悠久思想同盟

二ノ宮明季

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 ざわめいた音。生ぬるい温度。
 私は、はっ、と気が付き、周りを見渡す。ここは……教室?
 前までは、ゲームスタートの空間に飛ばされて、自分の戻りたい所に戻れたはずなのに。人形の反乱に抗う事は出来なかった、といったところか。
 私は大きく息を吐き出してから、周りを改めて確認した。
 とりあえず手は人間の物。私の席は教室の丁度真ん中。周りの生徒、および自分は、高校の制服を着ている。
 教壇に教師の姿はなく、黒板には『始業式の流れ』だとか、『二年としての心構え』だとかが書かれていた。
「あ、あの、あのっ!」
「……何?」
 声を掛けられて、私はそちらを向く。黒髪で真面目そうな同級生の顔は、ぼんやりと頭に残っていた。私が事故に遭う前の教室で、声をかけたそうにしていた人間だ。
「わ、わた、わたしっ……も、もも、百瀬さんと、あの……」
 何とも要領を得ない。私は彼女が言いたい事を言えるまでの間、また教室を見渡す。
 出入り口から、日高が男子生徒二人と一緒に出て行ったのが見えた。とりあえず人形のような風貌ではなくて、安心した。
「わ、わたしね、百瀬さんと、あの……」
「ねぇ、誰? 前のクラスで一緒だったっけ?」
 結局言いたい事も分からないので、私はまず、相手の素性を聞く事にする。
 すると、彼女はもごもごと口を動かしてから、「あの!」と急に大きな声を出した。
「わたし、岸望美きしのぞみっていうんだけど、あの、今日から同じクラスになって、えと、だから、百瀬さんと話してみたくて!」
 彼女の答えに、私は暫し考える。
 ……誰?
 去年までは違うクラスだったようだが、態々、周りと関わらない私に、本気で、しかもプリント等も関係なしに声なんてかけてくる相手だなんて、特殊だ。私が周りに興味を抱けなかったせいで、覚えていないだけで、何かしらで関わった事でもあったのだろうか?
「……ごめん、私、岸の事は知らない。失礼だけど、どこかで関わった事はあった?」
「あ、ううん、違うの。百瀬さん、有名なの」
 有名? 私は彼女の言葉に、首を傾げる。
「あ、あの、あのね、見た目は不良っぽいけど、全然誰とも関わらないって」
「それは、良い評価なの? 悪い評価なの?」
「わ、わわ、わかんない、けど……」
 まぁ、確かに微妙。それにしたって、変な有名のなり方……。
 これが本当に現実とリンクしているかは別としても、嬉しくも不快でもない評価というのは何とも言えない。
「わたし、そんな百瀬さんと話してみたくて! だから、あの……一緒に、帰らない、かな、って……」
「ごめん、まだちょっと確かめる事があるから。というか、家の方向一緒なの?」
「わ、わかんないけど、校門出るまでなら、って」
 ……ちょっと前の私なら、直ぐに断っていただろう。
 だが、今の私からすれば、一緒に帰るくらいは構わない。多少は人と関わる気が出てきているのだ。
 それは過去を改ざんしてきたせいなのか、それとも長い間、無関心な日高と一緒にいたせいなのか。どちらにせよ、私の内面に変化が出ているのは否定しきれない。
「いや、方向くらい聞けばいいじゃん。その上で判断しなよ」
「そ、そんな、恐れ多い!」
 私の認識、これ、絶対良い物じゃないでしょ。さっきの良い評価か悪い評価かで考えれば、悪い評価の人間に対する反応のように感じた。
 まぁ、これが現実とリンクしているのなら、という言葉が、必ず付きまとうのだけど。何しろ、私達は人形に勝手にここに送られた状態なのだ。
 いうなれば、ここは人形のテリトリー内。
「……いや、あのね――」
「事故だ! 校門の直ぐ先の交差点で、男子が撥ねられたって!」
 私の言葉は、遮られた。教室に、慌てて駆け込んできた男子生徒の声によって。
 私の身体は自然と自分の席を離れ、慌てて駆け込んできた男子生徒の両腕を掴んで「ちょっと、それ、どんな人!?」と尋ねていた。
 悪い予感がする。校門の先の交差点は、私が撥ねられた場所だ。そして、おそらく日高も。
「嫌、俺はちょっと……」
「日高だって聞いたよ! さっき帰った所だったし」
 男子生徒が口籠ると、その後から駆け込んできた女子生徒が声を上げる。
「江藤と川島は? あいつ、その二人と一緒だっただろ」
「撥ねられたのは一人だろ! 他は聞いてねぇし」
「じゃあ日高だけ?」
 教室中の声が、音が、大きく響いて頭の中で反響する。
 煩い。違う、そうじゃない。煩いのは外じゃない。私。私の、心臓だ。
 動いているはずのない心臓が煩い。
 日高がこれ以上、ゲーム―オーバーしてしまったら……あいつは、人形になってしまう。
 でも、果たして私が動揺しているのはそんな理由なのか。
「みなさん、落ち着いて!」
 教師が教室に入って、大声を出した。この人も、かなり焦っているようだ。
 私は結局――教室を飛び出した。
 人の多い廊下、ざわついた学校。足に纏わりつくスカートが邪魔くさい。
 色んなモノに当たりながら、走る。
 途中、教師からの静止の言葉もあったが、無視をした。ただただ、息を切らせる。胸が痛い。
 でも、後は階段さえ下りれば、昇降口だ。
「――ぁっ!」
 焦りが招いたのか。私の足は、階段の淵と擦れ合い、意味をなくした。
 一度滑ってしまえば、後は簡単だった。
 足は嫌な音を立てて、私の視界や体は反転し、そのまま何度も打撃を受ける。頭の中が白くなる感覚。
 強く打ちつけられたせいだろう。
 どんどん落ちる身体。何度も襲う痛み。黒く塗りつぶされる視界。


 ふと気が付くと、真っ暗な空間。空に浮かぶ、『GAME OVER』の文字。
 私は、死んだらしい。どうやらかなり打ち所が悪かったらしいが、どうも実感がわかない。
 『コンテニュー シマスカ?』と、文字が現れ、勝手にカウントをしていく。私は思わず「コンテニューする」と答えてしまった。
 右手に続いて、左手も人形のようになっていたというのに。これじゃあ、相手の思う壺だろうと分かっていた筈なのに。
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