精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-13 少年の前では霞んでしまうのだから

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「クルトは大丈夫なのか?」
「大丈夫だ」

 ミリオンベルがスティアに問うと、彼女はあっさりと首を縦に振った。産まれた時から一緒に生活しているのだ。信用をしてる。
 その部分は口には出さないが、おそらく態度でミリオンベルにも伝わっただろう。
 二人はこれ以降殆ど会話をせず、黙々と必要な物をそろえていった。

「思ったのだが、こちらも手分けをした方が早くないか?」
「そりゃあ、そうだけど」
「それでは決まりだな。終わったら……あぁ、あそこのカフェで休んでいてくれ」

 スティアはさっさと決めると、目に映った小さなカフェを指差す。

「私が先に終わってもそうする。では、また後で」
「ちょ、ちょっと!」

 続ける言葉は思いつかなかったが、ミリオンベルは思わずスティアを止めた。

「どうした? 早く終わった方が良いだろう?」
「それは、そうだけど」
「そうだろう。ではまた後で」

 さっさと歩き出したスティアの後を、ミリオンベルは追う。そうしながら「ちょっと待てってば」と言った。

「確かに効率は良いかもしれないけど、こういうのは良くない」

 やはり気の利いた言葉の一つも思いつかないままだったが、ここで二手に分かれるのもおかしい。何よりも、迷子第二弾が出来上がる可能性もあり、これ以上村での遭難者を出したくなかった。
 それでもスティアはずんずんと先に進んだのだが、やがて立ち止まる。あわせてミリオンベルも立ち止まると、時計台の下で男女がもみ合っている様子が目に入った。

「なんだ、どうしたんだ?」

 怪訝そうにミリオンベルが見ていると、スティアが小さく「おえ」と声を漏らす。
 何だそれは、とも思ったが、それほど考えずに答えは出た。

 二人と同じ年齢位の男女の内の、男性――いや、少年と言うべきか。とにかくその人物の服装が、フルコースを食べきった後にバーベキューに連れていかれて強制的に肉の塊を胃に詰め込まれたかのような印象を与えるほど、くどいものだったのだ。

 無駄に整った自信満々の顔だとか、癖毛気味の黄金色の髪だとか、そんな容姿はもはやどうでも良い。開いた胸元に12枚の痣がある事も、自分達の他にも村人が遠巻きながら眺めている事も、本当にどうでも良い。相手の女も二人と同じくらいに見えるのも、ミルクティーブラウンの長髪がロングスカート姿と相まって彼女を清楚に見せているのも、完全にどうでも良い。
 全ては、少年の前では霞んでしまうのだから。

 何しろ彼の服装は、淡い水色のチェックの五分袖のコートの下に、透け感のあるストライプのスクエア型のシャツ。シャツの胴の部分は赤と黒のアーガイル柄で、ポイントでつけられた黒いレースは、製作者が扇情的に見せたかったであろうことが想像出来る仕上がり。下半身につけた衣類も、裾広がりになった薔薇と炎をモチーフにしたようなゴージャスかつエレガントなズボン。靴は目に痛い程鮮やかな紫色のブーツ。それにはドッド模様がもれなくついてくる。

「グレンツェントの服か」

 ミリオンベルは、知り合いの店を思い出してため息を吐いた。
 こういった派手路線の服を大量に売ってある服屋なのだが、店員はそれぞれ可愛く(あるいは格好よく)着こなしているので、こうもちぐはぐな姿は初めて見た。初めて、見て胃が圧迫される思いに駆られてしまった。何もしていないが、ちょっと苦しい。

「あ、あの、わたし……」
「何? この僕が誘ってあげているというのに、嫌だとでも言いたいの?」
「いえ、あの……」

 物凄い格好の大魔法使いは、少女の手首を握って自信満々に笑っている。
 一方、手を掴まれている彼女は、琥珀色の瞳を不安げに揺らしていた。どうみても、「地味な女が派手な男に絡まれている」光景である。

「わたし、帰らないと……」
「え? 何? 聞こえないなぁ。まさかこの大魔法使いである僕の誘いを断っている訳じゃないよね?」
「断っているというか、あのぉ……」

 彼女は歯切れ悪く断りながらも、後ろへ下がろうとしたが、派手な男に手首を掴まれている為、それは適わなかった。

「おい、その辺にしておけ」

 スティアは一歩踏み出すと、少年を睨み付ける。慌てて、ミリオンベルも前に出た。

「はぁ? 君、何?」

 大魔法使いは、眉間に皺を寄せてスティアを上から下まで舐めるように見る。

「30点」
「失礼な奴め。貴様の目を潰してやろうか」

 このタイミングだ。容姿への評価だろうと捉え、スティアは彼を睨み付けた。

「良く見たら、君の薄い胸板には精術師のバッヂが付いているし、可愛くもない、胸も無い、時代遅れの存在には用はないんだよ」

 少年は、スティアの服の胸元に光る精術師であることを示すバッヂをみて、時代遅れの魔法使いであると馬鹿にした。
 しかし、スティアが怒ったのはそこではなかった。

「胸板ではない。しっかりと、確実に、女性の胸だ。ちゃんと見られないのならその眼球は必要なかろう。どれ、私がくり抜いてやる」

 スティアが相手と対峙するために体制を整えると、彼は少女の手を離してスティアに向き直る。
 その隙に、その少女は小走りに逃げてスティアの後ろに隠れた。
 ミリオンベルは、ひやひやしながらも様子を見守る。何かあった時は、直ぐに前に出て止めさせるなり、守るなりをしなければならない。
 だが、今はスティアのコンプレックスを刺激された話だ。あんまりな事態にならない限りは、一応静観するのが優しさというものだろう。

「この僕よりも、そこの時代遅れ貧乳女の方が良いと言うのかい? いや、まさか。恥ずかしくなっちゃったんだね。わかるよ」
「何一つ分かっている様子は見られないな。本当に、死ねばいいのに」

 スティアは言うや否や、袖口のカフスボタン――正確には、カフスボタンの土台から精霊石だけを外した。これは使い終えた後、石をまたくっつける事が出来る。そう言う特殊な作りなのだ。

「頼むぞ、ツークフォーゲル」

 石に小さく願うと、見る見るうちにレイピアへと変わった。たった今まで緑色のツルンとした親指の爪程のサイズだったはずの物の急激な変化に、少年は少しだけ驚いたようだった。

「ぎゃー!」

 ミリオンベルは、少しどころではなく驚いた。まさか刃物を相手に向けるほどとは思わなかったのである。
 身体的特徴をつつかれたせいで武器を構えた人を、ミリオンベルは初めて見たのだ。

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