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1章
1-28 心配しました
しおりを挟む翌日、早くから必要書類、カメラなどと共に、汽車内での仕事用の書類をどっさり鞄に入れて管理局を後にした。
昨晩出来るところまでの書類を終わらせ、バンクシアさんへも今日はヴルツェルへと向かう話をしておいた。それから、ノラナさんがどうしても駄目そうだったので、晩酌に付き合い、ナチの様子を見て、やっと就寝したのは、外が白んでから。今日はあまり眠らないまま仕事をすることになったが……まぁ、仕方がない。
汽車の中で粗方の仕事を終え、ヴルツェルに到着すれば、すぐに管理支局へと足を向けた。
支局長から話を聞くと、俺の予想は当たっていたらしく、ブッドレア・ツヴェルフ・ドナートとサフラン・ツヴェルフ・ガイスラーが何らかの目的でベルンシュタイン家のフルールさんとアーニストさんに接触。そして何でも屋のメンバーが交戦していた事を知る。
生き残りだという一人に詳しく事情を聞こうとするも、パニックになってどうにもならない。
死に直面したのが初めて、というだけでなく、目の前で人が死んだ事すら初めてだったらしい。
フォローしてやりたいが、生憎と今日は時間がない。その辺は支局長たちに任せ、俺はベルンシュタイン家を目指すことにした。
一応舗装された道があるとはいえ、それなりに険しい山だ。
だが、黙々と上れば、やがて家が見えてきた。
木組みの家は森と調和し、余裕のある時に見たのなら、この風景を絵に収めたい、とでも思うだろう。近づけば何種類もの花やハーブが植えられており、森の木々の香りと、草花の香りが互いの邪魔をすることなく香っていた。
やはり自然の香りは良い。それと引き換え、血の臭いは……駄目だ。
俺は一度息を吐きだしてから、ドアをノックした。
「は、はい……」
中から出てきたのは、おそらくフルール・ベルンシュタイン。調書に書かれていた外見通り、ミルクティーブラウンの長い髪に、琥珀色の瞳。優しげな印象を与える目鼻立ちだが、今は困ったような表情を浮かべていた。
俺の存在が管理官であることは、制服を見れば明らかではあるのだろうが……何のために、という部分が大きいのだろう。
だが彼女は、暫くあらぬ方向を見たかと思えば、「どうぞ」と中に入る事を促した。
「……ありがとうございます。私は就職管理局から参りました、ジギタリス・ボルネフェルトと申します。昨日の件で、皆さんに少々お話を伺いたいのですが、宜しいでしょうか?」
「は、はい、あ、あのっ、私はベルンシュタイン。フルール・ベルンシュタインです。遠い所から、わざわざ、えっと……」
フルールさんは、しどろもどろになりながらも、必死に言葉を紡ぐ。そんなに怖いか。
「ミ、ミリオンベルさん達のお知り合い、ですよね? ど、どうぞこちらに」
……俺はベルさんと知り合いだとは言っていなかったが。ああ、そうか。俺に本局から精霊がついて来ていたのか。おそらくはヴニヴェルズム。
「なんだ、ジギタリスさんではないか」
声がかけられて顔を上げれば、見知った人だった。俺と金銭的な駆け引きをしようとしていた、何でも屋の所員――スティアさんだ。彼女はやや鈍い動きをしながらも、平然と歩いている。
どこかに怪我はあるのかもしれないが、命に別状はない。俺はホっとしながら「こんにちは」と頭を下げた。
「あ、あの、全員のお話を聞きに来たらしくて……」
「ならば私がクルト達の元に案内しよう。お前は他のメンバーに知らせてきてくれ」
「は、はい! わ、わわ、分かりました!」
「そうオドオドするな。この巨体だが、別に取って食いはしない」
スティアさん、なんでそんなに偉そうなの。まるでこの家の家主みたいではないか。
俺は口に出さずに、案内役交代を買って出たスティアさんの後を追った。
彼女は一つの部屋の前で立ち止まるとノックをした。中からの返事を待った上で、「入るぞ」とドアを開ける。
「ジギタリスさんが来た。話を聞きたいらしい」
「え!? ジスさん!?」
俺の名前で明るい声を出したのは、ベルさんのようだ。が、直ぐにそれは「ううう」という呻きに変わる。何か……何かあったのは確かだが、それほど問題が無ければいいのだが。
「お加減は、悪そうですね」
促されるままに部屋に入れば、ベルさんとクルトさんがベッドに臥していた。熱がある、という感じではない。やはり昨日の一件でどこか痛めてしまったのだろう。
スティアさんは「全員の話を聞きたいらしいし、他のメンバーはここに呼ぶ」と言い残し、部屋を後にした。
「ジスさん、ベッド座る? それとも俺と寝る?」
「とりあえず、一緒に寝る事だけはありません」
今ベッドに転がったら、絶対寝る。睡眠時間は足りていないのだ。
しかしどこに居ようか、と周りを見回し、椅子を一脚見つけたが、これからここに来るであろう人が使えなくなるのは申し訳ない。少し考えてから、俺はベルさんのベッドを少し使わせて貰う事にした。
彼のベッドの足元の当たりに腰を降ろせば、ベルさんは合わせて起き上がろうとし「ううう」とまた撃沈した。
この症状、筋肉痛か。という事は、あのプレートを使ったに違いない。
「……何回ですか?」
「じ、実質八回」
俺がため息交じりに尋ねれば、答えが返ってくる。やはりプレートを使った後遺症らしい。
「実質というのは?」
「途中でプレート壊れて、片方だけで使ったから」
この辺は、全て書類に残す必要がありそうだ。大方の事件は支局で聞いて仕上げて来た書類を取り出し、ベルさんからの情報を書き込む。
「あのプレートが壊れるほど殴ったのですか?」
「いや、違う。あれで剣を受け止めたら壊れた」
「そうですか」
どちらにせよ、結果は同じだ。無理をした、という事実は曲げようがない。
「強化の総合時間としては、二十四分で間違いありませんか?」
「うん……」
「今までの最高使用時間は、六分でしたよね? 確か、それで一日は動けなくなっていたように思えましたが」
「うん……」
どうしてこうも無理をするのか。それも、一般人が。
いや、気持ちは分かる。俺だって、もしも管理官になっていなかったとしても、大切な人を守るためなら多少の無理はするだろう。
俺は立ち上がり、ベルさんの頭を撫でる。
「心配しました」
「ごめん、なさい」
「……いえ、こちらこそ知らなかったとはいえ、危険な事に巻き込んでしまって申し訳ありません。しかし、ご無理はなさらないで下さい。まして、肉体へ影響を及ぼす魔法を使っているんですから、後から何があるかは分からないのですよ」
俺は頭を下げ、それから屈んで、視線をベルさんに会わせた。
少し叱られたせいだろうか。ベルさんは申し訳なさそうに、同時にどこか不安そうに眉を下げる。
「……うん」
「心配しました」
改めて口にすれば、なるほど、自分の中でも腑に落ちた。
一昨日の一件があったせいか、俺はより、彼に何かあったのではないかと不安に陥っていたのだ。
彼だけではない。俺が頼んだ事で、俺の手の届かない範囲で、何でも屋の所員が怪我をしてしまったのではないかと……場合によっては、死んでしまったのではないかと、不安で仕方がなかったのである。
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