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かつて世界は魔王の物であった。魔王は大勢の魔物を従え、瘴気を放ち、人々を苦しめた。
そんな中、一人の男が立ち上がる。名は、ランドルフ。元は小さな村の長の息子だった。
彼は人々が想像もしなかった武器を作り、知恵を使い、それを持って魔王を退けたのだ。
彼は、弱者にはとても優しかった。
幼い頃から高い知性を持ち、大人に助言する事すらあったという。そして、狭き門である都市の学園に招かれた。
麗しい相貌と、物腰の柔らかさ。そして、不思議と人々を魅了するその姿に、始めは反発していた級友も次第に心を開いた。
そして彼が学園を卒業した、16の頃。魔王を倒して平和を手にする為に旅に出る。
学園で培った知識と、彼に力を貸す者、そして特別な思考により、あっという間に魔王城を掌握し、彼は「勇者」と呼ばれるようになった。
貧困や飢餓が完全になくなった訳ではない。だが、今は彼が必死に国を支えている人物の一人。彼無しでは光ある未来などありえないと、そう言われている。
そうして、今は元魔王城であった場所に住まい、人々を優しく導いているのだ。
「だ、そうだ」
突然長々と語ったかと思えば、俺の眷族であるレイラが鼻で笑いながら、テーブルに新聞を放り投げた。
「おー、人間達は平和だな! このまま元気になって欲しい」
「はぁぁ? 魔王様は頭がお花畑過ぎるだろう」
俺が樽の中の豆の発酵調味料を混ぜながら返せば、彼女は苛立たしげに足を組み直す。
レイラ――ドラゴンなのだが、俺と日常生活を送る上で家の中に入れないのは不便なので少女の姿をとっている彼女は、ちょっと態度が大きい。
尤も、眷族なんていうのは利害の一致で、一緒に居る相手の事を指す。人間のイメージとは随分と違うのだが。
レイラは、俺……というか、人間のイメージする魔王について好き勝手書かれた新聞が気に入らなかったようで、「あー、もう!」と怒りながら、一度は放ったそれをくしゃくしゃに丸めて立ち上がる。
黒と白の、丈の短いエプロンドレスを蹴りながら、ずんずんと大股で窓へと向かった。
「むしゃくしゃする!」
「気にすんな、って」
俺は、さっきレイラが読み上げた新聞の内容が、人間達の中にある魔王討伐奇譚である事を知っている。
かつて……っていっても、冬を一、二回越した程度の昔の事だけど。俺が魔王城と呼ばれていたところに住んでいた頃。
俺はれっきとした魔王だった。いや、今も魔王であることは変わらないのだが、あの頃の方が魔王っぽかったとは思う。
魔王とは人間とは比べ物にならない程の身体能力と、丈夫さと、強大な魔力を持ち、様々な魔法を操る存在の中で、一番強い者を指す。ナンバーワン以外の名称は、悪魔。
これらは人間がつけたものを、俺達も「お、じゃあその名称もーらい」という感覚で使っているにすぎないが、そこはまぁいい。どうやって生まれたのかは、俺達自身ですらあやふやで、いつの間にか「在った」という方が、認識としては近い。
そんな曖昧かつ強力な存在である俺達でも、瘴気には弱く、お腹を壊してしまっていた。
そこで、俺や悪魔は持ち前の魔力と丈夫な胃袋を使って効率よく食料を作り、食事を作り、それを食べていた。
人間風に言うのなら、集団で農業と酪農と食品加工、それからレストラン業に勤しんでいたのである。
何故かと言えば、瘴気によって、食べる事の出来る物が減っていたからだ。
この瘴気、人間達は魔王率いる胃と身体が丈夫な集団が作り出し、人間達を苦しめていると思い込んでいたのだが、実際はそんな事は無い。この瘴気という物は生き物が生活していく中での「穢れ」が地面に溜まり、やがて霧状になったそれが現れる現象というだけなのだ。
瘴気があると食物は育ちにくく、育っても毒が強く含まれる。その毒を強く含む物を餌にする家畜にも毒が蓄積され、皆困窮していってしまった。
更に瘴気は「穢れ」。食糧が足りなくなれば、次に起こるのは争いだ。これにより傷ついた人々が更に穢れを生み、穢れは瘴気となる。完全に悪循環だ。
