なら、今ごろペートルス様は反乱なんて起こさずに学園で笑っていただろう」

「それなら……どうしてコルラードさんは、ペートルスを助けるというのですか? たとえ彼を助けても、あと一年と経たずに死んでしまうのに……」

「義理だよ」

間髪入れずにコルラードは答えた。
迷いは一切なかった。
淀みなく、途切れることなく想いを吐く。

「筋とも言うのかな。俺はペートルス様に救われた、人生の意味を教えてもらった。だから命の終わりなんてどうでもいいし、相手の規模とか見ちゃいない。どんな死地であろうとも、どんな未来であろうとも、俺はあの人についていく。……なんて豪語しながらさ。俺はあの人を勝たせてやれなかった。本当に情けないよ」

ニルフック学園への入学もまた、ペートルスの命令だった。
何かとノーラを気にかけていたのもペートルスとの関係性を知っていたからで。
彼は一途に主に尽くしてきたのだ。
こんな結末では終わりたくない。

「……ちょっと待ってください」

不意に青ざめていたフリッツが口を開く。
ペートルスの余命を聞いた瞬間からずっと固まっていたが、落ち着きを取り戻した彼は。
小刻みに身を震わせて尋ねた。

「邪器を移植された者は十六年で死に至る。ならば……ピルット嬢は。エレオノーラ・アイラリティル伯爵令嬢は……」

「ああ、そうだな。――ノーラもあと六年で死ぬよ」
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