管理官と問題児

二ノ宮明季

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1章

1-15 ジスさん、疲れてそうだもんな

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 なんというか、新しく加わったと言う何でも屋のメンバーは、少し子供っぽく感じた。
 尤も、必死に威嚇を繰り返す小型犬のような精術師――クルト・ツークフォーゲルさんと、学生時代にちょっとした有名人だった童顔の少女、ネメシア・ツェーン・ディースターヴェークさんを見た後なら、クルトさんの妹のスティア・ツークフォーゲルさんは幾分大人っぽく……もとい、年相応には見えたのだが。
 クルトさんが威嚇を繰り返す理由ははっきりしている。彼は精術師で、俺は管理官。これだけが全てだ。
 俺自身は精術師に悪しき感情を抱いていない。極力は丁寧な対応を心がけているのだが、管理官の全員がそう、という訳ではないのだ。
 全員軽く自己紹介をした後、所員一……どころか、街の中でも一番と言える程の美貌を持つアルメリアさんに、クルトさんがでれっとした顔を向ける。やはり、心を許している相手と、そうでない相手では、態度がまるきり違う。

「それで? 依頼っていうのは?」

 が、そんなクルトさんを無視して、所長さんは話を切り出した。
 俺は「ヴルツェル支局の尻拭いとなる、精術師の就職調査をし、調書を完成させて欲しい」といった趣旨の依頼をする。
 恥を承知で、現状をかいつまんで説明すると、同情的な視線を向けられた。主にベルさんから。

「ジスさん、疲れてそうだもんな」
「え、えぇ、まぁ。ここに依頼に来るのも、必死に時間を作らないといけなかったくらいには立て込んでいまして」

 溜息が零れる。愚痴にも近いそれを吐き出してしまったあたり、俺が思っているよりも疲れているのかもしれない。
 ナスタチウムさんが倒れてしまったのは、切っ掛けでしかない。あの仕事量では、遅かれ早かれ潰れていた可能性があるのだ。まだ比較的軽度……かもしれない内に、手を打てたのはよかったと捉えよう。
 だがタイミングが最悪だった。バンクシアさんですら簡単に解決出来ない大捕り物が発生し、人手不足の中、簡単ながらナスタチウムさんの看護までするのは、俺の肉体よりも精神に負荷をかけたのだ。
 慣れないナスタチウムさんの物を含む仕事に、看護。いくら手伝って貰っているとはいえ……。知らず知らずのうちに、もう一度ため息が出た。
 いやいや、暗くなっている場合ではない。ここへは依頼をしに来たのだから。

「勿論、依頼料は弾みます」
「ほう、それはどのくらい?」

 気を取り直して話を進めると、スティアさんがわざわざ席を立って近寄ってくる。
 俺はほんの少し驚いたのを気取らせぬように平静を装いながら、胸元から出した手帳に金額を書き込んで見せた。

「ふむ、まぁ、中々だな」
「ただねー、ちょっと遠いんだよね」

 難色を示したのは、所長さんだ。確かに依頼の地は、それなりに距離がある。
 何しろ、ここから汽車で三時間もかかる場所だ。公共交通機関には、列車という「速い」「高い」「少ない」の三拍子がそろった乗り物もあるのだが、残念ながらこれは依頼の地――ヴルツェルには通っていない。三拍子目の「少ない」は、停車駅を指すのである。

「勿論、移動や宿泊にかかる費用は依頼料とは別にお支払い致します」
「所長、俺は受けたいです。ジスさんが大変なら、尚更」

 ベルさんが、ありがたい事に前のめり気味に言う。気持ちだけで胸いっぱい。この調子で義理の息子に甘い所長さんを説得して欲しい。

「うーん、それっていつから行くべきなの?」
「出来れば早ければ早い方がありがたいです」
「例えば明日、とか?」
「既に受けている依頼関係が問題無いのであれば、それだと助かりますね」

 俺の答えを聞いてすぐに、アルメリアさんが仕事の予定表を広げて暫し考えている。
 どうやら前向きに検討しているようだ。胸いっぱい。この調子で所長さんを説得して欲しい。

