抽斗の中には

二ノ宮明季

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抽斗の中には

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 怪奇現象に悩まされている。
 僕の部屋には、明らかに誰かが居るのだ。最初こそ気のせいだと笑い飛ばす事が出来ていたのだが、最近はそうもいかなくなっていた。
 部屋は何の変哲もないような、趣味嗜好に沿った家具があるだけのものだが、ただ一つ。テレビ台についている抽斗ひきだしだけは怖い。いつからそれに近づきたくないと考えたのかは思い出せないが、どうにもあれを開けたいとは思わない。
 開けたくないのは抽斗だけではない。僕の記憶も、怖い。
 どうもぽっかりと穴の開いている場所があるようなのだが、絶対に思い出したくないのだ。理由は分からない。分かりたくもない。
「でも、きっと関係はあるよな」
 僕は部屋の中で起こるラップ音に耳を傾けながら、小さくため息を吐いた。
 キシ、キシ、という音だけならば、家鳴りだとでも思うのだが、徐々に大胆になってきたラップ音は、最近では家の中の壁という壁を叩いて演奏しているのでは無いか、というレベルの騒音になってきている。
「抽斗、か」
 そろそろ開けるべきだろうか。
 僕はラップ音をものともせずに、ゆっくりと立ち上がった――瞬間、目の端で何かが動いた。
 直ぐに足を止めてそちらを見るも、何もない。動くような物すら、だ。
 もう一歩進む。視界の端で、何かがちらつく。だが、何度確認しても、この部屋には僕以外はいない。怪奇現象の一つだ。
 また一歩、一歩、と抽斗に近づく。
 僕の胸は早鐘を打ち、興奮とも恐怖とも言えぬ感情に支配された。
「あ、開ける、か」
 開けたくない。頭の中の警鐘。
 ここをあければ、記憶も呼び覚まされるような気がする。
 震える手のまま抽斗に手をかけた――
「――って!」
 何が起こったのか、直ぐに理解は出来なかった。ただ、僕の手首は痛んで、じわっと血が滴る。ゆっくりと視線を下に向ければ、カッターが床に刺さっていた。
 これが降って来て、僕の手首を傷つけながら床に落ちたのだろう。
 ぞくっと全身が粟立ち、僕は手を引っ込めた。記憶の抽斗の鍵が、壊れた音がした。


 この日を境に、僕の身が直接傷つけられることが多くなった。
 眠っていれば、スマートフォンの充電器が首に絡んで締まっている。服を着替えれば縫い目に引っかかって爪が剥げる。足の上に重いものを落として骨折。たまたま割れた硝子が僕に降り注ぎ、全身に刺さる事もあった。
 ただ言える事があるとすれば、段々とエスカレートしている気がする事と、何故か傷を見ると僕自身が興奮しているという事。
 僕が怪我をすればするほど、僕は醜くなる。それがたまらない。
 そういえば、ずっと「少し欠けた物」が好きだった気がする。どうして忘れていたのだろう。
 これを思い出させてくれて、僕を傷つけれくれる、推定幽霊。僕は彼女を、結構好きになっていた。
「……あれ、何で女だ、って思ったんだっけ」
 呟く言葉は、僕の部屋が飲みこんだ。
 別に幽霊が女でも男でも良い。僕は結構幽霊が好きだ。
 どんなふうに傷つけられても構わない。
 僕は笑みを顔に張り付けて、抽斗に手を伸ばした。
「――っ!」
 抽斗に触れる事は適った。引き出せなかったが。
 引き出そうと掴んだ手は、抽斗に挟まれてぺっちゃんこだ。勿論比喩表現。
 僕は力を込めて抽斗を、開けた。
「……ああ。そうか」
 開けたら、全て腑に落ちた。
 中に入っていたのは、女の爪だったのだから。

   ***

 僕は、少しだけ欠陥のあるものが好きだ。人でも物でも、それは変わらない。
「私、ずっと前から好きだったの」
 彼女とは、同じ職場だった。良い雰囲気になっていた、とは思う。
 いい雰囲気を僕は壊す事も、拒む事もしなかったのだから、告白された時、それほど驚かなかった。
「僕は、そのままの君を好きでいる事は出来ないんだ」
 嘘はつけない。
 何しろ彼女は、欠陥の無い美しい人だったのだから。
「どうしたら好きになって貰える?」
「……一緒に住んでもらえないかな。そして、僕の行動についてこられたのなら、きっと好きになるよ。好きにはなりたかったんだから」
 そして、僕と彼女は間もなく同棲を始めた。


 僕は彼女を好きになりたかった。彼女は僕を好きだった。
 初めは、彼女の手首に傷をつけた。
「痛いんだけど」
「嫌?」
「……ううん」
 決して嫌がらなかった。僕は彼女の真っ白な手首に血が伝う様を見て、興奮した。
 次は首を絞めたし、わざと骨折もさせた。どれも彼女は嫌がらなかった。
「爪を剥ぎたいんだ」
「……いいよ」
 全てに抵抗をしなかった。僕は抵抗も無い事に不満を抱きながらも、美しかった彼女が傷付いて行く姿を見る事を止められなかった。
 形の良い爪は、一日一枚はがし、丁寧に取っておいた。
 美しかったものの背後に、血がべったりとついて台無しになっている様がとても気に入ったので、記念に取っておくことにしたのである。
 僕の行為はどんどんエスカレートした。
 傷だらけになりながらも美しい彼女。どこまでも美しい彼女。
 好きになりたかった。もっと。もっともっと。もっともっともっと。

 気がつけば、彼女は動かなくなっていた。
 死体は丁寧に切断して、誰にも気づかれないように埋めた。
 僕の部屋の彼女の痕跡は、今は爪だけ。

   ***

 ふと、開けた抽斗の中に見慣れていながら見慣れぬ爪を見付けた。
 そっと手に取れば、それは僕の剥げた爪だった。
「なんだ、全部おそろいにしているのか」
 無性に笑いが込み上げる。
 僕の身に降りかかったこれらの現象は、全て僕が彼女にしてきた事。
「と、すれば、続きは決まってるね」
 肩をすくめる僕の目の端には、相変わらず何かがちらちらと映る。おそらく、彼女だろう。
「僕は君が好きだよ。君がまだ僕を好きなら、明日、連れて行ってよ」
 この順番で行けば、僕は明日死ぬ。
 そして僕は失踪する。あの日、僕が埋めたせいで失踪してしまった君と同じように。
 明日はきっと完璧な日。
 僕に欠陥がもたらされ、一番美しい姿で君に会いに行く。恐怖は無い。
 あるのは――彼女への愛情だけ。
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