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起床
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朝日が射し込み、フレーナの顔を照らす。
いつもとは違う天井に強烈な違和感を覚えた。
背中には堅い床から伝わる痛みもなく、凍えるような寒風で目を覚ますこともなく。
彼女は心地よい覚醒に戸惑ってしまった。
「……あっ、そうだった」
これまでの経緯を思い出す。
生贄に捧げられたかと思ったが、神は人を食うことなんてなく。
村に戻りたくないフレーナは神殿で働かせてもらうように頼んだのだった。
その結果として出来上がったのが、この部屋である。
部屋の面積がかなりあるため殺風景に見えるが、生活に必要なものは一通り揃っていた。
よく眠れたようだ。
こんなに真っ当なベッドで寝たのはいつ以来か。
陽の昇り具合を見るに、フレーナがいつも起きていた早朝の時間帯と変わらないようだ。
やはり体に染みついた習慣は中々抜けない。
「まずは……」
まず、どうすべきか。
フレーナは昨日買った鏡台の前に座る。
「……まずはお風呂だよね」
昨日は眠くて入れなかったので、今から入ろう。
鏡に映るフレーナの姿は少しやつれていて、髪にも艶がなく……見る人が見れば一瞬で貧しい生活を送ってきたのだとわかる。
メアに粗相がないためにも、少しでも身なりを清潔に整えなくては。
昨日メアが語っていたが、この神殿には身を清めるための泉があるらしい。
泉……ということは温かくはないのだろう。
だが、温度云々を気にしている場合ではない。
彼女は立ち上がりクローゼットを開ける。
中には昨日選んでもらったドレスが入っていた。
普段着でドレスを着るなんて貴族のようだ。
訪れた店の店員はフレーナのことを貴族だと思い、ドレスばかり選んでしまった。
それもこれも、メアが山のような宝石を金に換えたのが理由だろう。
「これでいいかな」
派手さが控えめの白いドレスを選び、下着やタオルの類も持ってフレーナは部屋を出る。
神殿は広い。
地図なんかがあればいいのだが、人が行き来することを想定されていない建物だ。
案内用の地図なんてないだろう。
「こっちかな?」
ふらふらと足を運ばせるフレーナ。
道がわからないので、とりあえず来た道を忘れないように進むことしかできない。
廊下の大理石は鏡のようにピカピカだ。
長い廊下を進むこと数分。
「???」
迷ってしまった。
いや、正確に言えば迷ったわけではない。
来た道は覚えているものの、清めの泉らしき場所が見当たらない。
今いるのは神殿西部にあると思われる大部屋。
中には無数の像が立ち並んでいる。
巨大な竜や蛇、鳥や狼など……動物の像があったり、人の像もあったり。
中には壊れて頭がない像とかもある。
「どうした、こんなところで。早起きだな」
「わぁっ!? メア様!?」
ぬるりと、像の背後から人影が飛び出した。
いきなりのメアの出現にフレーナは尻餅をついてしまう。
「大丈夫か?」
メアは困惑しながらもフレーナに手を差し伸べる。
フレーナはドレスを持っていない方の手でメアの手を掴み、立ち上がった。
「あ、ありがとうございます。急に話しかけられたのでびっくりしてしまって」
「悪いな。でも、こんな部屋に用事が?」
「それが……お風呂というか、清めの泉に行こうとしていたんですけど。道がわからなくてですね……」
毎度のことながら、メアにはみっともない姿を見せてしまう。
フレーナは自分の失態を恥じた。
「ああ、それならメロアに聞けばよかったのに。あいつ、基本は神殿の屋上にいるから呼べば来てくれるぞ」
「そうなんですか!? 窓の外に飛んでいったので、どこにいるのかと……」
「神殿への侵入者を感知する役割も兼ねてるからな。基本は屋上で警備してるのがメロアだ」
まさに神の眷属っぽい仕事をしていた。
メロアの助けが必要なときは、屋上に向かって叫べばいい。
またひとつフレーナは新たな知識を得たのだった。
「ありがとうございます! では、メロアさんを呼んできます!」
「ああ、待て。せっかくだし俺が泉まで案内するよ」
「え、いいんですか? こちらで何かなさっていたのでは?」
メアは首を横に振る。
「いや、ただ呆けていただけだよ。この部屋は……」
──この部屋は。
そこまで言ったところでメアは口を閉ざした。