「期間はどのくらいですか? 明日から、というのであれば、一週間までならどうにか出来ますけど」

 彼女は顔を上げて、花のかんばせに笑みを浮かべて首を傾げた。
 そう言えば以前一緒に行動していた管理官が、このアルメリアさんを見かけた瞬間「恋だ……運命だ……」などと浮ついた言葉を口にした事があったな。彼女の笑みにはそれだけの力があるという事か。
 魔法が使えなくとも、大体魔法使いじゃないか。

「こちらもあまり長い時間はかけられませんから、一週間が限界ですね。それを過ぎてしまうと、管理局から圧力をかける以外の選択肢が無くなってしまいます」

 俺は色々と思い出した部分を脳から追い払いながら、直ぐに仕事の話へと考えを移行させた。

「では、お受けするとなると明日から一週間程、ベル君に行って貰う事になりますね。ベル君が行ってくれるのなら、所長がベル君の分のお仕事を頑張れば何とかなりますよ!」

 アルメリアさんは小首をかしげるのを止めて、にっこりと所長さんを見る。有無を言わせぬ雰囲気をひしひしと感じた。

「ぼ、僕!?」
「頑張って下さい」

 おお、丸投げした。線の細いたおやかな印象とは正反対の、きっぱりとした口調だ。
 ただ可愛らしい笑顔付きだったせいか、クルトさんがどぎまぎしてしまったようだ。僅かに頬が赤い。

「あの、それって俺も一人で泊まりの仕事って事か?」
「そうなるわ。ベル君、頑張れる?」
「ん、んん……で、出来るし。そのくらい」

 ベルさん、無理してるな……。よく考えたら、彼には暗所恐怖症がある。
 この部分が不安だったのだろう。今住んでいる場所よりも遥かに田舎となると、夜の明かりの心配がある。
 勿論建物の中に居れば問題は無いだろう。だが、それなりに山歩きをする事になる。
 万が一、という悪い想像が彼の心を締め付けているのを、俺は察知した。

「難しいようでしたら、この話はなかった事にして頂いて結構ですよ」
「いや、やれるし!」

 助け船、とばかりに断る選択肢を出したが、彼は直ぐに被りを振った。
 ベルさんなりの意地……あるいは、見栄だろう。相手に格好良く見せたいと言う気持ちは、分からない訳でもない。

「では、決定ですね」
「うーん、でもベル一人は不安だなぁ」

 アルメリアさんが明るい声で答えて、予定表の整理を始めた。だが、所長さんだけはまだ納得していないようだ。

「あ、じゃあこうしよう。仮採用三人組もベルと一緒に遠出。クルト君はこれがラストチャンスね。どうにか出来なかったらクビ」
「じょ、上等だ! やってやるわ!」

 クルトさんは、活きが良い。間違った。威勢の良い返事をした。
 勇ましくはあるものの、あまり大きい音が得意ではないベルさんが肩を跳ねさせる。もう少し周りに気を配れるようになるまでには、時間がかかりそうだな……。

「わーい、お出かけですね! 楽しみです。美味しいプリンはありますかね?」

 今までふんふんと話を聞いていたネメシアさんは、的外れな事を言いながらニコニコ笑っている。
 まだプリンが好きなのか……。学生時代、プリンが好き過ぎてあんな事件を起こしたのに。

「ふむ、しかしこの依頼料には口止め料が含まれていないようだが」

 金銭面に切りかかってきたのは、先程も目を輝かせて依頼料を見ていたスティアさん。

「そうですね。こちらとしては口外されるのは困るのですが、最も困るのはヴルツェル村支局の方ですよね。ですから、こちらからの口止め料はこのくらいでどうですか?」

 俺は再び手帳に金額を書き込むと、彼女に見せた。

「ふむ……」
「あくまで、こちらからの口止め料です。しかし人の口には戸が建てられませんからね」
「支局の方から巻き上げてもいい、というようにしか聞こえないのだが」

 スティアさんが、ニヤっと笑った。この子お金が好きなのか。
 もしかしたら、金銭面他多数においてルーズな所長さんに変わり、金庫番にする為に雇ったのだろうか?
 いや、その辺はいい。ただ金銭面担当が彼女なのであれば、「依頼を請けたくなるような」話をすればいいのだ。

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