管理官と問題児

二ノ宮明季

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2章

2-40 ……お前ら全員、一回黙れ

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「どういう意味ですの!?」
「知ってたならとっとと言えよ!」
「んな事より、ベルは無事なんスか!?」

 どいつもこいつも、ぎゃーぎゃーぴーぴーと。

「……お前ら全員、一回黙れ」

 俺は腹の底からひねり出すような声で、じろっと三人を睨み付ける。
 そして、一瞬にして大人しくなった三人を前に、はっと我に返った。駄目だ、俺こそ落ち着け。

「お? おお?」

 俺の睨み付けた行動に対し、だろうか。グロリオーサ――もといシュヴェルツェは嬉しそうな声を上げた。落ち着け、俺。こいつを喜ばせるな。
 きっと負の感情を出せば出すほど、喜ばれる。

「いいですか、現状を手短にお話し致します」
「あー……なーんだ」

 案の定、俺が平静を装って話し出すと、彼は落胆したかのように大げさに肩を竦めた。

「グロリオーサさんはおそらくシュヴェルツェに乗っ取られています。肉体はグロリオーサさんなので、私は始末する事は出来ません」
「ねぇねぇ、サフランきゅん」
「ちょっと、馴れ馴れしいのは止めてよ」
「ごめんね、ガイスラー先輩!」

 俺が話している最中に、シュヴェルツェとサフランの話し声が聞こえて、苛立ちが増しそうになるも、無視を決め込んでそのまま話を続ける。

「野次馬の喧嘩は見て来たかと思います。シュヴェルツェに近づくと感情を増幅させられるという情報から、原因はそこにあるであろう事は、容易に想像出来ます」
「あの子、頭良くない?」
「他が馬鹿なだけじゃないの?」
「それもそうかー。あ、ねぇねぇ、ガイスラー先輩」

 今度は何なんだ。無視するとは言っても、聞かないわけにはいかない。
 俺は話を続けたまま、相手の話にも耳を傾けた。

「ただ、今の現状として、その喧嘩している民間人をも盾に取られている状態。そこで、フィラさんには、民間人が怪我をするリスクを減らす為に、彼らから遠ざける為の働きをして頂きたい。場合によっては、自らの地位を使って下さい」
「そういう事でしたのね! 分かりましたわ!」

 フィラさんへの指示は、意外なほどすんなりと通る。

「あの子、誰かに似てるって思ってたんだけどさ」
「どの子?」
「チャラチャラしたメガネの子」
「ああ、銀髪の」

 ルースの事か。

「ルースは、ベルさんを奪還出来次第、連れて逃げて下さい」
「……ッス。奪還できるまでは、置いて貰ってもいいッスか?」
「問題はないです。ただし、出来るだけ平静を保って下さい」
「ッス」

 俺が指示を出すと、彼は大きく深呼吸をした。

「あの子、レヴィンの大親友に似てるんだ」
「へー。レヴィンって誰だっけ?」
「ザコキャラのパパ」

 相手の話は、クルトさんのお父さんの事へと変わる。

「ああ、ザコキャラの」
「誰がザコキャラだー!」
「黙って話を聞け」
「……おう」

 クルトさんは、どうも落ち着きが足りない。というか、落ち着けない。

「貴方の役割は――」
「あの子とザコ君、お友達同士なのかな?」
「君が胸に抱く1枚君に聞けば? 多分二人と友達なんでしょ? 状況的に」
「人の事を覚えていない割には、アイディアはいいね!」
「当たり前でしょ。この僕なんだから」
「ねーねー、ベルきゅーん」

 俺が続けようとするも、どうにも彼の意識はシュヴェルツェとサフランに向いているようだ。

「聞いていますか、クルトさん」

 尋ねるも、返事はない。少なからずイラついた。
 今はとにかく目の前の二人をどうにかしなければならないのに。その上、ふと視線と気配を感じた。その主は、どうも民家の屋根の上からこちらを見ているようだ。
 森の中で感じた、「もう一人」の気配の相手だろうか。やはり手出しするつもりは見られないが、まさか何もしていないそちらを優先するわけにもいかず、俺は大きく息を吐きだした。
 とりあえず、クルトさんにもう一度話し掛け直さなくては。

「ねー、何か言って貰えないとつまんなーい。つまんない、つまんない、つまんなーい」
「一回置けば? 蹴りでも入れれば喋るでしょ」
「いいの?」

 ベルさんが喋らない事にしびれを切らしたのだろう。彼に危害を加えようとする二人を、クルトさんは直ぐに止めに行こうとした。が、俺はその手を掴んだ。

「いいよ。逃がさないならそれで」
「やっさしー。さすがはガイスラー先輩!」
「貴方の役割は、冷静さを保つ事です! いいですか、冷静であれば、彼らにどんな手を使って捕縛しても構いません! 状況を見ながら動いて下さい!」

