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しおりを挟む食欲に負け、ショーユ煮の端っこを切って、四等分する。
「ほら」
そしてそれぞれに渡し、俺も口に入れた。
ショーユと蜜の甘辛い味付けと、お肉から香る野性味。それから、お肉本来の持つ脂が、噛む事により口の中に広がった。充分に美味しく出来ている。
「こ、これは……!」
「美味しいわ」
「そうだな。やはり魔王様の食事は、とても美味しい」
震え出した勇者を余所に、オリヴィアとレイラが続けた。オリヴィア、魔物を食べる事に抵抗が無くなって来たのかな。
やっぱりお腹は空いてたんだろうなぁ。俺達に警戒心をちょっとだけ解いて来たから、お腹の具合に正直に、食べるようになっただけで。
「醤油の香りと、この甘い味。僕はこれを知っている……!」
おー、知ってたのか。
「これは、まさしくチャーシューだ! ラーメンの上にのっているとテンションが上がり、おつまみとして出されてもテンションのあがる、この甘辛い味」
ん? 知らないな。このショーユ煮って、チャアシュウって言うのか。
いや、ラアメンの方か? どっちだ? やっぱりチャアシュウ? 勇者が落ち着いたら聞こう。
「パンチの利いた味に、野性味のある僅かな脂を感じると、こってりと濃厚な姿へと変貌する。いくらでも食べられてしまう禁断の食べ物」
殴ってもいないのにパンチを食らったらしい。それだけ美味しくて衝撃的だったって事だな! 作り甲斐があっていいなー。嬉しい。
「それに何より、本来ならば豚で作る筈のこれをマンティコアの肉で作っているせいで、どうしても自然を感じる。獣のような僅かな臭みすらも完璧に一つの料理としてまとめ上げている」
臭みって。俺、ちゃんと臭み消しをしたし。上手に捌いたもん。
勇者だって美味しいって食べてるくせに、ちょっと失礼な表現をするな。食べなれていないからかな。
「そしてマンティコアだけど、僕はこの肉も知っている」
知ってるのかよ! 食べなれてるじゃん!
「かつて、鍋で食べた事がある。これは……牡丹肉だ」
ボタンニク……? ボタボタ切り落とすから?
「いくらなんでもマンティコアのライオンっぽさから獅子へと変換され、その獅子を猪としての味にしていたとは誰も思うまい」
マンティコアはマンティコアなんだけどなー。
「オーマイゴット。神よ。何故このように美味しいお肉へと変貌させたのだ。感謝以外の言葉が見つからない」
……美味しいみたいだし、細かい事はいいか! 勇者が大げさに褒め称えるのはいつもの事だし。
「はー、僕が転生する時、神はこの果てなき暇をつぶす為にここで永遠に私と双六をするか、上手い事冒険してくるか選べ、なんて言ってたけど、まさかうまい事のうまいは、美味しいって言う意味だったなんて……」
まるで神に会った事があるような口振りだが、勇者の事だ。どこかで会っていても可笑しくはあるまい。
「この国はグルメが凄い……。特に魔王の」
「ん? 俺?」
「そう、サイラスの! サイラスは攻撃的でも無ければ、女性用の服を着せれば男の娘でもいけそうなビジュアル。その上料理上手なんだよねー。ハーレムに加えたかった」
「はーれむ」
ちょっと、なんか不穏な気配を感じるな。俺、女の子の服は着たくないし。
「ん? 勇者は今、ほーむれ、と言ったか?」
「いやいや、ハーレムだって」
「葬れ、だな! 任せろ!」
「ちょ、レイラさん、目が本気でいらっしゃる……」
いいぞー、やれー、と言いたいところだが、一応止めておこう。勇者がいないと、人間達が混乱してしまう。
「何? やるつもり?」
「貴様の男が先にこちらに手を出してきたのだ。覚悟はあるとみなすのが当然だろう?」
「嫌だわ。ちょっとした戯れじゃない」
間にオリヴィアが入ったが、彼女の言うように戯れにしか見えない。女の子同士だと、やっぱり仲がよさそうに見えるな。
「あー、勇者勇者」
「何かな? 僕のサイラス」
「貴様の物ではない! ボクの魔王様だ!」
勇者はともかく、レイラの言葉を否定するのは気が引けるな。よし、スルーしよう。
「なぁ、これ、チャアシュウ? ラアメン?」
俺はショーユ煮を指差して尋ねる。
「チャーシューだよ」
「チャアシュウか」
お前の名前は今日からチャアシュウだぞ。と、いう事は、ショーユ煮は皆チャアシュウなんだな。きっと。
「ラアメンは?」
「ラーメンだよ」
「違う。ラアメンって何だ?」
食べ物か?
「小麦を練って細くした麺に」
「……メン?」
「もしかしてそれは、パスタかしら?」
「あー、まぁ、そうなんだけど。こっちで食べる様な奴はどっちかと言えばショートパスタってやつだからなぁ。えーっと」
勇者は少し考え込んでから、やがて俺を見て口を開いた。説明してくれるらしい。
「小麦にかん水とか、代わりに重曹でもよかったかな。とにかくそれと塩を入れて、捏ねて、畳んで、細く切って、茹でると、長い食べ物が出来るんだよ」
「カンスイとかジューソーって何だ?」
「何だと思う?」
分からないから聞いたんだが。
「僕も分からないんだ。何なんだろうね」
謎が増えただけだった。
「けれど、パスタと同じように作るのなら、長くすればいいだけなのでは?」
「あー、最初はその辺からでも良いかも。ラーメン……」
「他は?」
俺が尋ねると、勇者はこてっと首を傾げた。ラアメンが何なのかの説明の続きが聞きたいだけなんだが。
「メンの他に、何があるんだ? チャアシュウは分かったけど」
「あぁ、スープ」
「スープ」
どうやら、メンは長いスープの具材らしい。
「大きく分けると、豚骨、鶏ガラ、魚介、野菜の出汁……あー、えっと、動物の骨とか、クズ野菜の旨味を滲み出させた水。これをベースに、味噌、醤油、塩の三パターンの味付けがしてあるスープ。これに何かしらの脂とか、なんか、そう言うのを突っ込んで茹でた麺の上にかけ、チャーシューとか、炒めた野菜とか、ゆで卵とかを乗せた食べ物、かな」
「おー、美味しそうだな」
「美味しいんだよ!」
勇者の言葉を拾っていけば、それらしいものは作れそうだ。
まずはメンを作ってドナベして、魔物の骨もドナベして、水で……えーっと、煮た方が、良いよな。うん。一回煮て、味付けをして、脂はベエコンとか作った時に出た物でいいか。そういうのが溜まる様にしておけば手に入る。
「いけそうな気がしてきた! 今は無理だけど!」
「サイラス、お嫁に来ないかい?」
「だ、断固拒否」
「そうだ! 魔王様をお嫁に貰うのはボクだ!」
「そうよ、ランドルフのお嫁さんは私なんだから!」
あぁ、調理は進まないのに、話しだけは進んでいく! しかも全然関係ない奴。
俺は咳払い一つ。「作るの、続けるぞ」とレイラに声を掛け、再開したのだった。
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