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問題発覚
その問題が明るみになったのは、誕生祭の三週間後のことだった。
国王のファーバーは頭を抱える。
「なん、だ……これは……」
大臣が次々と報告する複式簿記のミス。
王都の商人のほとんどから、政務のミスに対する非難が届いていた。
この書類──すべてユリスが作り上げたものだ。
「ど、どうなっている……すべて適当ではないか!」
いい加減に政務を終わらせたことが明るみになったころには、時すでに遅し。
ユリスがアマリスと共にもたらした財政的なダメージは甚大なものになっていた。
息子がしでかした婚約破棄も、考えようによっては許してしまおうかともファーバーは考えていた。たしかに、今までの王族は慣習に囚われすぎていたのかもしれない。
第一王子のデュッセルが非常に優秀かつ、王位継承権も一位である以上……ユリスくらいには好きな恋路を歩ませてやっても良いのではないか。
そう考えた矢先の出来事。
まさか一切反省の意を示さず、あろうことか捏造した文書を提出するとは。
ファーバーは激昂し、大臣に怒鳴りつける。
「ユリスを! 大臣、ユリスを今すぐに呼べ!」
「そ、それが陛下……ユリス殿下はお城にいらっしゃらないようで……」
「何だと!?」
耳を疑うような事態だった。
曰く、ユリスが唐突に昨晩から姿を消したと。
本来ならば王族の失踪事件ということで、全力を挙げて国が捜査するべき案件だ。
だが、ユリスは国王の前に大量の非難が届いたことを知ったという。
あの王子の性格を鑑みれば、無断で王城から逃げ出した可能性の方が高い。
「今すぐにユリスを探せ! 新たな婚約者も消えたのか!?」
「はい。住民の目撃情報によると、ユリス殿下とアマリス嬢らしき人物が城を出るのを見たとか。逃避行……というやつではないでしょうな。おそらく、ほとぼりが冷めるまでどこかに姿を消すのが目的ではないかと思われます」
あの二人が王城からの支援なしに生きていけるとは思えない。
いつまでも捜索し続けても見つからず、不安を煽ったところで帰還する。
そうすることでファーバーや周囲の貴族の同情を得ようという算段だろう。失踪していた理由は賊に囚われていたとか、いくらでも後付けできるのだから。
「お、おのれ……もう我慢ならんぞ! 今すぐに奴を、」
「父上。ユリスは私が探します。父上はこの後、大切な予定があるのでしょう?」
傍に控えて話を聞いていた第一王子、デュッセルが口を挟む。
デュッセルは薄々こうなることを感じ取っていたのだ。
せっかく父に交渉してやったのに、恩を仇で返す弟には呆れてものも言えない。
「そうだな……お前にならば安心して任せられよう。私は教皇聖下をお迎えする準備をしなくては……」
この後、ルカロ教皇と会談する予定が入っていた。
向こうが会談を申し込んできた理由は不明だが、ユリスの捜索にかまけている暇はない。
「ではデュッセル、頼んだぞ」
「お任せを」
血族の後始末をするのも自分の役目。
デュッセルはそう考え、ユリスの捜索に向かった。
***
「行方不明、ね」
一方、王子失踪の噂を聞いたシャンフレックは、特に何も感じなかった。
王都の方で酷い政務ミスがあったことは知っている。
それによってフェアシュヴィンデ家の財政も多少は損害を被った。
だが、正直どうでもいいのだ。
多少の損害ならばいくらでもリカバリーできるし、許容範囲。
王都での騒ぎなど気にも留めず、シャンフレックはぼんやりとドレスのデザインを考えていた。
ふと、部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼いたします。お嬢様、例の招待状が」
入ってきたアガンは書状を持っていた。
『例の』──ということは、アルージエからの招待状だろうか。
教皇の印章とともに、アルージエの筆跡でサインが記されていた。
シャンフレックは書状を開けて中身を確かめる。
「ええ、ルカロへの招待状ね。特に期限はなくて、来たくなったらいつでも来てほしい……と添えられているわ」
「いかがいたしましょう? 旦那様と奥様は、お嬢様がルカロへ行かれることに肯定的なようですが」
ファデレンとしては娘に見識を広めるとともに、教皇領との結びつきを強めてほしいという願望があった。
しかし、不用意に教皇領と親交関係を結ぶのは危ないという持論がシャンフレックにはある。
「アガンはどう思う?」
「そうですね……私はあまり賛成できません。旦那様のお考えも一理あるのですが、大局を見据えているのはお嬢様かと。フェアシュヴィンデ家が他国の、しかも強大な権力を持つルカロと結びつけば、叛意と捉えられるやもしれません」
おおむねアガンの意見はシャンフレックと一致していた。
こうして忌憚のない意見を聞かせてくれることが、フェアシュヴィンデ家がアガンを重用している理由でもある。
ファデレンはもちろん敵対的な諸侯を警戒している。
だが、彼は諸侯の監視をものともせずにルカロと関係を深めようとしていた。
ファデレンは王国に完全に服従するつもりはないからだ。
これには色々な理由があるが、一番の理由は世代間の違いだろう。シャンフレックは生まれも育ちもヘアルスト王国だが、父ファデレンは戦争を経て王国に領地を組み入れられた時代を生きてきた。
だからこそ王国を完全に信用しておらず、他国とも結びつくべきだと考えている。
「難しい話ね。とりあえず、返事はもう少し保留で。招待状に期限はないみたいだし」
「承知しました。それでは、失礼いたします」