彼の視線の先には、頭部が破壊された人型の像。
「ま、いいや。行こうか」
「えっ……? はい!」
メアに優しく背中を押されて、フレーナは部屋の外へ出た。
いつもとは違う天井に強烈な違和感を覚えた。
背中には堅い床から伝わる痛みもなく、凍えるような寒風で目を覚ますこともなく。
彼女は心地よい覚醒に戸惑ってしまった。
「……あっ、そうだった」
これまでの経緯を思い出す。
生贄に捧げられたかと思ったが、神は人を食うことなんてなく。
村に戻りたくないフレーナは神殿で働かせてもらうように頼んだのだった。
その結果として出来上がったのが、この部屋である。
部屋の面積がかなりあるため殺風景に見えるが、生活に必要なものは一通り揃っていた。
よく眠れたようだ。
こんなに真っ当なベッドで寝たのはいつ以来か。
陽の昇り具合を見るに、フレーナがいつも起きていた早朝の時間帯と変わらないようだ。
やはり体に染みついた習慣は中々抜けない。
「まずは……」
まず、どうすべきか。
フレーナは昨日買った鏡台の前に座る。
「……まずはお風呂だよね」
昨日は眠くて入れなかったので、今から入ろう。
鏡に映るフレーナの姿は少しやつれていて、髪にも艶がなく……見る人が見れば一瞬で貧しい生活を送ってきたのだとわかる。
メアに粗相がないためにも、少しでも身なりを清潔に整えなくては。
昨日メアが語っていたが、この神殿には身を清めるための泉があるらしい。
泉……ということは温かくはないのだろう。
だが、温度云々を気にしている場合ではない。
彼女は立ち上がりクローゼットを開ける。
中には昨日選んでもらったドレスが入っていた。
普段着でドレスを着るなんて貴族のようだ。
訪れた店の店員はフレーナのことを貴族だと思い、ドレスばかり選んでしまった。
それもこれも、メアが山のような宝石を金に換えたのが理由だろう。
「これでいいかな」
派手さが控えめの白いドレスを選び、下着やタオルの類も持ってフレーナは部屋を出る。
神殿は広い。
地図なんかがあればいいのだが、人が行き来することを想定されていない建物だ。
案内用の地図なんてないだろう。
「こっちかな?」
ふらふらと足を運ばせるフレーナ。
道がわからないので、とりあえず来た道を忘れないように進むことしかできない。
廊下の大理石は鏡のようにピカピカだ。
長い廊下を進むこと数分。
「???」
迷ってしまった。
いや、正確に言えば迷ったわけではない。
来た道は覚えているものの、清めの泉らしき場所が見当たらない。
今いるのは神殿西部にあると思われる大部屋。
中には無数の像が立ち並んでいる。
巨大な竜や蛇、鳥や狼など……動物の像があったり、人の像もあったり。
中には壊れて頭がない像とかもある。
「どうした、こんなところで。早起きだな」
「わぁっ!? メア様!?」
ぬるりと、像の背後から人影が飛び出した。
いきなりのメアの出現にフレーナは尻餅をついてしまう。
「大丈夫か?」
メアは困惑しながらもフレーナに手を差し伸べる。
フレーナはドレスを持っていない方の手でメアの手を掴み、立ち上がった。
「あ、ありがとうございます。急に話しかけられたのでびっくりしてしまって」
「悪いな。でも、こんな部屋に用事が?」
「それが……お風呂というか、清めの泉に行こうとしていたんですけど。道がわからなくてですね……」
毎度のことながら、メアにはみっともない姿を見せてしまう。
フレーナは自分の失態を恥じた。
「ああ、それならメロアに聞けばよかったのに。あいつ、基本は神殿の屋上にいるから呼べば来てくれるぞ」
「そうなんですか!? 窓の外に飛んでいったので、どこにいるのかと……」
「神殿への侵入者を感知する役割も兼ねてるからな。基本は屋上で警備してるのがメロアだ」
まさに神の眷属っぽい仕事をしていた。
メロアの助けが必要なときは、屋上に向かって叫べばいい。
またひとつフレーナは新たな知識を得たのだった。
「ありがとうございます! では、メロアさんを呼んできます!」
「ああ、待て。せっかくだし俺が泉まで案内するよ」
「え、いいんですか? こちらで何かなさっていたのでは?」
メアは首を横に振る。
「いや、ただ呆けていただけだよ。この部屋は……」
──この部屋は。
そこまで言ったところでメアは口を閉ざした。
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