魔王城は、人よりも丈夫な者が集い、瘴気に負けぬ食事を作って生活する場だったのである。
「チッ。魔王様、あの野郎が来やがったぞ」
レイラは忌々しげに俺の方を振り返った。肩まで伸ばした赤い髪が揺れ、ついでに角の片側に着けたリボンも揺れた。
「お前、何で窓際に居たんだ?」
「決まっているだろう。忌々しい新聞など、掃除道具にしてやろうと思ったのだ!」
なるほど。それでくしゃくしゃに丸めたのか。
レイラは丸めた新聞紙で、窓をピカピカに磨いていたらしい。
――トントン。
ドアが叩かれる。レイラの言う「あの野郎」が来たのだろう。
「開けた瞬間に頭を潰してやろう!」
「こらこら、そういうのはよくないだろ。人間は食べ物じゃないんだから」
俺は呆れながらもレイラを制し、ドアを開けた。
「やあ、僕のサイラス」
開けた向こうには、金髪碧眼王子顔負け甘いルックスの男。「僕の」の発言に思わず閉めようかとも考えたが、俺が行動に移すよりも先に、レイラが間に割り込んできた。
「貴様、何をしに来た! 魔王様に僕の、などと寝言を語りに来ただけなのであれば、その綺麗な服を剥いで掃除用具にしてしまうぞ!」
「やあ、レイラさん。今日も可愛らしいね」
最初から好戦的なレイラに対し、そいつ――勇者のランドルフはさわやかに笑う。
こいつが俺達から魔王城を奪い、人間に平和をもたらしていると言われている、新聞で思いっきり持ち上げられていた男だ。
魔王城の代わりに、山の中の小さな小屋を一つ貰って生活しているのが今の状況だが、かまどだとかなんだとか、また一から作るのもそれなりに楽しかったし、俺はあまり恨んではいない。
そもそも、人間が攻めてきた理由は、魔王と瘴気が関係あると思っていたからであるし、お腹が空いていれば人は簡単に凶暴化する。生き物として、当たり前の事だ。
とはいえ、家畜化していた魔物を放され、逃げた魔物が街に向かったせいで魔王が送り込んできた刺客扱いされたのは、ちょっと納得がいかないが。俺、悪くない。
そんな中、一人の男が立ち上がる。名は、ランドルフ。元は小さな村の長の息子だった。
彼は人々が想像もしなかった武器を作り、知恵を使い、それを持って魔王を退けたのだ。
彼は、弱者にはとても優しかった。
幼い頃から高い知性を持ち、大人に助言する事すらあったという。そして、狭き門である都市の学園に招かれた。
麗しい相貌と、物腰の柔らかさ。そして、不思議と人々を魅了するその姿に、始めは反発していた級友も次第に心を開いた。
そして彼が学園を卒業した、16の頃。魔王を倒して平和を手にする為に旅に出る。
学園で培った知識と、彼に力を貸す者、そして特別な思考により、あっという間に魔王城を掌握し、彼は「勇者」と呼ばれるようになった。
貧困や飢餓が完全になくなった訳ではない。だが、今は彼が必死に国を支えている人物の一人。彼無しでは光ある未来などありえないと、そう言われている。
そうして、今は元魔王城であった場所に住まい、人々を優しく導いているのだ。
「だ、そうだ」
突然長々と語ったかと思えば、俺の眷族であるレイラが鼻で笑いながら、テーブルに新聞を放り投げた。
「おー、人間達は平和だな! このまま元気になって欲しい」
「はぁぁ? 魔王様は頭がお花畑過ぎるだろう」
俺が樽の中の豆の発酵調味料を混ぜながら返せば、彼女は苛立たしげに足を組み直す。
レイラ――ドラゴンなのだが、俺と日常生活を送る上で家の中に入れないのは不便なので少女の姿をとっている彼女は、ちょっと態度が大きい。
尤も、眷族なんていうのは利害の一致で、一緒に居る相手の事を指す。人間のイメージとは随分と違うのだが。
レイラは、俺……というか、人間のイメージする魔王について好き勝手書かれた新聞が気に入らなかったようで、「あー、もう!」と怒りながら、一度は放ったそれをくしゃくしゃに丸めて立ち上がる。
黒と白の、丈の短いエプロンドレスを蹴りながら、ずんずんと大股で窓へと向かった。
「むしゃくしゃする!」
