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■■■■
樒の《ナイフ》は、何度も俺に突き刺さる。
俺は刀を振り被って何度も斬りつけようとするが、中々上手くいかないのだ。これが実力の差である、と言われればそれまでなのだが、もっと上手い事どうにかしなければ、勝機は無い。
とはいえ、何もやらずに勝機が舞い込んでくることはありえない。
まして、互いの黒い血で染め合う戦いとなってしまえば、文字通り食うか食われるか、だ。
「んー……もしかして、僕って有利過ぎ? 強すぎ? 流石という感じ?」
樒が、腹立たしい事ににっこりと微笑みながら首を傾げた。そのまま首がもげればよかったのに。
「ねぇねぇ、蓮夜。どう? 今、負けてて悔しい? 僕に手加減してほしい? それとももしかして、攻撃とかしないでほしいな、とか思ってる? 退色血《スミゾメ》がチートすぎるとか考えてる? ねぇ、どう? どうなのかな?」
「煩い。その疑問符引きちぎって全部頭に突き刺すぞ」
「やれるものならやって見なよ」
……現状、出来ない事は分かっている。
負けているのは悔しい。正直、手加減してほしい。何なら、攻撃もして欲しくない。こいつの退色血《スミゾメ》はチートだ。
樒の疑問の全ては、疑問ではなく確信なのだろう。
「ねぇ、やらないの? インテロゲーション・エクスクラメーション・マーク! とか技名叫びながらやって見なよ。僕、見て見たい」
「それ、ただ疑問符と感嘆符って言ってるだけだろ」
ホチキスで例えると、ステープラ・ガッチャンコ・トジシロという技になる。何それ格好悪い。綴じ代をつけなくても格好悪い。ガッチャンコを、ホッチキスやジョイントにしても以下同文。
「素直に、僕に手加減して下さいって言ったら、一回だけ攻撃を素直に食らってあげる。ズプっとおいで! 深く突き刺して!」
……言う、べきか。言うべき、なのだろうか。
相手の油断に乗じて止めを刺してしまうのはどうだろうか。あるいは留めを断ち切るとも言えるかもしれない。俺達、侵蝕者《カキソンジ》にとっては。
しかし、罠だとは考えられないか。逆にこっちが喰われる可能性がある。
更に逆に、俺がそれを言って、やり返してくると想定しながら向かったら……いや、どれにしたって、結果は同じだ。
現状は、俺では樒に勝てない事を示している。
ほんの少しでも打破する可能性にかけて、口にするのが得策だろう。いや、得策なんてものは存在しない。あるのは、ほんのちょっとの「あったらいいな」だけだ。
どの道今の俺に、それを口にする以外の可能性にすがる方法なんてない。
「手加減、して下さい」
「いいよー。おっけー」
樒はにこやかに答えて、両手を広げた。
「さぁ、僕の胸に飛び込んでおいで!」
言い方は嫌だが、俺は刀を構え――思いきり、彼の胸に突き刺した。
じんわりと滲む黒い血。
そして俺は、思いきり引き抜いた。
どばっと溢れ出す、退色血《スミゾメ》。
樒は胸を押さえてその場に膝をつくと、ギラギラとした瞳を俺に向けて笑う。やられているのに、笑っているのだ。
俺はぞっとして、思わず後ずさった。
「蓮夜、良い事教えてあげるよ。一度、戦いは休憩にしよう」
「な、何を言ってるんだよ」
反射的に返した俺の言葉は、震えていた。この身体を偽物だとするのなら、当然声帯だって偽物だ。
けれど、どうしようもなく本物のように、只々、震えてしまうのである。
「僕、随分強いよね? 元はメインキャラ級だった筈の蓮夜ですら敵わない程強い僕は、どんな存在だったと思う?」
退色血《スミゾメ》が、白と黒の床に溶ける。
白い床など最初から存在しなかったかのように、この場が黒に支配される。
「答えはね、《主人公》なんだ」
樒の表情はあくまでにこやかだ。それでいて、狂気的だ。
「蓮夜、君は幾度となく百合に関わって来て、幾度となく百合は書き変えられているよね。辛い思いを沢山したね」
さも俺を慰めるかのように、責め立てる。
「ところで蓮夜、僕は随分と百合や蓮夜や茜音に固執しているとは思わないかな?」
そうだ。最初から、俺達を好きだと言っていたじゃないか。こいつは。
「ヒントは出したよ。さぁ蓮夜、答えて御覧。僕は、ワタシは、誰の侵蝕者《カキソンジ》?」
……俺はもう、気が付いていた。
「……ゆ、り……」
「ご名答。見事答えにたどり着いた蓮夜に、優しい僕は優しい言葉を掛けてあげるよ」
俺が喉の奥から絞り出した掠れた声に、樒は、百合は、微笑みを浮かべて頷く。
「何度も百合が書き変えられる原因を作り、今百合の胸に刃を突き刺した蓮夜に、とってもとっても優しい言葉をあげる」
絶対にこの先は、優しい言葉などではない。分かってはいるが、俺の耳の全神経は樒の声を、言葉を捉えようとする。
「この、ヒトゴロシ。この上まだ、ワタシを傷つけて楽しむの?」
俺の手から、刀が滑り落ちた。
俺じゃあ、こいつを倒せない。
俺じゃあ、樒を殺せない。
俺じゃあ、百合を消せない。
