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結果から言えば、死ぬかと思った。
最初こそ退屈だったものの、徐々に酷い吐き気、頭痛や眩暈に襲われたのである。
これがむち打ちの症状で、特に問題はないと聞かされたのだが、私としてはどうにかしてくれ、と言いたかった。無理な物は無理なのだろうが。
そんな中で、何度かMRIなどという、うっかり冷凍睡眠でも出来そうな外観の機械に突っ込まれての検査を二回、レントゲンを五回撮られ、一応は異常無しとされたが、まだ退院は出来ず、大部屋に移されて、隣のベッドの小学生とトランプをするくらいの仲になっていた。
この期間、実に十四日。二週間でこれだけ色々出来るらしい。
学校の勉強においていかれているのは不安だが、これはこれで悪くない。
何故か毎日プリントを持ってお見舞いに来てくれる岸とは、やっぱり話した事の無い事になっていたが、ゆっくりと仲良くもなっていた。
自分から関わっていく気が起きるという事を自覚し、私は変わったのだと思った。勿論過信はしていないし、注意しなければまた誰かを酷く傷つける事になるかもしれない事も理解しているが。
「百瀬さん、検温です」
朝の恒例、検温タイム。看護師が、体温計を渡してきたので、私は大人しく測る。
その間に看護師は、テキパキと血圧や脈を測った。やがて電子音がしたので、体温計を看護師に渡す。
「お熱は無いですね」
えぇ、平熱でした。
「……あ、そういえば」
「どうかしました?」
道具を仕舞っていた看護師に話しかけると、彼女は天使のスマイルで聞き返した。
「私と一緒に入院したっていう、日高笑太って、意識戻ってますか?」
「あぁ、日高さんは意識が戻って、今は元気ですよ」
私の問いに、彼女はあっさりと答えてくれた。
世の中は守秘義務だのなんだのと騒いでいるので、教えてくれない可能性も考えたのだが、杞憂だったようである。……同級生だからかな?
よし、今日は院内散策しよう。そして日高と会ってみよう。
道具を仕舞い終えて、「それじゃあ失礼します」と去っていく看護師を見ながら、私はそんな事を思っていた。
昼食を食べ終えてから、松葉杖を突きつつ病院内をうろつく。
最初に大部屋のネームプレートを見たが、日高の名前は無かったので、個室周辺のネームプレートを見て歩く。
……あった。
端っこの部屋に、「日高笑太」と書かれたプレートが付いている。
「……ちょっと、緊張する」
私は小さく呟いてから、ドアをノックしてみた。
「はーい、どうぞ」
中から、間延びした声が聞こえる。久しぶりに聞いたが、間違いなく日高の物だった。
私はスライド式のドアを開けて、中を覗いた。
「――百瀬!」
日高が驚いた顔をして、私の名前を呼ぶ。
「あ、あれって妄想じゃなかったみたいだね。覚えててもらえて安心した」
私は言いながら、するりと個室の中へと入って、日高のベッド近くにある、パイプ椅子に腰かけた。日高は、腰から下に毛布を掛けたまま、半身を起して小説を読んでいたようだったが、直ぐに閉じて、サイドボードの上に置く。
「百瀬、無事?」
「まぁ、ここまで一人で来れるくらいには。あんたはどうなの?」
私は日高に尋ねると、彼は「奇跡的に」と笑って見せた。いつものニヤニヤではない顔で。
「日高は、さ。なんか変わった?」
「変わったよ。沢山、変わった」
私の質問に、彼は頷く。
「まず両親との問題。あんまり干渉し過ぎると、苦しいって事をちゃんと伝えたら、距離の取り方は難しいけど、少しずつどうにかして行きたいって」
日高は、噛み締める様に語りだした。多分、これは掻い摘んでいるのだろう。
本当は、こんな短い言葉では纏めきれないくらい、大変だったと思う。その現場を私は見た訳じゃないけど、彼が言葉を噛み締める様に口にした理由は、きっとそれだ。
……簡単なはずなんて、無いもの。
「江藤と川島の件は、ようやく学校も動いてくれる事になった。というか、担任以外の方にかなり話が回ったみたい。江藤と川島は、飛び込めコールが露見して、只今絶賛停学中。俺が復帰して、あいつらも復帰してからが、本当の勝負だろうなぁ。まぁ、いいけど。俺は俺で、ちゃんと考えて、ちゃんと成長して、あの場所でした行動以外で示していきたい」
日高の強い意志を感じた。あの場所で、最初にあった時とは全然違う。
「百瀬は?」
