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三月の告白
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「最後だから、君が欲しい」
暗がりで内緒の行為をした。彼は嘘で固めた甘い笑みを浮かべ、私に触れる。
指と指が触れ、気が付くと絡み合っていた。
私は、絡めた熱に夢を見る。
もしかしたら私を本当に好いてくれているのではないか。君が欲しい、というのは、心からの言葉なのではないか。
そんなものは、幻想だと理解しながらも、愛される事を望んでいた。
好きになったのは、クラスの人気者――山田。こいつは同じクラスの美人、吉岡と恋人だと言うもっぱらの噂だった。
知ってはいたが、私は三月頭の、卒業式を控えた日に校舎の裏に呼び出され、彼に惑わされてしまったのである。
誰にも言えない、君との逢瀬を、嬉しいと思ってしまった私は……人として最低なのかもしれない。
触れた指が熱い。どんどん顔が近づく。
恋人がいる相手に、抵抗も出来ずに目を瞑ってしまう自分に嫌気がさした。
それでも、日の沈みかけた三月の空と、夕方色を隠す校舎の影で、私は内緒の口づけを交わしてしまったのだ。
「俺達、付き合わない?」
恋人がいるのに?
私は喉元まで出かかった言葉をゴクリと飲み込むと、「うん」と頷く。
そうだ、私は知らなかった。
山田と吉岡が付き合っている、なんて。何も知らなかった。
好きな人に告白されたから付き合う。自然な事じゃないか。
「それじゃあ……」
山田は私のマフラーに手をかける。
ひやりとした空気が入り込み、思わず身震いをした。
「あぁ、ごめん。君が欲しい、の話なんだけどさ」
露出した私の首筋に、冷えた彼の指が触れる。
「いいよね?」
確認されたのに私は……小さく頷いてしまった。
どこが好きだったかと問われれば、きっと最初は笑顔だった。
「――っ」
三月といえども十分に冷たい空気に冷やされたのは、私も彼も同じ。
促されるままにホイホイと山田について行き、あまつさえ彼の部屋に通された私は、彼に笑顔を向けられながらも、マフラーを取り払われた。
そのまま、ストーブがつくまでも我慢できない相手に、制服のリボンに手をかけられた。
冷たい空気が私を責め立てる。
相手に恋人がいる事を知りながら、これが嘘の恋人関係であると知りながら、状況を甘んじて受けるつもりなのか、と。
大体にして、あの言葉を覚えていない訳ではないだろう。山田が私に言った、「最後だから、君が欲しい」の言葉を。
最後って、卒業って意味でしょ?
卒業したら……どうするの? 最後だから私が欲しいって、どう考えたって、一回こっきりの発言じゃないか。
「……あの」
「何?」
声をかけるも、笑顔の山田に何も言えずに、私は「何でもない」と続けた。
ストーブはまだつかない。けれども、私のストッキングは既に私の足を離れ、横でくしゃくしゃになっていた。
暑くも無いのに、一人でもないのに、自室でもないのに、どんどん私を覆う衣服が減っていく。
本当にこれでいいの? 無かった事にして、好きだから、恋人だから、最後だからと、本当に受け入れてもいいの?
「山田は……えぇと」
口籠りながらも、もう一度口を開く。
ブレザーは床に落ちた。今度はワイシャツのボタンが外されそうだ。
あれ、そう言えば今日の下着ってどんなだったっけ? そもそも、上下はちゃんと揃っていたかな。こんな事なら、常に可愛いものを身につけておけばよかった。
あぁ、違う。そうじゃない。
「何で、私を好きになったの?」
ピタリと、山田が止まった。
同時にストーブが「ボッ」と一瞬だけ音を立ててついた。
「何でって、何で?」
彼は眉間に皺削寄せて首を傾げる。
「い、いや、だって私、吉岡と比べたら月とスッポンのスッポン側だし、細くも無いし、胸も無いじゃん。それに頭がいい訳でも、話が面白いわけでもない。山田とだって、そんなに頻繁に喋ってたわけじゃないし、だから……」
結局あたしは直視する事も出来なくって、俯いた。俯くと、どうやら私の目のふちには涙が溜まっていたようで、視界がぶよぶよと歪む。
「だから……、よ、吉岡の事、知ってるのに……」
「ちょ、ちょっと待った。ちょっと待った」
こんなチャンス、二度とない。けれども私は、結局言わずにはいられなかった。だが、それを止めたのは、意外にも山田だった。
「俺、君が好きだから告白したんだけど」
……え?