 出来るだけ早口に指示を伝えれば、クルトさんはパッと顔を上げて「おっしゃ、わかった!」と言い残すと、シュヴェルツェに向かって走り出した。
 同時に、ルースはサフランへと向かう。
 フィラさんは俺から離れ、野次馬と化している民間人を安全な場所に誘導するために、必死に声を掛け始めた。
 俺はと言えば、サーベルを二本抜いて、確実なタイミングで仕留める為に身を低くした。

「ねーねー」
「何だよ!」

 クルトさんが突撃をかましたシュヴェルツェは、ベルさんを抱き上げたままニヤニヤと笑う。

「武器、出してないけどいいの?」
「あ!」

 クルトさんはびっくりした顔をして、慌てて距離を取ろうとしたが――シュヴェルツェは瞬時にベルさんを捨て、クルトさんに蹴りを食らわせていた。
 向こうに意識が向いているのなら、俺は今動く!

「聞くならこっちでもいいや」

 咳き込んで蹲ったクルトさんを追い越し、俺は二撃、三撃とサーベルを突き出した。シュヴェルツェはどんどん後ろに避けているが、おかげで少しずつではあるがベルさんから離す事は出来て来た。

「あーん、この子つよーい」
「そう? じゃ、僕の為にもそっちで暫く遊んでて」

 俺からどんどん逃げているシュヴェルツェの言葉に、サフランが少し余裕の無い声で返した。
 気配を探れば、どうも彼はルースからの攻撃を避けながら返事をしたらしい。
 ルースは魔法を使わずに、腰に差していたサーベルで、絶えず攻撃を続けている。サフラン相手には良い手だ。

「ねーねー。レヴィンジュニア君」
「お、親父とオレは違う!」
「チャラ男君とは、最初からお友達だったの?」

 俺はシュヴェルツェに対する攻撃を、緩めたりはしていない。だが、ただの一度も当たらず、終いにはのんびりとした調子でクルトさんに話し掛けられている。
 胃のあたりがもやもやする。イライラする。駄目だ、冷静になれ。

「違う!」

 クルトさんは呻きながらも身を起こすと、大きな声で否定した。同時に、投げ捨てられて丸くなっていたベルさんが、びくりと震える。

「傑作だ! かつては大親友だった二人の子は、最初から友達じゃなかったなんて!」

 シュヴェルツェが「これは喜劇だ!」と、俺のサーベルを避けながらの大げさな身振り手振りをした。
 腹立たしくはあるが、大分ベルさんから離す事が出来た事だけは、良かったと言えるか。

「はぁ? なんッスかそれ」
「僕との勝負中によそ見をしないでよ!」

 反応したのはルースだったが、己以外を見られたサフランから魔法が放たれた。尤も、ルースはそれをひょいっと避けたようだが。

「……ルース」

 ずるり、と、ベルさんが這うように起き上がる。

「ルース、に、にげっ」

 ルースは名前を呼ばれている事に気が付いたのだろう。渾身の力でサフランがいる辺りをサーベルで薙ぎ、強制的に距離を取らせた。

「ベル、大丈夫ッスか?」

 距離を取ってからは早い。彼は走ってベルさんの元へと向かう。

「ジス先輩、オレはベルを連れて逃げるッス!」
「お願いします」
「逃がすか!」

 逃がすかといった割に、サフランは体制を崩したままで中々追っては行けないようだった。
 ルースはベルさんの元へとたどり着くと、ニカっと笑って「大丈夫ッス」と断言をした。それから、腹の傷が広がるのも構わずに、彼を抱き上げる。
 同時に、ボタボタと真っ赤な血が零れた。

「クルト、しっかりするッス」
「んなの、わかってるよ!」

 苦しげな表情に無理やり笑みを浮かべたルースは、クルトさんを叱咤する。

「クルト……あり、がと」
「え、……え?」

 不意にこぼれた礼は、ベルさんのものか。

「……ごめん。でも、助けに、きてくれて……ありがとう」
「ベル……。あ、当たり前だろ! 友達なんだから!」
「お前は、一人で戦ってるんじゃ……ない、から」
「……おう」

 ベルさんからここまで聞くと、彼は両手で両頬をパンパンと叩くと「うっし」と、こちらを見据えた。すなわち、どんなに俺が追い詰めようとも、ひらりひらりと逃げるシュヴェルツェの方を。
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