□◆□◆
樒の《ナイフ》は、何度も俺に突き刺さる。
俺は刀を振り被って何度も斬りつけようとするが、中々上手くいかないのだ。これが実力の差である、と言われればそれまでなのだが、もっと上手い事どうにかしなければ、勝機は無い。
とはいえ、何もやらずに勝機が舞い込んでくることはありえない。
まして、互いの黒い血で染め合う戦いとなってしまえば、文字通り食うか食われるか、だ。
「んー……もしかして、僕って有利過ぎ? 強すぎ? 流石という感じ?」
樒が、腹立たしい事ににっこりと微笑みながら首を傾げた。そのまま首がもげればよかったのに。
「ねぇねぇ、蓮夜。どう? 今、負けてて悔しい? 僕に手加減してほしい? それとももしかして、攻撃とかしないでほしいな、とか思ってる? 退色血《スミゾメ》がチートすぎるとか考えてる? ねぇ、どう? どうなのかな?」
「煩い。その疑問符引きちぎって全部頭に突き刺すぞ」
「やれるものならやって見なよ」
……現状、出来ない事は分かっている。
負けているのは悔しい。正直、手加減してほしい。何なら、攻撃もして欲しくない。こいつの退色血《スミゾメ》はチートだ。
樒の疑問の全ては、疑問ではなく確信なのだろう。
「ねぇ、やらないの? インテロゲーション・エクスクラメーション・マーク! とか技名叫びながらやって見なよ。僕、見て見たい」
「それ、ただ疑問符と感嘆符って言ってるだけだろ」
ホチキスで例えると、ステープラ・ガッチャンコ・トジシロという技になる。何それ格好悪い。綴じ代をつけなくても格好悪い。ガッチャンコを、ホッチキスやジョイントにしても以下同文。
「素直に、僕に手加減して下さいって言ったら、一回だけ攻撃を素直に食らってあげる。ズプっとおいで! 深く突き刺して!」
……言う、べきか。言うべき、なのだろうか。
相手の油断に乗じて止めを刺してしまうのはどうだろうか。あるいは留めを断ち切るとも言えるかもしれない。俺達、侵蝕者《カキソンジ》にとっては。
しかし、罠だとは考えられないか。逆にこっちが喰われる可能性がある。
更に逆に、俺がそれを言って、やり返してくると想定しながら向かったら……いや、どれにしたって、結果は同じだ。
現状は、俺では樒に勝てない事を示している。
ほんの少しでも打破する可能性にかけて、口にするのが得策だろう。いや、得策なんてものは存在しない。あるのは、ほんのちょっとの「あったらいいな」だけだ。
どの道今の俺に、それを口にする以外の可能性にすがる方法なんてない。
「手加減、して下さい」
「いいよー。おっけー」
樒はにこやかに答えて、両手を広げた。
「さぁ、僕の胸に飛び込んでおいで!」
言い方は嫌だが、俺は刀を構え――思いきり、彼の胸に突き刺した。
じんわりと滲む黒い血。
そして俺は、思いきり引き抜いた。
どばっと溢れ出す、退色血《スミゾメ》。
樒は胸を押さえてその場に膝をつくと、ギラギラとした瞳を俺に向けて笑う。やられているのに、笑っているのだ。
俺はぞっとして、思わず後ずさった。
「蓮夜、良い事教えてあげるよ。一度、戦いは休憩にしよう」
「な、何を言ってるんだよ」
反射的に返した俺の言葉は、震えていた。この身体を偽物だとするのなら、当然声帯だって偽物だ。
けれど、どうしようもなく本物のように、只々、震えてしまうのである。
「僕、随分強いよね? 元はメインキャラ級だった筈の蓮夜ですら敵わない程強い僕は、どんな存在だったと思う?」
退色血《スミゾメ》が、白と黒の床に溶ける。
白い床など最初から存在しなかったかのように、この場が黒に支配される。
「答えはね、《主人公》なんだ」
樒の表情はあくまでにこやかだ。それでいて、狂気的だ。
「蓮夜、君は幾度となく百合に関わって来て、幾度となく百合は書き変えられているよね。辛い思いを沢山したね」
さも俺を慰めるかのように、責め立てる。
「ところで蓮夜、僕は随分と百合や蓮夜や茜音に固執しているとは思わないかな?」
そうだ。最初から、俺達を好きだと言っていたじゃないか。こいつは。
「ヒントは出したよ。さぁ蓮夜、答えて御覧。僕は、ワタシは、誰の侵蝕者《カキソンジ》?」
……俺はもう、気が付いていた。
「……ゆ、り……」
「ご名答。見事答えにたどり着いた蓮夜に、優しい僕は優しい言葉を掛けてあげるよ」
俺が喉の奥から絞り出した掠れた声に、樒は、百合は、微笑みを浮かべて頷く。
「何度も百合が書き変えられる原因を作り、今百合の胸に刃を突き刺した蓮夜に、とってもとっても優しい言葉をあげる」
絶対にこの先は、優しい言葉などではない。分かってはいるが、俺の耳の全神経は樒の声を、言葉を捉えようとする。
「この、ヒトゴロシ。この上まだ、ワタシを傷つけて楽しむの?」
俺の手から、刀が滑り落ちた。
俺じゃあ、こいつを倒せない。
俺じゃあ、樒を殺せない。
俺じゃあ、百合を消せない。
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