今度は私が問われる番だ。
「私は、母親との関係は修復しつつある。たまに、まだちょっとぎこちない事もあるけど、そこは時間が解決してくれると思う。焦っても仕方がないし、前よりもいい方向に向かってるんだから、ゆっくりでもいい」
言葉にしてみたら、なんだか余計に安心した。私、大丈夫そうだ。
「友人関係も、何とか出来ると思う。今は、毎日プリント持ってきてくれてる、岸って子とちょっとずつ仲良くなってる所。学校に出た時に、そんなノリで、もっといろんな人と関わっていけたら、って思ってる」
私がそこまで語ると、彼は「そっか」と口にした。
「ところで、百瀬」
私は「何?」と答えると、彼は「あー、えーと」などとモゴモゴと口ごもり、視線を泳がせる。
「そのー、と、……友達の約束、とか……したっけ?」
「あぁ、あれって私だけの夢じゃなかったんだ」
私が相槌を打った時には、日高の頬は真っ赤になっていた。どうやらかなり恥ずかしかったらしい。
「あの、白いフィルターかかったみたいな、交差点での話でしょ?」
「そう、それ!」
「じゃあ、友達になろうか」
はい、と、右手を日高に差し出す。彼は赤い顔のまま、おずおずと私の手を握った。
「今日から、友達って認識でいいんでしょ?」
「うん、いいよ」
日高は赤かった顔を、今度は綻ばせて返事をする。柔らかい表情だった。
「あ、ついでに、同盟も組む?」
「……同盟?」
「そう、悠久思想同盟」
私がそう言うと、彼は「うーん」と渋る反応を返す。そうなる気はしていたけどね。だって、悠久思想同盟の意味は、あまり良くなかったし、その言葉が出た世界も、良い物ではなかったから。
「あの時のとは意味は変えちゃうけど。そうだな……悠久にも思える人生を、いろんな体験をして、学んでいくっていう事を志す同盟、みたいな?」
日高が、きょとんとしている。なんか、面白い。
「なんだよ、それ……」
彼の表情は、また変わる。
「なんだよそれ、面白い!」
良い方向へと変わる。
「良いじゃん、同盟も組もう。面白そう。あまりいい印象は無かったんだけど、それなら悪くない」
「でしょ? いい物じゃなくってもさ、折角だから名前だけ残して、同盟を組みたいって思ったの。平行世界でのこと、忘れないように」
日高の同意が得られたので、私はにやーっと笑ってやった。
「意味さえ変えちゃえば、こっちのもんじゃん?」
「そうだね。あ、そうだ」
日高も、私につられたのか、にやーっと笑う。
「意味、更に追加。駄目そうなときは、お互い助け合う、と。どう? 依存はしすぎない。けど、助けて貰うのは依存じゃないでしょ?」
「あぁ、良いじゃん」
段々楽しくなってきた。
直ぐに全部は変われなくても、少しずつなら変わる事が出来る。そして、変える事だって。つまり、いろんな経験には意味があるのだ。
私達にとっての転機は、たまたま平行世界の狭間での出来事だったが、これから、また何度もあるかもしれない。成長したいという欲も出てきた。
「お互いがお互いのプラスになれる存在になれるようにしていこう」
「そうだね」
私達は、進む。
まだ分からない部分も沢山あるし、これから苦しむ事だって当然あるだろうけど。
「それから、さ」
「何?」
日高の言葉に、私は首を傾げる。
「あの世界の俺達に、自慢できるように生きよう」
「そうだね」
目標は人を強くする。未来を照らす。
苦しい時は、逃げたっていい。逃げる事だって、経験の内の一つだ。
そして、誰かに頼ったっていいのだ。その為の友達なのだから。そして、まだまだ、親には甘えてもいいのだと思う。
謎の経験をした結果、導き出した私の答えは、これだ。出来る出来ないは関係なくて、少しでも、ほんの少しでも頭の隅に置いておけば、自然と動ける気がする。
そうして、生きていくのだ。
「さて、百瀬。友達として、悠久思想同盟として、一ついい?」
「何?」
日高は、お得意のニヤニヤ顔で、握ったままの私の手に力を込める。
「橙子、って、呼んでもいいかなーって」
あぁ、なるほど。いつまでも苗字呼びと言うのも、確かに少し味気ない気もする。
「いいよ、笑太」
私は、笑太の手を、握り返した。
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じゅんちゃん100%さまのご感想に、いつもやる気を頂いております。
本当にありがとうございます!