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緩やかなひととき
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「お待たせしました、レナート様」
「おお……綺麗だ。よくドレスが似合っている。クラーラはどんな衣装を着ていても似合うと思うが、やはり落ち着いた色合いの物が似合うかな」
「ありがとうございます。お褒めにあずかり光栄です」
にっこりと微笑み、促されるまま座る。
初めて共に食事を囲むため、マナーには特に気を遣わなくてはいけない。
「あ、お食事前にひとつ確認してもよろしいでしょうか」
「なにか?」
「黒魔術の工房を作りたいのです。ちょうどよい場所はございませんか?」
黒魔術、という単語にレナートの瞳がきらきらと光る。
彼はうなって考え始めた。
数秒後、沈黙を破って彼は口を開く。
「せっかくだし、知見を交換したい。俺と同じ工房を使うかい?」
「レナート様と同じ工房を……!? ありがたいお話ですが、お邪魔になりませんか?」
「ああ。ずっと一人で寂しかったんだ。俺が嘘をつける体質なら、研究を手伝ってほしいからとか言い訳してたけど……一番の本音はそれだよ。どうか俺の孤独を消してほしい」
レナートから望んでくれるのならば、断る理由はない。
高名なハルトリー家の魔術の知恵も借りられるし、何より……レナートに嘘をつけなくしている『黒魔術の代償』とやらも明らかにできるかもしれない。
やはり直接本人に聞くのは憚られる。
心の傷とは深く、癒えないもの。
仮にレナートの代償が後ろ暗い過去によるものなら、尋ねるだけで彼の心を傷つけてしまうことになる。
つらい環境に苛まれて生きてきたクラーラだからこそ、他人の痛みはよくわかる。
――人の心にはラインを引いて。
無理に立ち入るのはよろしくない。
だから、じっと話してくれるときを待つのだ。
「ありがとうございます。ぜひご一緒させていただきますわ」
「やった……! ありがとう!」
やはりこうして接していると、無垢な子どものようで。
それでいて領主や魔術師としての頼もしさも持ち合わせているのだから不思議なものだ。
「ご歓談中のところ失礼します。お料理ができました」
料理人がワゴンに載った料理を運んでくる。
胃袋に直接訴えかけるような、とても美味しそうな匂いが。
ひげをおしゃれな形に整えたコックが、自信に満ちた表情で料理をテーブルに並べていく。
メインは牛のロースト。
このハルトリー伯爵領の名産の高級牛だ。
端から端までコクのあるソースがかかっている。
サーモンを薄く切り分けた燻製や、野菜をふんだんに入れて煮込んだスープ、さらにはオレンジとブドウを使ったデザートまである。
「今日の料理は、わが領地の名産品を使うように言っておいたんだ。クラーラにはぜひともこの地域のよさを知ってもらいたいからね。……都会とは違った魅力があるんだ」
「ふふ、レナート様。そう言わずとも、ここがとても魅力あふれる領地だということは伝わっておりますわ」
「そ、そうか……正直なところ、君が辺境に飽きて出て行ってしまわないか不安で仕方なかったんだ。味には自信がある。民が大切に育ててくれた作物を使っているから」
レナートはひどく自分の領地を愛している。
彼の愛情がひしひしと伝わってきた。
こんなに有能で領地のことを考える領主を持って、民は冥利に尽きるだろう。
自分が民だったなら、一生レナートについていく……クラーラはそう思った。
「さあ、食事を始めよう」
レナートの一声により、クラーラはカトラリーを手に取った。
あまり口達者ではないレナートだが、どうにかクラーラを退屈させまいと話してくれる。
そんな彼の献身が嬉しくて。
こうして大切な人とテーブルを囲む機会があっただろうか。
クラーラが生まれて長らく味わうことのなかった感覚。
ひとつひとつ時計の秒針が進む時間を噛みしめて、クラーラは夫との会話を楽しんだ。
「おお……綺麗だ。よくドレスが似合っている。クラーラはどんな衣装を着ていても似合うと思うが、やはり落ち着いた色合いの物が似合うかな」
「ありがとうございます。お褒めにあずかり光栄です」
にっこりと微笑み、促されるまま座る。
初めて共に食事を囲むため、マナーには特に気を遣わなくてはいけない。
「あ、お食事前にひとつ確認してもよろしいでしょうか」
「なにか?」
「黒魔術の工房を作りたいのです。ちょうどよい場所はございませんか?」
黒魔術、という単語にレナートの瞳がきらきらと光る。
彼はうなって考え始めた。
数秒後、沈黙を破って彼は口を開く。
「せっかくだし、知見を交換したい。俺と同じ工房を使うかい?」
「レナート様と同じ工房を……!? ありがたいお話ですが、お邪魔になりませんか?」
「ああ。ずっと一人で寂しかったんだ。俺が嘘をつける体質なら、研究を手伝ってほしいからとか言い訳してたけど……一番の本音はそれだよ。どうか俺の孤独を消してほしい」
レナートから望んでくれるのならば、断る理由はない。
高名なハルトリー家の魔術の知恵も借りられるし、何より……レナートに嘘をつけなくしている『黒魔術の代償』とやらも明らかにできるかもしれない。
やはり直接本人に聞くのは憚られる。
心の傷とは深く、癒えないもの。
仮にレナートの代償が後ろ暗い過去によるものなら、尋ねるだけで彼の心を傷つけてしまうことになる。
つらい環境に苛まれて生きてきたクラーラだからこそ、他人の痛みはよくわかる。
――人の心にはラインを引いて。
無理に立ち入るのはよろしくない。
だから、じっと話してくれるときを待つのだ。
「ありがとうございます。ぜひご一緒させていただきますわ」
「やった……! ありがとう!」
やはりこうして接していると、無垢な子どものようで。
それでいて領主や魔術師としての頼もしさも持ち合わせているのだから不思議なものだ。
「ご歓談中のところ失礼します。お料理ができました」
料理人がワゴンに載った料理を運んでくる。
胃袋に直接訴えかけるような、とても美味しそうな匂いが。
ひげをおしゃれな形に整えたコックが、自信に満ちた表情で料理をテーブルに並べていく。
メインは牛のロースト。
このハルトリー伯爵領の名産の高級牛だ。
端から端までコクのあるソースがかかっている。
サーモンを薄く切り分けた燻製や、野菜をふんだんに入れて煮込んだスープ、さらにはオレンジとブドウを使ったデザートまである。
「今日の料理は、わが領地の名産品を使うように言っておいたんだ。クラーラにはぜひともこの地域のよさを知ってもらいたいからね。……都会とは違った魅力があるんだ」
「ふふ、レナート様。そう言わずとも、ここがとても魅力あふれる領地だということは伝わっておりますわ」
「そ、そうか……正直なところ、君が辺境に飽きて出て行ってしまわないか不安で仕方なかったんだ。味には自信がある。民が大切に育ててくれた作物を使っているから」
レナートはひどく自分の領地を愛している。
彼の愛情がひしひしと伝わってきた。
こんなに有能で領地のことを考える領主を持って、民は冥利に尽きるだろう。
自分が民だったなら、一生レナートについていく……クラーラはそう思った。
「さあ、食事を始めよう」
レナートの一声により、クラーラはカトラリーを手に取った。
あまり口達者ではないレナートだが、どうにかクラーラを退屈させまいと話してくれる。
そんな彼の献身が嬉しくて。
こうして大切な人とテーブルを囲む機会があっただろうか。
クラーラが生まれて長らく味わうことのなかった感覚。
ひとつひとつ時計の秒針が進む時間を噛みしめて、クラーラは夫との会話を楽しんだ。
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