「気にすんな、って」
俺は、さっきレイラが読み上げた新聞の内容が、人間達の中にある魔王討伐奇譚である事を知っている。
かつて……っていっても、冬を一、二回越した程度の昔の事だけど。俺が魔王城と呼ばれていたところに住んでいた頃。
俺はれっきとした魔王だった。いや、今も魔王であることは変わらないのだが、あの頃の方が魔王っぽかったとは思う。
魔王とは人間とは比べ物にならない程の身体能力と、丈夫さと、強大な魔力を持ち、様々な魔法を操る存在の中で、一番強い者を指す。ナンバーワン以外の名称は、悪魔。
これらは人間がつけたものを、俺達も「お、じゃあその名称もーらい」という感覚で使っているにすぎないが、そこはまぁいい。どうやって生まれたのかは、俺達自身ですらあやふやで、いつの間にか「在った」という方が、認識としては近い。
そんな曖昧かつ強力な存在である俺達でも、瘴気には弱く、お腹を壊してしまっていた。
そこで、俺や悪魔は持ち前の魔力と丈夫な胃袋を使って効率よく食料を作り、食事を作り、それを食べていた。
人間風に言うのなら、集団で農業と酪農と食品加工、それからレストラン業に勤しんでいたのである。
何故かと言えば、瘴気によって、食べる事の出来る物が減っていたからだ。
この瘴気、人間達は魔王率いる胃と身体が丈夫な集団が作り出し、人間達を苦しめていると思い込んでいたのだが、実際はそんな事は無い。この瘴気という物は生き物が生活していく中での「穢れ」が地面に溜まり、やがて霧状になったそれが現れる現象というだけなのだ。
瘴気があると食物は育ちにくく、育っても毒が強く含まれる。その毒を強く含む物を餌にする家畜にも毒が蓄積され、皆困窮していってしまった。
更に瘴気は「穢れ」。食糧が足りなくなれば、次に起こるのは争いだ。これにより傷ついた人々が更に穢れを生み、穢れは瘴気となる。完全に悪循環だ。
魔王城は、人よりも丈夫な者が集い、瘴気に負けぬ食事を作って生活する場だったのである。
「チッ。魔王様、あの野郎が来やがったぞ」
レイラは忌々しげに俺の方を振り返った。肩まで伸ばした赤い髪が揺れ、ついでに角の片側に着けたリボンも揺れた。
「お前、何で窓際に居たんだ?」
「決まっているだろう。忌々しい新聞など、掃除道具にしてやろうと思ったのだ!」
なるほど。それでくしゃくしゃに丸めたのか。
レイラは丸めた新聞紙で、窓をピカピカに磨いていたらしい。
――トントン。
ドアが叩かれる。レイラの言う「あの野郎」が来たのだろう。
「開けた瞬間に頭を潰してやろう!」
「こらこら、そういうのはよくないだろ。人間は食べ物じゃないんだから」
俺は呆れながらもレイラを制し、ドアを開けた。
「やあ、僕のサイラス」
開けた向こうには、金髪碧眼王子顔負け甘いルックスの男。「僕の」の発言に思わず閉めようかとも考えたが、俺が行動に移すよりも先に、レイラが間に割り込んできた。
「貴様、何をしに来た! 魔王様に僕の、などと寝言を語りに来ただけなのであれば、その綺麗な服を剥いで掃除用具にしてしまうぞ!」
「やあ、レイラさん。今日も可愛らしいね」
最初から好戦的なレイラに対し、そいつ――勇者のランドルフはさわやかに笑う。
こいつが俺達から魔王城を奪い、人間に平和をもたらしていると言われている、新聞で思いっきり持ち上げられていた男だ。
魔王城の代わりに、山の中の小さな小屋を一つ貰って生活しているのが今の状況だが、かまどだとかなんだとか、また一から作るのもそれなりに楽しかったし、俺はあまり恨んではいない。
そもそも、人間が攻めてきた理由は、魔王と瘴気が関係あると思っていたからであるし、お腹が空いていれば人は簡単に凶暴化する。生き物として、当たり前の事だ。
とはいえ、家畜化していた魔物を放され、逃げた魔物が街に向かったせいで魔王が送り込んできた刺客扱いされたのは、ちょっと納得がいかないが。俺、悪くない。
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