私は驚いて、再度顔をあげる。ボロっと涙がこぼれて、むき出しの膝を濡らした。
「朝、挨拶するときに笑いかけてくれたのが好きだったし、プリントとかで手がふさがっている時にドアを開けてくれたのが嬉しかったし、とにかく、ちょっとした事の積み重ねだったと思うんだ」
山田は私の頬を、強引に制服で拭いながら続ける。制服の硬い生地が目や頬をこすりって、ちょっとだけひりひりした。
「だけど、君から目が離せなくなって、ずっと手元に置いておきたくなって、でも今まで告白する勇気もなくなて」
彼の顔は、困ったようなもの。私が、こんな顔をさせてしまったのだ。
いや、でも、それじゃあ……吉岡は?
「せめていつも通りに見えるようにって、そうやって告白したんだけど、吉岡って、何?」
「何って、付き合ってるんでしょ?」
「いや、付き合ってないけど」
はっきりとした言葉。これ、本当に信じてもいいの? あの噂は、噂でしかなかった?
「ちょ、ちょっと待って。急にこういう事をしたのが嫌になかったから、その理由付けで、俺と吉岡が付き合ってるって言ってる?」
「言ってない」
首を左右に触れば、山田はあからさまにほっとしてみせた。
「付き合ってるんじゃないの?」
「割と仲は良いとは思うけど、付き合ってない」
念の為に確認すると、再度吉岡との仲は否定された。
「ごめん、色々と急ぎ過ぎた」
ストーブが部屋を暖め、身体中が熱い。
山田は私のシャツを閉め、ブレザーを着せ直すと、背筋をぴんと伸ばして座り直した。
「俺と、恋人になって下さい」
二回目の告白。夢は現実となり、私の顔も、身体も、全て燃えるように熱い。
「……はい」
嘘なんて、最初からなかった。
私にだけ向けられた甘い笑みに、私も笑って返事をした。
暗がりで内緒の行為をした。彼は嘘で固めた甘い笑みを浮かべ、私に触れる。
指と指が触れ、気が付くと絡み合っていた。
私は、絡めた熱に夢を見る。
もしかしたら私を本当に好いてくれているのではないか。君が欲しい、というのは、心からの言葉なのではないか。
そんなものは、幻想だと理解しながらも、愛される事を望んでいた。
好きになったのは、クラスの人気者――山田。こいつは同じクラスの美人、吉岡と恋人だと言うもっぱらの噂だった。
知ってはいたが、私は三月頭の、卒業式を控えた日に校舎の裏に呼び出され、彼に惑わされてしまったのである。
誰にも言えない、君との逢瀬を、嬉しいと思ってしまった私は……人として最低なのかもしれない。
触れた指が熱い。どんどん顔が近づく。
恋人がいる相手に、抵抗も出来ずに目を瞑ってしまう自分に嫌気がさした。
それでも、日の沈みかけた三月の空と、夕方色を隠す校舎の影で、私は内緒の口づけを交わしてしまったのだ。
「俺達、付き合わない?」
恋人がいるのに?
私は喉元まで出かかった言葉をゴクリと飲み込むと、「うん」と頷く。
そうだ、私は知らなかった。
山田と吉岡が付き合っている、なんて。何も知らなかった。
好きな人に告白されたから付き合う。自然な事じゃないか。
「それじゃあ……」
山田は私のマフラーに手をかける。
ひやりとした空気が入り込み、思わず身震いをした。
「あぁ、ごめん。君が欲しい、の話なんだけどさ」
露出した私の首筋に、冷えた彼の指が触れる。
「いいよね?」
確認されたのに私は……小さく頷いてしまった。
どこが好きだったかと問われれば、きっと最初は笑顔だった。
「――っ」
三月といえども十分に冷たい空気に冷やされたのは、私も彼も同じ。
促されるままにホイホイと山田について行き、あまつさえ彼の部屋に通された私は、彼に笑顔を向けられながらも、マフラーを取り払われた。
そのまま、ストーブがつくまでも我慢できない相手に、制服のリボンに手をかけられた。
冷たい空気が私を責め立てる。
相手に恋人がいる事を知りながら、これが嘘の恋人関係であると知りながら、状況を甘んじて受けるつもりなのか、と。
大体にして、あの言葉を覚えていない訳ではないだろう。山田が私に言った、「最後だから、君が欲しい」の言葉を。
最後って、卒業って意味でしょ?
