管理官と問題児

二ノ宮明季

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1章

1-26 弱音を吐いてはいけない。絶対に

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 帰った後に着替え、簡単に事後処理をし、ナチの様子を見に行く頃には、既に夜中になっていた。

「お帰りなさい、ジスさん」
「……ただいま、ナチ。まだ起きていたんですか?」
「さっき目が覚めたんです」

 そうか、それなら仕方がない。

「どうかしたんですか?」
「……ナチが倒れた日に大捕り物があったのですが、その際逃した残党を追っていました」
「はい」

 ナチは、平坦な声で相槌を打つ。
 様々な状況から来る不安を、このままぶちまけてしまいたい。そんな感情に襲われたが、俺は必死に言葉を飲み込む。
 駄目だ、こんな事では。人に弱さを見せてはいけない。強くなって、強く見せて、他の人を支えなければ。

「……仲間が亡くなってしまって、死を悼んでいました」
「そうですか」

 このくらいなら良いだろう。何の感情も湧かない方が可笑しいのだから。

「報告書にも書きましたが、軽く報告致します」
「はい」

 どうせ知る所となる。彼の様子からは、もう数日もすれば復帰出来そうな気配も漂っていた。

「今回の残党狩りでの最終的な犠牲者は、管理官が二名、残党が九名。内、死を刻む悪魔ツェーレントイフェルが殺害した残党は三名です。また、身柄を拘束した残党は八名となりました。しかし、明日以降に適切に処理されるかと思います」
死を刻む悪魔ツェーレントイフェルが出たのですか」
「はい。それでより遅くなってしまいました」
「お疲れ様でした」

 ナチの労いに、俺はぺこりと頭を下げる。

「それでは明日も早いので、この辺で」
「はい、お疲れ様でした。その件の詳しい報告は、復帰し次第書面で確認致します」
「……失礼します」

 俺は再度頭を下げると、ナチの部屋を後にした。
 熱が出て臥せっている相手に、何を言おうとした。
 弱音を吐いてはいけない。絶対に。
 俺が俺であるために。頼られる存在で、ぶつけられる存在で、それでも折れない存在でいなければいけない。


 翌日も朝からナチの様子を確認し、そのまま仕事へ。
 朝礼にクレマチス様が現れ、昨晩の労いの言葉と、弔いの言葉を語った。
 ペンステモンさんと、マロウさんの遺体は、故郷の墓に入れられる事になっている。取り乱すノラナさんを慰め、他の者のフォローをし、必死に昨晩の件の書類をまとめる。
 他の者――特にバンクシアさんはどう思うかは知らないが、俺としては泣いてくれる人がいてくれて、幾分ほっとしていた。

 俺は泣く事が出来ない。
 幼い頃から感情を表に出さないようにと言われて来ていた事も起因しているとは思うが、何よりも弱みを見せられない。俺自身がそんな、「当り散らされるべき存在」としての生き方を選んでいるからだ。
 誰かに吐き出せるならそれでいい。例えそれが、俺を悪役に仕立て上げるものであったとしても。
 ……ノラナさんは、俺に涙を見せても、当り散らすことは無かった。ありがたい、と、どこかでほっとしてしまった自分が許せない。

   ***
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