アガンは恭しく一礼し、部屋を去って行った。
国王のファーバーは頭を抱える。
「なん、だ……これは……」
大臣が次々と報告する複式簿記のミス。
王都の商人のほとんどから、政務のミスに対する非難が届いていた。
この書類──すべてユリスが作り上げたものだ。
「ど、どうなっている……すべて適当ではないか!」
いい加減に政務を終わらせたことが明るみになったころには、時すでに遅し。
ユリスがアマリスと共にもたらした財政的なダメージは甚大なものになっていた。
息子がしでかした婚約破棄も、考えようによっては許してしまおうかともファーバーは考えていた。たしかに、今までの王族は慣習に囚われすぎていたのかもしれない。
第一王子のデュッセルが非常に優秀かつ、王位継承権も一位である以上……ユリスくらいには好きな恋路を歩ませてやっても良いのではないか。
そう考えた矢先の出来事。
まさか一切反省の意を示さず、あろうことか捏造した文書を提出するとは。
ファーバーは激昂し、大臣に怒鳴りつける。
「ユリスを! 大臣、ユリスを今すぐに呼べ!」
「そ、それが陛下……ユリス殿下はお城にいらっしゃらないようで……」
「何だと!?」
耳を疑うような事態だった。
曰く、ユリスが唐突に昨晩から姿を消したと。
本来ならば王族の失踪事件ということで、全力を挙げて国が捜査するべき案件だ。
だが、ユリスは国王の前に大量の非難が届いたことを知ったという。
あの王子の性格を鑑みれば、無断で王城から逃げ出した可能性の方が高い。
「今すぐにユリスを探せ! 新たな婚約者も消えたのか!?」
「はい。住民の目撃情報によると、ユリス殿下とアマリス嬢らしき人物が城を出るのを見たとか。逃避行……というやつではないでしょうな。おそらく、ほとぼりが冷めるまでどこかに姿を消すのが目的ではないかと思われます」
あの二人が王城からの支援なしに生きていけるとは思えない。
いつまでも捜索し続けても見つからず、不安を煽ったところで帰還する。
そうすることでファーバーや周囲の貴族の同情を得ようという算段だろう。失踪していた理由は賊に囚われていたとか、いくらでも後付けできるのだから。
「お、おのれ……もう我慢ならんぞ! 今すぐに奴を、」
「父上。ユリスは私が探します。父上はこの後、大切な予定があるのでしょう?」
傍に控えて話を聞いていた第一王子、デュッセルが口を挟む。
デュッセルは薄々こうなることを感じ取っていたのだ。
せっかく父に交渉してやったのに、恩を仇で返す弟には呆れてものも言えない。
「そうだな……お前にならば安心して任せられよう。私は教皇聖下をお迎えする準備をしなくては……」
この後、ルカロ教皇と会談する予定が入っていた。
向こうが会談を申し込んできた理由は不明だが、ユリスの捜索にかまけている暇はない。
「ではデュッセル、頼んだぞ」
「お任せを」
血族の後始末をするのも自分の役目。
デュッセルはそう考え、ユリスの捜索に向かった。
***
「行方不明、ね」
一方、王子失踪の噂を聞いたシャンフレックは、特に何も感じなかった。
王都の方で酷い政務ミスがあったことは知っている。
それによってフェアシュヴィンデ家の財政も多少は損害を被った。
だが、正直どうでもいいのだ。
多少の損害ならばいくらでもリカバリーできるし、許容範囲。
王都での騒ぎなど気にも留めず、シャンフレックはぼんやりとドレスのデザインを考えていた。
ふと、部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼いたします。お嬢様、例の招待状が」
入ってきたアガンは書状を持っていた。
『例の』──ということは、アルージエからの招待状だろうか。
教皇の印章とともに、アルージエの筆跡でサインが記されていた。
シャンフレックは書状を開けて中身を確かめる。
「ええ、ルカロへの招待状ね。特に期限はなくて、来たくなったらいつでも来てほしい……と添えられているわ」
「いかがいたしましょう? 旦那様と奥様は、お嬢様がルカロへ行かれることに肯定的なようですが」
ファデレンとしては娘に見識を広めるとともに、教皇領との結びつきを強めてほしいという願望があった。
しかし、不用意に教皇領と親交関係を結ぶのは危ないという持論がシャンフレックにはある。
「アガンはどう思う?」
「そうですね……私はあまり賛成できません。旦那様のお考えも一理あるのですが、大局を見据えているのはお嬢様かと。フェアシュヴィンデ家が他国の、しかも強大な権力を持つルカロと結びつけば、叛意と捉えられるやもしれません」
おおむねアガンの意見はシャンフレックと一致していた。
こうして忌憚のない意見を聞かせてくれることが、フェアシュヴィンデ家がアガンを重用している理由でもある。
ファデレンはもちろん敵対的な諸侯を警戒している。
だが、彼は諸侯の監視をものともせずにルカロと関係を深めようとしていた。
ファデレンは王国に完全に服従するつもりはないからだ。
これには色々な理由があるが、一番の理由は世代間の違いだろう。シャンフレックは生まれも育ちもヘアルスト王国だが、父ファデレンは戦争を経て王国に領地を組み入れられた時代を生きてきた。
だからこそ王国を完全に信用しておらず、他国とも結びつくべきだと考えている。
「難しい話ね。とりあえず、返事はもう少し保留で。招待状に期限はないみたいだし」
「承知しました。それでは、失礼いたします」
アガンは恭しく一礼し、部屋を去って行った。
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