卒業したら……どうするの? 最後だから私が欲しいって、どう考えたって、一回こっきりの発言じゃないか。
「……あの」
「何?」
声をかけるも、笑顔の山田に何も言えずに、私は「何でもない」と続けた。
ストーブはまだつかない。けれども、私のストッキングは既に私の足を離れ、横でくしゃくしゃになっていた。
暑くも無いのに、一人でもないのに、自室でもないのに、どんどん私を覆う衣服が減っていく。
本当にこれでいいの? 無かった事にして、好きだから、恋人だから、最後だからと、本当に受け入れてもいいの?
「山田は……えぇと」
口籠りながらも、もう一度口を開く。
ブレザーは床に落ちた。今度はワイシャツのボタンが外されそうだ。
あれ、そう言えば今日の下着ってどんなだったっけ? そもそも、上下はちゃんと揃っていたかな。こんな事なら、常に可愛いものを身につけておけばよかった。
あぁ、違う。そうじゃない。
「何で、私を好きになったの?」
ピタリと、山田が止まった。
同時にストーブが「ボッ」と一瞬だけ音を立ててついた。
「何でって、何で?」
彼は眉間に皺削寄せて首を傾げる。
「い、いや、だって私、吉岡と比べたら月とスッポンのスッポン側だし、細くも無いし、胸も無いじゃん。それに頭がいい訳でも、話が面白いわけでもない。山田とだって、そんなに頻繁に喋ってたわけじゃないし、だから……」
結局あたしは直視する事も出来なくって、俯いた。俯くと、どうやら私の目のふちには涙が溜まっていたようで、視界がぶよぶよと歪む。
「だから……、よ、吉岡の事、知ってるのに……」
「ちょ、ちょっと待った。ちょっと待った」
こんなチャンス、二度とない。けれども私は、結局言わずにはいられなかった。だが、それを止めたのは、意外にも山田だった。
「俺、君が好きだから告白したんだけど」
……え?
私は驚いて、再度顔をあげる。ボロっと涙がこぼれて、むき出しの膝を濡らした。
「朝、挨拶するときに笑いかけてくれたのが好きだったし、プリントとかで手がふさがっている時にドアを開けてくれたのが嬉しかったし、とにかく、ちょっとした事の積み重ねだったと思うんだ」
山田は私の頬を、強引に制服で拭いながら続ける。制服の硬い生地が目や頬をこすりって、ちょっとだけひりひりした。
「だけど、君から目が離せなくなって、ずっと手元に置いておきたくなって、でも今まで告白する勇気もなくなて」
彼の顔は、困ったようなもの。私が、こんな顔をさせてしまったのだ。
いや、でも、それじゃあ……吉岡は?
「せめていつも通りに見えるようにって、そうやって告白したんだけど、吉岡って、何?」
「何って、付き合ってるんでしょ?」
「いや、付き合ってないけど」
はっきりとした言葉。これ、本当に信じてもいいの? あの噂は、噂でしかなかった?
「ちょ、ちょっと待って。急にこういう事をしたのが嫌になかったから、その理由付けで、俺と吉岡が付き合ってるって言ってる?」
「言ってない」
首を左右に触れば、山田はあからさまにほっとしてみせた。
「付き合ってるんじゃないの?」
「割と仲は良いとは思うけど、付き合ってない」
念の為に確認すると、再度吉岡との仲は否定された。
「ごめん、色々と急ぎ過ぎた」
ストーブが部屋を暖め、身体中が熱い。
山田は私のシャツを閉め、ブレザーを着せ直すと、背筋をぴんと伸ばして座り直した。
「俺と、恋人になって下さい」
二回目の告白。夢は現実となり、私の顔も、身体も、全て燃えるように熱い。
「……はい」
嘘なんて、最初からなかった。
私にだけ向けられた甘い笑みに、私も笑って返事をした。
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